参加型社会学会のイベントーープラットフォームとテクノロジー

参加型社会学会。ZOOM。100人近くの方が参加していました。

  • 田原真人「参加型社会」:カオスー出現ー枠組みー可視化ードラマー循環。デジタルファシリテーションによるサポート。「考える」と「感じる」。プロジェクト中心。(参加させられ型という視点。枠組みの発見と可視化とは図解コミュニケーションの考え方と同じだ。参集・参与・参加・参画。理念中心のNPOの経営論。)
  • 滝和子「気分調査」:気分の点数化。構造化。時代。マトリクス手法X編集スキル。4象限。ハレとケ・日常と外出・レアと身近、、。日常性の質的変化と外出の特殊化。(構造化も図解と同じだが、「関係」という視点も入れるといい。日常性と非日常性の関係、質的変化と特殊化の関係など。私の「合意術」とも相性がいい:定性情報、女性優位、日常感覚、ゴツゴツ、バラバラ。説得ではなく納得型社会へ)
  • 平野友康「プラットフォーム」:案件ベースの世界からの脱却。コロナ禍だからみんな会えた。大事なことは地味なこと。テレポートの開発。境界のない世界。感じること。社会的バンド。FBは成長しない。チャットから始まる関係。空間ポポス。デジタルファシリテーション機能がついた参加型メディア製作機器。全てがプロジェクト型に。あてがき開発。小をつなぐ世界。(ビジネスは説得、参加型プロジェクトは納得。腹落ち。エネルギーが湧く。時間をかけて丁寧に関係性をつくっていく。雑談と飲み会がチャットに変わる)
  • 高野雅晴「テクノロジー民主化」:インターネット。P2P。ローカル5G。パブリック・ブロックチェーン。ゆるやかな合意、動いてるものを信じる、」。IETF。ネットワークのネットワーク。個人放送局。参加型スマートシティ。糸島・九大。100年計画。地域通貨。余剰電力。参加型アート。(成長していく合意。柔らかい合意。安心・定性・納得・方法・実行・構造・知恵・分散・地域、、。
  • 橘川幸夫「ソーシャル編集倶楽部」:新しい時代のコンテンツ生成プログラム。企業へは「ソーシャル役員会」。教育へは「ヘッチャラハイスクール」「放置大学」、文学等へは「ソーシャル編集倶楽部」。仲間、ムーブメント、共有、社会的商品、、。
  • 話し合ったメンバー:鬼塚ともこ、小縄泰平。木本努。棚橋ゆうじ。福岡八女、愛知など全国各地から。オンラインサロン、トマト、、、、。(これを機会にFBでつながることにしよう。2回とも同じメンバーだったのがいい。新しい友達ができるのがいいなあ)。
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「名言との対話」8月27日。井上登「本社はお金を生むところではない。工場や営業所などの出先にこそお金をかけるべきだ」

井上登1920年 8月27日 ー2008年 7月9日 )は、日本の経営者。

1954年、井上食卓を設立。けやき材の食卓を1台ごとに背負って問屋に販売する。1960年、商号を井上工業㈱と変更、食卓製造を中止し、ステンレス流し台の製造販売に切り替える。1983年4月にクリナップに商号変更。1990年2月に東京証券取引所第二部に株式上場。1991年9月に東京証券取引所第一部に上場変更。

住宅及び事業所用設備機器関連事業を主な内容とし、さらに当該事業に関する物流、サービス等の事業活動を展開している。

1973年に日本発のシステムキッチンを発売したパイオニアであり、「システムキッチン」という和製英語の名付け親でもある。ステンレス製のキッチンは耐久性に優れ、長く使える、そしてステンレスを贅沢に使ったクリナップのキッチンは高級感あふれる商品だ。

福島出身の創業者・井上強は2011年の東日本大震災での被災を通じて、「家族が家族として笑顔あふれる生活を共に送ることが幸せの原点であり、その幸せな暮らしの中心にキッチンがあるのだ」ということを再確認し、「家族の笑顔を創ります」という新企業理念の実現に向けて奮闘する。

団地が憧れの時代に、人気のプロ野球球団の巨人は、3番長島、4番川上、5番宮本という布陣で「クリーンアップトリオ」と呼ばれていた。「クリーンアップ」の語感に清潔さを感じた井上は、「流し台、調理台、ガス台の3点は、台所の『クリーンアップトリオ』である」と考える。それを縮めたのが「クリナップ」の流し台なのだ。

このネーミングは営業にも有効であるが、製品をつくる社員への強力なメッセージでもあり、素晴らしい。JAL時代にバブル崩壊で未曽有の危機に襲われたときに改革の部署で仕事をした私は「大いなる安心をお客様へ」というサービス理念を提案しサービス改革の運動の旗印にした。このとき、お客様はもちろんだが、社員へ向けてのメッセージでもあったことを思い出した。

創業理念は「五心」である。「創業」「親愛」「創意」「技術」「使命」の五つの心。企業理念は「家族の笑顔を創ります」だ。井上強は浪花節的な人柄だった。福島の工場には祠があり、在職中に亡くなった社員の御霊がまつられている。社員の子どもが小学校に入る時にはランドセルをプレゼントするならわしが続いている。そのことがわかるエピソードだ。

2012年には「公益財団法人クリナップ財団」を設立し、福島県出身で地元の大学や専門学校に進学する子どもらを対象に、奨学金を給付する就学支援事業もスタートしている。社員食堂をつくってくれという提案にはお世話になって来た地域の飲食店が困るとして拒否している。

クリナップが木造の古い本社を鉄筋コンクリートにしたのは、1991年に東証1部上場する前年の1990年だった。お金をかけるべきは現場の工場や営業所だという信念がそうさせたのだ。私が仕事をしたJALでも丸の内にあった本社ビルは長い間、雑居の借りビルであったことを思い出した。創業時代の経営者が、本社ビルではなく飛行機の駐機場であるハンガーなどに金をかけるべきだという考えだったからだ。本社ビルが天王洲にできたのは、1995年あたりだったから、クリナップの井上強と同じ歩みであり、共感する。