昨年までとは段違いの賑やかさ。天気もよく、学部あげての企画が成功。
準備した多摩祭実行委員会、学生委員会、プレゼミ生、教員、職員の皆さん、ご苦労様!
その上で、来年に向けて、いくつか気がついた点を記しておきたい。
- 「ゼミ力」と同じに「アクティブ・ラーニングの多摩大」のアピールが必要。
- 古本屋は面白い。かたい本が中心だったが、マンガ、小説、そして図書館の廃棄本などを加えて大々的に。
- 定岡、松本など元巨人軍先取の少年野球は、開催PRをもっと。
- お笑いのノンスタイルの出演などもPR。
- モンゴル相撲は大迫力。ガーデンの端ではなく、中心にパオを置きそこで格闘。
- 4階食堂スペースをどう使うか。
- 3階図書館の活用を。
- ゼミ紹介コーナーはいい。先生達一人一人の写真を使いたい。彩藤先生のイラストマンガを拡大して使いたい。
- 主催者である教員・職員もハロウィン、ファッションを考え、自分たちが楽しむ
- 001教室の演劇は現代的な若者がテーマであり考えさせられる内容。もっと多くの人に見せたい。
- 賑やかなので、AO対策には良かった。入学予定者も参加できるイベントも。
「名言との対話」11月12日。草野心平。
「死んだら死んだで生きていくさ」
草野心平(1903年(明治36年)5月12日 - 1988年(昭和63年)11月12日)は日本の詩人。文化勲章受章者。1998年に故郷の福島県いわき市にいわき市立草野心平記念文学館が開館。
草野心平という名前は、人物記念館めぐりではよくでてくる名前である。
高村光太郎の高村山荘の入り口の書が草野心平の書いたものであったし、宮沢賢治の発見者としても名前が残っている。
「ゴッホにはならずに、世界のMunaktaになった」という棟方志功を語った詩をもって病床にあった棟方志功を見舞う。世界のMunakataはベッドから下りて、両手を合わせて喜んだ。
友人の多さと質の高さという点で、この人に並ぶ人はいない。
「死んだら死んだで生きていくさ」は、悠然とした、こだわらない、大人の風格を思わせる名言である。そうだ、死んだら死んだで生きていけばよいのだ、そうおもうと何か肩の荷が下りるような気がする。