今年初めての図解塾ーー「プロテスタントと浄土真宗」「教区と檀家」「聖と俗の分離」「宗教改革とその反動」

図解塾6期⑦。今年初めての図解塾。

梅棹忠夫著作集』第5巻「比較文明学研究」の図解を用いた講義。

講義のテーマ:「プロテスタント浄土真宗」。「教区と檀家」。「聖と俗の分離」。「宗教改革とその反動」


以下、塾生の学び。

  • 久恒先生、みなさま、今年最初の図解塾、どうもありがとうございました。今回も情報量の多さとその深さに驚いていますが、印象に残ったことを3つ挙げたいと思います。①久恒先生が、今年の計画について、「継続」「集大成」「新世界」、「公人」「私人」「個人」の視点で作られたということ。私は、単にどんな年にしたいかということから考え始めましたので、具体的な計画はまだできていませんでした。作成方法を教えていただいたので、改めて立て直そうと思いました。②本の読み方について、ただ読むだけでは後に残らない。著者の方法論に関心を持って読むことが大切だということ。 著者の考え方を学んで、自分の行動に活かすための読み方なので、これまで印象的な内容や文章に関心を向けて読んでいた私としては驚きでした。今後はこの読み方を真似てみたいと思います。③本編の西欧と日本の宗教の比較論で教わった全体論。「宗教改革」「教区と檀家」「聖と俗の分離」「宗教改革とその反動」の図解を見終えて思ったのは、いずれも西欧と日本で似通った流れになっていることと、梅棹先生の全体論の凄さにたいへん驚きました。私は神棚がある家庭で育ち、ミッションスクールに通い、校外学習で京都や奈良の神社仏閣をまわるという環境にいましたので、それぞれの宗教についてバラバラの情報をもっていました。それが体系立てて整理して比較すると、実は似通った点が多いということを知り、自分がこれまで違和感なく各宗教に接することができたのはこのためだったのではと思えたので、とてもスッキリした気持ちになりました。今回も、図解を通して解説していただくことで、難解な梅棹先生の理論を短時間で学べました。本当にありがたいですし、本の読み方として図解でまとめることを意識することの大切さを改めて思いました。次回は久恒先生が図解作成に苦慮したという部分だそうですので、とても楽しみです。本年もよろしくお願いいたします。
  • 久恒先生、みなさま、本年も宜しくお願い致します。今日は年明け最初の図解塾ということで、前回までの内容をざっとお浚いし、本日の中心テーマ「プロテスタント浄土真宗」に入りました。これまでの流れと同様に、西ヨーロッパと日本を対比しながら眺めてみると、15世紀から16世紀に起こった西欧の宗教改革と日本の浄土真宗の広がりが「宗教の民衆化」としてほぼ同時期に進行していたということが分かり、とても面白く感じました。そしてその双方に、現代の資本主義につながる考え方が感じられるところも驚きでした。その後の日本の仏教で、禅宗法華宗が普及していったことや天台宗真言宗が学問宗教としての色合いを強めていったのは、この「宗教革命」の反動なのだ、との見方も面白く、各々の関係性がよく分かりました。これまで、世界史は世界史、日本史は日本史、と縦方向で見ることが多く、横比較からの視点はとても新鮮に感じます。次回もどのような展開となっていくのか楽しみです。
  • 新年おめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
    「文明の生態史観」に入る前の、久恒先生の計画を立てる上での3つのポイント「継続」「集大成」「新世界」や、寺島実郎さんの『ダビデの星を見つめて』の読み方も、非常に参考になりました。「文明の生態史観」の講義については本日は西欧のキリスト教プロテスタントと日本の仏教・浄土真宗の対比でしたが、あまりにも類似した歴史やそれに付随する様々なことがらに驚きました。浄土真宗の「善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや」ということと、新約聖書の中でイエス・キリストが権力者や金持ちのところに行かず貧しい人や罪人のもとへ行って「信じなさい。そうすれば救われます」と言ったのはよく似ていると前から思っていました。どちらも当時苦しい生活をしていた人々にとって大きな救いとなったと思います。共通の歴史的な法則性がはたらいていたのでしょうが、それは何だかよくわかりません。いずれにせよ、全体知の視点で眺めなければこういったことは到底考えられなかったと思います。本当に勉強になりました。
  • 新年あけましておめでとうございます。最初の講義もありがとうございました。講義の最初の方で先生が仰っていた、本からは書いた人の人生観を学ぶものだが、その人の方法論を学ぶのが大切。というのが心に残りました。寺島先生の方法論は、文献研究とフィールドワーク、体験実践積み上げ、全体知、目の前の現象の定点観測、これらから何かを見つける、、、。本を読むときには、著者の方法論は何かに注目してみたいと思いました。梅棹先生の比較文明学では、今回はプロテスタント浄土真宗について、二つを並行に照らし合わせながら学びました。こんなにも近代に向けて進んできた道が似ているとは、面白く感じました。毎回講義を受けながら思いますが、図になっているとイメージしやすくて、入ってくる情報も形として受け取れるので、興味を持って講義を受けることができます。次回は図にするのに悩まれたとのことなので、お話を聞くのが楽しみです。どうぞよろしくお願いいたします。
  • 謹賀新年 本年もよろしくお願いたします。本日の図解塾ありがとうございました。耳のみ中心の参加でしたが、大変興味深い内容でした。プロテスタント浄土真宗の図解が印象に残りました。世界史と日本史の同じ時代に対立した出来事のように思える出来事が実は類似しており、とても不思議に思いました。梅棹先生は、そこに法則を見出され、大変興味深かったです。次回も楽しみにしております。ありがとうございました。
  • 久恒先生、皆様、本日もお疲れさまでした。2023年はじめの図解塾、冒頭久恒先生より”寺島先生著『ダビデの星を見つめて』”について紹介頂きました。文献研究とフィールドワーク、そして定点観測(同じ人と定期的に会う)で情報を積み上げ、「全体」を視野に「構造(背景)」を理解するという観点から、大変参考になる旨紹介頂きました。当方も丁度正月休みにこれを読み、個人的には今迄全く遠い存在だった「ユダヤ」の存在が、実は幕末の日本に深く関わって(グラバー商会)いたり、現在社会においても言論メジャーに影響しルール形成論議を主導、金融のみならず「エネルギー」「環境」といった世界的な問題に「国境を越えて」深く影響しているという事実を知り、実は大変身近な存在であると認識する事が出来ました。折しも我が国においても政権第一党と宗教団体との癒着が取りざたされている中、計り知れない民族~宗教の関わりの深さを実感した次第です。一方本編である図解レクチュアでは、『梅棹文明学プロジェクト/第5巻_文明の生態史観』『宗教』をテーマに、今迄のおさらいに続き、『遠く離れた西欧~日本において、同じ時代に同じ様に夫々生じた4つの事柄』について学びました。①プロテスタント浄土真宗:宗教の民衆化⇒武装集団化⇒分裂が生じた事、②教区と檀家:修道院/寺院と人民との関わり合いの深化⇒多様化⇒没落と変化した事、③聖と俗の分離(プロテスタント浄土真宗):勤労に励み財を成してこそ、神/仏の恩恵を得られる事(建前と本音?)、④宗教改革とその反動:権力との対立⇒武闘集団への定着…。世界の末端同士で同じ事が同じ時代に起こっているのは果たして偶然なのか、あるいは共通した構造(背景)による必然的な帰結なのか、図解が示す範疇ではそれ以上のことはまだ分かりませんが、今後の更なる事実解明により「必然」が証明されたら…と想像すると大変ワクワク致しました。梅棹先生、寺島先生の示される「フィールドワークに基づく世界観」の基軸を自らの生活にも意識して取り入れ、将来訪れる様々な課題に生かして行ける様、学習の継続が必要であることに気付かされたことが今回の学びとなりました。有難うございました、次回も宜しくお願い致します。
     
