人生80年時代に対応した「新・孔子の人生訓」

人生という長い時間をどのようにマネジメントしたらいいのだろうか。

まず、20歳までが「青春」、40歳までが「朱夏」、60歳までが「黄秋」、80歳までを「白冬」とわける中国の古来からの人生の区切り方がある。0歳から80歳までを20年刻みでわけるものだ。20歳までが学習期で、20歳から60歳までの朱夏・黄秋の40年間は開花期で、それを前期と後期にわける。これが今までの一般的な考え方だった。

次に、ビジネスマン時代の私がとっていた説を紹介しよう。それは人生を15年刻みで考えようというものだ。10歳から25歳は学校での勉強を終え、社会の中で自分がどういう人生を送るかを考え始める「学習期」。25-40歳は、能力と技術を磨く「基盤構築期」、40〜55歳は、存分に仕事をする「充実期」である。55〜70歳までは新たなる分野へ挑戦する「飛躍期」ととらえる。55歳辺りで今まで属していた組織を離れ新しい分野に挑戦するのもいい。さらに、70歳以降は「社会貢献期」としてとらえ、15年づつ第?期、?期、?期とつなげていく。このように15年刻みで人生を分けて考え、さらにそれぞれの期間を5年ごとに前期・中期・後期と区切り、ライフデザインを考えてみよう。

さて、現在は80歳以上に寿命が延びているので、人生50年時代に比べると人生が1.6倍になっている。孔子の「我十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順う。七十にして心の欲するところに順いて矩を踰えず」という言葉がある。これを人生80年時代にあてはめて考えてみよう。

人生50年時代の「学に志す」十有五は25歳。そして「30にして立つ」は人生80年時代であれば48歳にあたるから40代後半から50歳で「立つ」と考えることができる。「40歳で惑わず」は64歳にあたり、知命は現在では80歳にあたる。25歳から48歳までは「青年期」で、40代後半になると心身の充実した「壮年期」に入る。64歳で壮年期が終わると80才までが実りの多い「実年期」だ。そこから96才までが成熟した人生を送る「熟年期」、それ以降112歳までが大いなる人物になっていく「大人期」、その後は霞を食って生きる(?)「仙人期」と名付けてみたい。これを「新・孔子の人生訓」と呼ぼう。

企業の早期退職制度は40代半ば以降から適用される例が多いこと、年金の支給は65歳からとなりつつあること、65歳までの定年延長が話題になっていること、高齢者にも前期と後期があるという説など、現実の社会や企業の仕組みはこの考え方にそれなりに対応しているようにみえる。私自身、ビジネスマンから大学教員に転身するときに、青年期はビジネスマンとして仕事をしたから、40代後半からの壮年期は若者を育てる時代だと自分なりに整理しこちらの説に飛び移った。そして現在は来るべき実年期は何をしようかと頭を巡らしているところだ。
自分が元気が出るように、自らの生涯をデザインする気概を持ちたいものである。