寺島実郎の「世界を知る力」(6月)ーー第3の大国・インド。

6月18日の『世界を知る力』。

  • 株高と円安のパラドックス:年初から25%アップの株高。140年の円安。1.3%の低成長予測の中。世界のカネの吹き溜まり。外交人投資家の買いと円安による企業の水膨れ。賃金アップより高い物価上昇で実質賃金は▲3.0%。喜んでいるのは株保有者(6割以上が高齢者)と輸出企業。日本人は先進国意識の喪失の心理。誇りを失いつつある。健全な資本主義へ産業と技術で企業価値をあげていく。企業はニーズの産業的解決者だ。
  • G7広島サミット後の世界:ゼレンスキーサミットになった。世界を分断してはいけない。地域紛争を2陣営の戦いに単純化。第3次世界大戦にしてはいけない。ロシアは弱体化し中国に頼る上京。欧州はロシアと中国を引き離しリスクをミニマイズしようという動き。グローバルサウスを代表する感のある印度の存在感。
  • 第3の大国・インドを考える:2023年に14.4億人の人口となり中国を抜く。GDPは米中日独印でイギリスを抜いて5位。世界シェアは米25.4%、中国18.1、日4.2、印3.4。5年後の2028年にインドは日本を抜く。不可解な大国インド。DX先進国。グローバルサウスの旗頭として「マンダラ外交」を展開中。戦略的自立路線。ロシア(貿易増)、中国(上海協力機構メンバー、中国のAIIB銀行にも参加)。英連邦。日米豪のクアッドにも参加。核大国として禁止条約には入らない、TPP不参加、RCEP離脱。「マルチアライアント(多角的・全方位)外交で重みを増している。
  • モディのインド:インドはフェビアン社会主義・非同盟外交の国民会議派(2004-2012)から、2014年から人民党が台頭。両者に共通するのは英国のシステムと核大国志向。人民党政府のモディ首相は、自由主義経済(デジタル経済)、ヒンドゥー主義(自国利害中心)、マンダラ外交。インド外相が書いた『インド外交の流儀』(白水社)に詳しい。
  • 日印関係史:唐・天竺。ムガール帝国。明治以降:英国植民地)室生犀星「淋しきインド」)。悲劇のインパール作戦チャンドラ・ボースインド国民軍が参加。日本の敗戦時にパール判事の日本無罪論。1949年のインド象インディラのプレゼント。1959年のバンドン会議への招待。ダッサン「日本人とインド人」。
  • 日本のスタンスのあり方:インドは自国中心主義であり非同盟のリーダーではない。マンダラ外交の限界で真のパートナーがいない。グローバルサウス(100ヵ国以上)のリーダーとしては疑問あり。日本は補える。グローバルサウスへの共感と中国に向き合う。アジアの信頼される民主主義国家として、非核平和主義の堅持と新たな構想の国連改革に取り組め。

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「名言との対話」6月19日。続木斉「何にせよ小生はただ神意のままに在りて、平和な明るい喜びをもっております」

続木斉(つづきひとし 1881年1月8日ー1934年6月19日)は、進々堂の創業者。

愛媛県四国中央市出身。生家の没落で岡山の溝醤油醸造家の7年小僧時代を過ごす。1902年に、内村鑑三『余は如何にして基督教徒となりしか』を英文で読み内村に傾倒する。その後、神戸に移り、そこから徒歩で上京し、内村門下生となる。同じ門下生の相馬愛蔵の経営するパン屋で働く。内村は「余が君を教えしよりも、君が余に教えしこと多し。世は学問上の先生とならん。されども君は余の実行上の先生なり」と評価している。

1913年、パン屋の進々堂を開店。目標に向かって一心に走るという宣言であった。第一次大戦の勝利の祝賀の道筋に店があったこともあり、進々堂は繁盛する。

1924年から2年間、フランス文学とパン研究のためヨーロッパで学ぶ。帰国後、「広告は真実の福音でなければならない」と考え、思想、信仰、詩や短評などを掲載し評判となる。京都大学北門前の北白川店はパンを食べながら教授と学生が語らう場として、京大第二教室と呼ばれるまでになった。

続木斉は結核を患い、53歳で亡くなるが、「神意のままに在りて」と淡々と最後を迎えている。「何にせよ小生はただ神意のままに在りて、平和な明るい喜びをもっております」は、死を予感している中で、妻のハナへの手紙の文言だ。キリスト教への信心で、すべては「神意」であるという悟りを得ていたのだ。

今までキリスト教信者の実業家などを調べてきたが、事業の完成までは死ぬはずがないとか、苦境に陥っても神の事業であるからかならず継続できるという信念などを持っている人を多く見ている。こういう信仰をもっている人の心は安らかのようだ。続木斉という一人のキリスト教経営者の生涯にはすがすがしいものがある。

 

 

 

 

 

出展「パン造りを通して神と人とに奉仕する進々堂百年史」