堤未果「沈みゆく大国 アメリカ」

堤未果「沈みゆく大国 アメリカ」(集英社新書)を読了。

オバマ大統領によってアメリカ版皆保険制度が成立した。
「患者保護並びに医療負担適正化法」であるが、通称はオバマケアである。
国民全員の加入義務がある。オバマは公約をなんとか守ったということになるのだが、実際はそうではないことを明らかにした新鋭の力作ルポだ。

アメリカには二つの医療保険がある。
高齢者と障害者・末期腎疾患患者のための「メディケア」と、最低所得者のための「メディケイド」である。
一見素晴らしい理念のもとにできた制度の恐るべき実態をえぐっている。

2014年11月の中間選挙オバマ民主党が大敗北したのは記憶に新しい。
その敗因のひとつは医療制度だった。年間150万人の国民が自己破産する。その理由のトップは医療費である。

  • がんとなって10か月後になくなるまでに払った医療費の合計は9000万円。うち保険会社から支払わられた保険金は400万円。残りは自己負担。最貧困層に提供されるメディケイドを受給する。
  • アメリカの大学では1970年代に4割だった非常勤講師は、今は7割以上。大半は貧困ライン以下の生活者だ。アメリカは非正規労働者国家にシフトしつつある。
  • オバマケアは労働組合と組合労働者を危機的状況に陥れている。組織率は13%にまで低下した。
  • オバマケアは大増税政策だった。20年間で50兆円。保険会社は増税分を保険料や薬価に上乗せし消費者に押しつける。医療費支出は家計の35%だが、2024年には50%、2030年には63%となっていく。
  • オバマケア保険を扱う医師が見つからなくなっていく。年収2000万円の外科医、訴訟保険料が1750万円、手取りは250万円。医師はワーキングプアになった。専門職の中での自殺率のトップは医師である。医療までファーストフード化した国になった。
  • ホスピス、病院、老人ホームはビッグビジネス化し、その所有権はウオール街の投資家が持った。営利事業でありコストカットが進む。
  • どれだけ値上げしても薬は税金でかってくれる仕組みができた。医薬品・保健関係のロビー費用は他の業界より突出している。この金でザル法にし、保険と薬の業界が大儲けしている。(日本の電力会社と同じ構図。経営上のマイナスは電気料金に上乗せし国民に負担を回し、値上げの際は献金している政権与党が総承認する)。

日本。

  • 2014年10月に東京証券取引所で国内初の「ヘルスケアリート」が承認された。リートは福祉ではなく投資商品である。利益があがらなければ施設は売却、廃止されてしまう。巨大医療法人の誕生によって利益率の高い心療・循環・整形を中心に儲け、貧乏な患者は見ず、過疎地には開設しない。
  • 国家戦略特区で企業天国が誕生する。40兆円という生命保険市場に外資は魅力を感じている。混合医療の拡大で特区内の医療費は高騰していく。アメリカと同じ構図になる。
  • 厚生年金と国民年金を運用するGPIF。運用業務の委託は14社のうち10社は外資系金融機関になった。ゴールマンサックスなど。国民年金を国家レベルで株式運用している国は少ない。失敗したら保険料の引き上げや給付削減で国民がツケをかぶる。バクチに失敗しても莫大な手数料をとる人々は責任をとらず去っていく。

まさに無知は弱さになる。

11月19日が第1刷のこの本は評価が高い。話題の書として日本人を啓蒙していくことになるだろう。
この著者はまだ若いが、2006年以降の著書で、黒田清日本ジャーナリスト会議新人賞、日本エッセイスト・クラブ賞新書大賞、早稲田大学理事長賞を連続して取っていおり、力のあるジャーナリストだ。
続編「沈みゆく大国 アメリカ--逃げ切れ!日本編」を読まねばならない。