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    「名言との対話」1月11日。生田長江「ひややかにみづをたたへてかくあればひとはしらじなひをふきしやまのあととも」

    生田 長江(いくた ちょうこう、1882年(明治15年)4月21日 - 1936年(昭和11年)1月11日)は、日本の評論家、翻訳家、劇作家、小説家。

    鳥取県生まれ。一高、東京帝大で美学を専攻。大学時代に上田敏から「長江」の号をもらい、ペンネームとする。生田長江の生涯を眺めると、キリスト教自然主義白樺派批判、社会主義、仏教思想と、思想遍歴に満ちている。以下、業績を俯瞰する。

    「ニイチェ」の翻訳は、1916年から1929年にかけて全10巻を刊行した。1922年からは『釈尊伝』の創作を開始し、1935年に「上巻」を刊行した。1936年にかけて『新訳決定普及版 ニイチェ全集』全12巻を刊行。

    評論分野では、ニイチェ語録。最近の小説家。芸術家と芸人。徹底的人道主義。反資本主義。東洋人の時代。、、、、

    翻訳では、カーネギー。ニイチェ。フロオベル。ヘエテ。ワイルド。トルストイツルゲーネフ。、、、

    啓蒙書も多い。外国文学研究法。英独学習法。トルストイ語録。論文作法。能率増進の実際。、、、、、

    生田長江全集は、12巻の予定だったが、5巻で中断している。

    生田長江ハンセン氏病であり、1934年には失明したというハンディも負っていた。これだけの思想遍歴と仕事をしたのだから、敵も味方も多かったに違いない。「自分の前に敵が”いっぱい”現れた時は、振り返って見よ。味方が”いっぱい”いるものだ」という観察には納得する。

    「書籍は社会的大学なり、、、読書人の無限の欲望を充足たし、又高遠の理想を全国に普及することを得べし」とする志の「現代名著文庫」で『哀史』という生田長江の小説を手にした。この序は堺利彦が書いている。生田に脚本を書く機会を与えた堺利彦は純芸術的であった生田に不満があり、俗化を、社会化、実用化、戦闘化と社会主義の立場から喜んでいる。
    純良な少年が新平民という血統で差別を受け、あらゆる罪悪を犯し、その前科で堕ちていくいくという物語である。筆さばきもうまく、引き込まれる。生田の才能の一端を見た思いがする。
    荒波力『知の巨人 生田長江』がある。なるほど、あるゆる分野に精通している生田長江は、知の巨人だ。戒名が「聖伝院長江棹舟居士」となった。長江という大河を掉さしながら、世界中の聖人の伝記を書いた人という意味だから、納得する。長江は中国の揚子江のことである。アマゾン、ナイルと並ぶ大河である。青海省チベット、山峡、江西省そして上海にいたる。途中には、工業都市商業都市が並び、19の省をまたぎ、4.5億人の人口を抱える交通路だ。
    なるほど、上田敏が「長江」という号を与えたのは慧眼であり、その後の生田の進む道を予言している感がある。さすがだと感服した。その命名どおり、人間社会の山岳、平野、都市などを踏破し、多くの人に影響を与えた、長江のごとき生涯であった。
    「ひややかにみづをたたへてかくあればひとはしらじなひをふきしやまのあととも」という生田長江の歌も、長江という大河と自身の人生を詠んだとも思える。