父の日にもらった「ゲタ」を履きつぶした狂暑の3カ月も終わる。


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6月の父の日にもらった下駄をこの数か月で完全に履きつぶした。

高かった下駄の歯がだんだんすり減ってきて、ほとんどなくなってきた。そして本日、もう今日で終わりだなと思っていたら、散歩の途中で、タイミングよく見計らったように、鼻緒が切れた。

iPhoneの記録によると、今年の9カ月の平均歩数は7000歩を少し越えたところだ。狂暑でもかなり歩いたことになる。下駄でのウオーキングは、靴下を履く必要がなく、素足なので気持ちがいい。明日からは、ウオーキングシューズか、残念だ。夏が終わった。

学生時代からゲタが好きだった。そのときは、板の方が先に割れていた。今年もらった下駄はその時とは違って、質がいいのだろう、板はまだ大丈夫だった。1970年代では、男子大学生でも、いろいろなタイプが存在したが、私はファッションとして下駄を愛用するバンカラと呼ばれるグループだった。

歩くと「カランコロン」と響く音が気持ちいい。散歩中はこの音で人間だけでなく、犬の注意もひくようだ。最近は街中では、下駄のこの音は、騒音と受け取られるとも聞く。

最近詠んだ川柳に、「青春の 想い出ひびく ゲタの音」がある。下駄という漢字を使うより、私はやはりゲタというカタカナを使いたい気がする。ゲタは青春の思い出とともにある。

ゲタを蹴り上げて、表が出たら晴、裏が出たら雨という天気占いもあった。「下駄を預ける」「下駄を履く「下駄を履くまでわからない」など下駄に関する慣用句がある。これらの言葉は、今も命脈を保っているようで、時々聞くことがある。

江戸時代の田舎女という歌人は「雪の朝 ニの字のニの字の 下駄のあと」という句を詠んでいる。深夜に降り積もった雪の朝に、下駄の歯をつけながら初めて足を踏み入れた歩いた人がいるのだなあという感慨がわかる名句だ。

下駄の歯は二本と決まっていると思っていたら、最近では、「一本歯下駄」も登場している。私の若い友人である宮崎要輔さんは、この下駄を開発し、アスリートの筋肉トレーニングに使って成果をあげている。「GETTA」と、ローマ字で商標登録をしている。

漢字の下駄、カタカナのゲタ、そしてローマ字のGETTAと、名称も変わり、効能も変化しつつある。そんなことを散歩中にふと思いながら、30度以上、35度以上の猛暑日酷暑日の3カ月を乗り切ったこの夏もようやく終わる。

来年も、父の日のプレゼントをもらえるようなら、またゲタをリクエストしようか。

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明日の図解塾の準備。

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「名言との対話」10月3日。島津源蔵「事業の邪魔になる人。家庭を滅ぼす人」

2代目島津 源蔵(しまづ げんぞう、明治2年6月17日1869年7月25日) - 昭和26年(1951年10月3日)は、明治時代から昭和時代にかけての実業家発明家

京都市出身。島津製作所創業者の島津源蔵の長男。1894年に父の死で二代目を襲名し事業を継承した。1895年、人体模型などの標本を製造、販売。1896年、日本初のX線写真を撮影し、1897年には教育用X線装置を商品化した。

鉛蓄電池を改良したGS蓄電池(島津源蔵の頭文字)は日露戦争巡洋艦和泉が、日本海海戦信濃丸から「敵艦見ゆ」の第一報を受けて、旗艦三笠に送信した。「皇国の興廃この一戦にあり」という戦いで重要な役割を果たしている。

島津製作所の発明から誕生した組織は多い。X線技術は京都医療科学大学を生んだ。発明した亜酸化鉛からつくった防腐剤を扱う大日本塗料が独立した。電池を動力とした輸送機を製造する三菱ロジスネクスト株式会社。「蓄電池の父」とされる島津源蔵は会長職を引退後も、発明に専念している。生涯の発明は178件にのぼる。1930年、日本の十大発明家として真珠の御木本幸吉らと宮中晩餐会に出席している。

2007年に、京都の人物記念館を訪問した。末川博、大河内伝次郎新島襄河井寛次郎橋本関雪などをみたが、そのとき、島津製作所の創業記念資料館でを訪問した。2002年にソフトレーサーによる質量分析ノーベル化学賞を受賞した島津製作所田中耕一さんの資料の展示もみることができた。島津源蔵の発明の伝統は生きているのだ。10月2日からノーベル賞の発表が始まった。今日は3日で物理学賞の発表があった。今年2023年は日本人が受賞するか、注目したい。

この資料館で面白い言葉を見つけた。二代目島津源蔵の訓語である。

「事業の邪魔になる人」:自己の職務に精進することが忠義である事を知らぬ人。共同一致の融和心なき人。長上(目上)の教えや他人の忠告を耳にとめぬ人。恩を受けても感謝する心のない人。自分のためのみ思い、他人の事を考えぬ人。金銭でなければ動かぬ人。艱難に堪えずして途中で屈伏する人。自分の行いについいて反省しない人。注意を怠り知識を磨かぬ人。熱心足らず実力なきに威張り外見を飾る人。夫婦睦まじく和合せぬ人。物事の軽重緩急の区別の出来ぬ人。何事を行うにも工夫をせぬ人。国家社会の犠牲となる心掛のない人。仕事を明日に延ばす人。 

「家庭を滅す人」:自分の一家と国家とのつながりを知らぬ人。両親及び兄姉を敬わず夫婦和合せぬ人。身分相応を忘れる人。毎日不平を言うて暮す人。相互扶助を知らぬ人。嘘を言ひ我儘を平気でする人。不用の物を買ひたがり無駄事に多くの時間をつぶす人。夜更ふかし朝寝をし実力を養成しない人。失敗したときに勇気を失ふ人。非礼なことを平気でする人。今日積む徳が明日の出世の因となることを知らぬ人。先輩を軽んじ後輩に親切に尽くさぬ人。他人の悪口を言ひ争ひを好む人。秩序を守らぬ人。今日一日の無事を感謝せぬ人。

以上の三十ケ条はいづれも処世の要諦であって充分に之を理解し且つ実行に努むる時は職務上独特の技術を発揮して無くてはならぬ人となり人格を向上し性格を円満ならしめ諸人の愛敬を受け以て立身立家立国の三大任務を完成することができる。

然るに若し之を読むも皮相にして底の真理を味解するに至らず或はただ知るのみにして之を貫き行ふの熱意を欠く者は必ず一身一家を破滅の淵に陥れるのである。

島津源蔵の「事業の邪魔になる人」「家庭を滅ぼす人」という教訓は、心にしみる処世の要諦である