ライフワークは完成しない

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 今年の正月に、また誕生日がやってきた。この日は「母がもっとも苦しんだ日」でもある。その92歳の母からお祝いの電話があった。本当はこちらが感謝すべき日であり、逆なのだ。来年からは、こちらから電話をしよう。

企業に勤務していた若い頃は、4日からの仕事始めにあわせて、1月3日は故郷の九州から東京への移動日だった。朝早く出て、夕方に着くから、自分でも誕生日であることも忘れてしまっていた。今年は娘の家族は風邪で来れなかったので、今日は息子夫婦との食事会で祝ってもらった。

さて、私の人生区分の考え方では、人生100年時代の到来にあわせて「三十にして立つ、四十にして惑わず、五十にして天命を知る、、、」という孔子の人生訓を1.6倍で考えている。それによれば青年期(24-48)、壮年期(48-64)を過ぎて、実年期(64-80)のただなかにいることになる。実りの季節だ。その後は、熟年期(80-96)、大人期(96-112)、仙人期(112-120)と続いていく。

ひとつ「人生100年時代の生き方のモデル」になってみようか。三が日で今後10年の方針を立てた。そして今までの来し方の総集編という意味で、ここ1、2年でやってきたことを形にすることを心がけることにした。2020年の計画も完成しつつある。

毎日続ける知的生産のテーマは決まってきたから、明日やらねばならないことははっきりしている。そして生涯をかけてきわめるべきテーマも見えている。そして知的生産物の蓄積もできつつある。この方向感で一歩一歩ゆるい坂道を登っていこう。

ライフには3つの意味がある。生活と人生と生命だ。ワークは仕事、事業だ。それではライフワークとは何か。毎日やるべきことがあること(生活)、生涯にわたって成し遂げたいことがあること(人生)、後代に命をつないでいくこと(生命)と考えてみたい。

最近それが「ライフワーク」だと思うようになった。日々の暮らしのなかで、歩を進めることが大事なのだ。そういう意味では、ライフワークは完成しない。

ある先輩がライフワークと呼んでいた作品が完成した。お祝いを述べたところ、次のテーマが浮上したという。やはり、ライフワークは終わらないようである。

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「大全」の原稿をチェック。

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「名言との対話」1月3日。永野護「小手先の器用なる人間をつくる技術万能主義をあらためて、人間として信用し得る人格本位の教育制度を確立すべきである」

永野 護(ながの まもる、1890年9月5日 - 1970年1月3日)は、日本実業家政治家

東大法学部在学中に親友の父の渋沢栄一から息子の勉強相手の名目で援助を受ける。それを故郷に仕送りし弟妹の教育にあてた。田中耕太郎に次ぐ2番で卒業後、晩年の渋沢の秘書として尽くす。

有名な「永野6兄弟」の長兄の護は、東洋製油取締役、山叶証券専務、丸宏証券会長、東京米国取引所常務理事などっを歴任した。そして戦中、戦後と衆議院議員二期、参議院議員。1958年岸内閣の運輸大臣に就任した。次男・重雄は日本商工会議所会頭、三男・俊雄は五洋建設会長、四男・伍堂輝雄は日本航空会長、五男・鎮雄は参議院議員、六男・治は石川島播磨重工副社長。全員が戦後の政財界で活躍した。その弟たちを育てたのは護兄だったから、その功績は極めて大きい。

1945年9月に広島で行った講演に手を入れて11月に発刊した永野護『敗戦真相記』の改装版(バジリコ出版)を読んだ。天皇玉音放送の8月15日の直後という混乱期の発言だが、冷静で的確な分析と未来への確かな展望に驚きを禁じ得なかった。以下、論旨を示す。

日本の国策の基本的理念が間違っていた。勝手な自給自足主義で満州事変、支那事変、大東亜戦争へと進み脱線、転覆した。ドイツの物まね、軍部の驕り、世論本位でない政治、そして有史以来の大人物の端境期だったことが不幸だった。

戦争目的のあいまいさ、軍部の慢心と一人よがり。そして科学の進歩に遅れたこと、そして動員計画、工場の能率など生産と組織に関するマネジメント力(経営能力)の非力さが戦局の後退に拍車をかけた。また海軍は日鉄で陸軍は日本鋼管、陸軍は右ねじで海軍は左ねじというように、陸海軍の不統一もひどかった。そして何よりも国民の「無気力」が軍部の独裁を許した。

永野は日本の将来については楽観的だったが、課題も指摘している。日本は武装解除の国になり、財政を教育と民生と発明発見に費やすことができるから前途は洋々だ。地位があがるほど不勉強で責任回避に長けた官僚閥を改革し、国民の公僕に置き換えることが必要だ。日本再建の根本問題は青少年の教育問題だ。鍛錬による人間の完成から、明治維新後は技術に偏向した出世主義に堕した。だから今後は人間として信用し得る人格本位の新たな教育制度を確立すべきだ。

この歴史的な講演から50年以上経った2002年に復刊された『敗戦真相記』では、鍛錬による人格の涵養、それによる気力の横溢など日本人としての精神のあり方に強い関心を持っていることがわかる。永野護の慧眼は、戦後の課題を見抜いていたと感銘を受けた。現在の世代が平成時代に味わった没落と混迷の予感、まさに永野の予言のとおりだ。

私の取り組んでいる「立志人物伝」の授業、「名言との対話」を書くという修行、偉人の「名言集」の刊行などは、永野の出した課題へのささやかな取り組みの一つだ。永野のいう「人間として信用し得る人格」とは、「仰ぎ見る師匠」「切磋する敵、琢磨する友」「持続する志」「怒涛の仕事量」「修養・鍛錬・研鑽」「飛翔する構想力」「日本への回帰」の7つだと回答したい。今後も続けていきたい。

敗戦真相記―予告されていた平成日本の没落

 

 

 

南無阿弥陀仏、音もせで散る、柿紅葉』