秋の快晴の土曜日。

秋の土曜日:耳。目。鼻。舌。手。カラダ。ココロ。アタマ。

ラジオ(ウオーキング。数日前に聴いたものも含む)

テレビ(自宅)

  • 「名画の暗号」:「ゴッホ北斎のミステリー」(イッセー尾形西岡文彦、)
  • キングオブコント2023」:サルゴリラが優勝!。「又吉・児玉・向井のあとは寝るだけの時間」のメンバーの児玉がついに優勝し1000万円を獲得。
  • 谷村新司」の多数の追悼番組:好きなのは「昴」。「荒野」「砕け散る」「青白き頬」「さんざめく」「鮮やかに」「心の命ずるままに」「我は行く」、、、、、

ヨガでこってっり。アトレットのバンド演奏を楽しむ。散髪でスッキリ。気持ちよくウオーキング金木犀。鍋。企画。、、、、

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「名言との対話」10月21日。ホレーショ・ネルソン「私の人生における成功のすべては、どんな場合でも必ず15分前に到着したおかげである」

初代ネルソン子爵ホレーショ・ネルソンHoratio Nelson, 1st Viscount Nelson KB1758年9月29日 - 1805年10月21日)はイギリス海軍の提督。

ネルソンは、イギリスの海軍軍人。アメリカ、独立、戦争、ナポレオン戦争などで活躍した。ナイルの海戦でフランス艦隊を壊滅させる。トラファルガー海戦で、フランスとスペインの連合艦隊に対して戦史上まれに見る大勝利を収めた英雄である隻眼、隻脚の提督だった。

1794年の戦闘で右目の視力を失う。1797年のカナリア諸島での戦闘で右腕を負傷し切断する。

1805年のトラファルガーの海戦で2割ほど戦力の大きいフランス・スペイン連合艦隊を壊滅させる。イギリスの死者449人、連合艦隊の死者4480人。イギリス艦隊が失った船はゼロ、連合艦隊は大破などで22隻を失う。歴史上空前の大勝であった。そしてネルソンはこの戦いで戦死する。葬儀は、君主以外では初の国葬となり、セントポール大聖堂に葬られた。

この戦闘に先立って「英国は各人がその義務を尽くすことを期待する」は、現在も生きる名文句として残った

海軍史上の三大提督という見方がある。ネルソン以外には、アメリカ独立戦争の英雄・ジョンポールジョーンズ(1747-1792年)と、日本の東郷平八郎(1848ー1934年)である。東郷は1905年の日本海海戦でロシアのバルチック艦隊を殲滅した救国の英雄であり、国葬として葬られた。

20代の頃、駐在したイギリスでトラファルガー広場のネルソンの姿は何度見たことがある。今回初めて、その生涯と遺した言葉に触れた。

ナポレオンを破った、救国の英雄ネルソンの言葉を拾ってみる。

「我々はきっと勝つ。必ず勝つ。間違いなく成功する」「勝利かウェストミンスター寺院だ!」などの勇敢な言葉もあるが、私は「時間」についての考え方に関心を持った。

・時間こそが全てであり、5分の差が勝利と敗北の違いを生む。

・すべての作戦において、精神についで時間が最も重要な要素である。

・私の人生における成功のすべては、どんな場合でも必ず15分前に到着したおかげである。

日本の海軍には5分前の精神というのがあったと聞く。「起床5分前」「訓練開始5分前」というように、準備を整え定刻に始まるのだ。ビジネスマンだった40歳頃のこと、海軍出身の阿川弘之先生にお目にかかったことがある。広報の責任者をしていたときに、頼んだ原稿の件で、部下の対応に問題があって謝りにご自宅に伺った。ご本人も自ら「瞬間湯沸かし器という綽名をもらっている」と述べているように、怒りっぽいことは知られていた。
電話でアポイントをとろうとしたら、体調を崩されて入院から戻ってこられたばかりだったことがわかったので、まずお見舞いの花束を贈っておいた。そして数日後、約束の時間の5分前にご自宅の呼び鈴を押した。阿川先生の本では海軍の習慣である「五分前の精神」のことを書いておられたので、私もこれにならった。応接間でお詫びを申し上げて、先生の本の話題をする中で、五分前の精神のことを話題にしながら、日本海軍について話していたら、「あなた海軍ですか?」と嬉しそうに言われて驚いた。「いえ、私はそんな年ではありません」と答えて大笑いになった。前の職場で人事関係の仕事をしていたので、海軍の人事制度の勉強をしていたのが役に立ったのだ。

ところがネルソン自身は15分前の精神が成功のカギだと考えていたのである。それは、十分な準備と落ち着いた精神をもたらしてくれるのだ。「指揮官にとって最も重要な資質は冷静な判断力である」というネルソンは、時間を味方にし、そして大きな武器にしていたのである。大いに共感する。