「ちけんエディトリアルミーティング」初回は、『日英2か国語の 将棋えほん』を出版した斎藤三笑さんのミニセミナー。

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「ちけんエディトリアルミーティング」の初回は、『日英2か国語の 将棋えほん』を出版した斎藤三笑さんのミニセミナー。15人ほどのメンバーが参集し、楽しい会となった。斎藤さんは新宿育ち。高校時代にアメリカ留学。上智大学比較文化を卒業し、駿台予備校で講師。

 外国人とのコミュニケーションに最適。将棋の漢字が難しいので色を使って駒を区別。絵本は息が長い商品。女性が購入しプレゼントに使う。新宿区の外人の割合は12%。

外国人が理解できるようにしたきめ細かい工夫が素晴らしい。様々の囲碁の世界でも『椅子がこわい』を書いた夏樹静子が開発した、目に優しいグリーンの石も同じ路線だ。インバウンドが多くなっている今日、外国人とのコミュニケーションが大きな課題。囲碁や将棋の世界も国際化や健康などの問題解決のための革新に向かっている。

自己紹介、30分のミニ講座、そして懇親会と続く。帰りに、根岸さんと力丸君と中華。

始まる前に「知研東京」の幹事会:1月までのセミナーの講師ラインナップ。小酒井正和、山本冬彦、富田秀夫、八木哲郎、、。

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午前:大学

午後:フリー編集者の小島さんと懇談。本の企画(アラハン・女性)とコラボ。荻窪の地研で社長と懇談。知研岡山の黒川さんの新著『新時代の石門心学』ができていた。黒川さんと電話で報告。HP、税理士、、、、。

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「名言との対話」6月17日。出門英ロザンナ。おまえひとりで子供たちを育てていかなくちゃならないかもしれないから、大人になれよ」

出門 英(でもん ひで、1942年12月15日 - 1990年6月17日)は、日本歌手作曲家俳優。

ロザンナ『天国の夫へ 13年目のラブレター』を読んで、ロザンナからみたヒデという男のことがよくわかった。ロザンナのヒデ観は「夢があって、気風がよくて、情にもろくて、家庭的」だ。

1968年のヒデとロザンナのデビュー曲「愛の奇跡」のサビの部分に「アモーレ、アモーレ ミーオ」とロザンナに叫ばせたのはヒデの発案だった。この歌のサビはよく覚えている。

ヒデには作曲の才能もあった。小柳ルミ子「星の砂」(作詞は関口宏)「ないてないて まぶしい サンゴの島が にじんでおちて 星の砂」、森昌子彼岸花」(作詞は阿久悠)「嫁入り話の 出る秋には 女は顔を 女は顏を そむけます」、などはヒデ作曲の作品だ。また俳優としての仕事も「必殺!仕事人シリーズ。映画「東京上空いらっしゃいませ」「光る女」などでも活躍していた。ヒデは多方面に才能があった。

この本ではヒデが8つ年下のロザンナに語った言葉が散りばめられている。「いいかロザンナ。人間、大事なのは夢を持つこと。しかも一つじゃだめなんだ。必ず二つ」「俺たち、上がっていくだけじゃないか。幸せなことだよ」「チャンスはその時を逃したた最後、二度とはやってこない」、、、、。

親友をガンで亡くし、ガン撲滅のためにチャリティのゴルフコンペを意欲的に続けていたヒデは、奇しくも結腸ガンで1990年に死去する。享年47。貯金もない、収入もない、保険の給付金もない。そして3人の子供たちが残った。ロザンナは、テレビ朝日「モーニングショー」のキャスターで芸能界に復帰し、子供たちを育て上げる。14歳だった長男は音楽家・画家の士門(しもん)。12歳だった次男はミュージシャン来門(らいもん)。8歳だった長女はモデルの万梨音(まりおん)。

 「ロザンナ。おまえひとりで子供たちを育てていかなくちゃならないかもしれないから、大人になれよ」は、ガン告知をせずに、知らなかったはずのヒデがロザンナに語った言葉だ。ヒデは知っていたのだ。二人の生涯はまさに「愛の奇跡」の物語だ。 

天国の夫へ13年目のラブレター

天国の夫へ13年目のラブレター

 

 

 

 

 

 

 

 

『梅棹忠夫著作集 第22巻 研究と経営』を読了(4巻目)ーー2020年10月までに全巻読破という目標が決まる

 『梅棹忠夫著作集 第22巻 研究と経営』を読了。

経営研究論、情報管理論、著作と編集、の3部構成。研究経営論では、近衛ロンド、民博における研究のあり方、研究に対する基本的な気構え、国際シンポジウムの項が参考になった。情報管理論では、学術論文の質の向上、研究業績の評価、図書館などの項もいいが、著作目録、引紹批言録、著作集を編む、も参考になった。著作集と編集では、著作集のモデルを構築しようとする姿勢に感銘を受けた。

『第5巻 比較文明学研究』は3月10日読了。『第14巻 情報と文明』は4月22日読了。『第11巻 知の技術』は5月23日読了。6月16日に4巻目を読破した。月1冊というペースで、読めることがわかった。後1年8か月後の2020年の末に読み終わるという計算になるが、2020年10月17日の知研50周年事業の日までに読破しよう。

次は、どの巻にしようか。『日本研究』『民族学の世界』『人生と学問』『日本文化研究』あたりか。ワクワクする。 

梅棹忠夫著作集 (第22巻) 研究と経営

梅棹忠夫著作集 (第22巻) 研究と経営

 

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ジム:ウオーキング30分。スイミング300m。

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「名言との対話」6月16日。梶山俊夫「何百年という、時も場所も超えて、作者と見る側とがごく自然な呼吸で、同次元で交感することができる。ぼくもそんな絵が描けたら、それが一番の理想だと思った」

梶山 俊夫(かじやま としお、1935年7月24日 - 2015年6月16日)は、日本絵本作家

1962年、抽象画でシェル美術賞を受賞して渡欧し1年ほど滞在。再び家族での渡欧を計画中に、奈良時代の廃寺跡・国分寺跡を巡る旅で、「畑や田んぼのあぜ道を歩いている自分が、一番正直な我が身の姿」だと気づき、日本で絵を描こうと決心した。

国宝「鳥獣戯画」を見たとき、作者である鳥羽僧正が「絵巻を挟んで向こう側に座っていって、じっと見ているような気がした」。同行の福音館書店の編集者に「絵本をやってみませんか」と声をかけられ、絵本の世界に入っていく。「何百年という、時も場所も超えて、作者と見る者とがごく自然な呼吸で、同次元で交感することができる。ぼくもそんな絵が描けたら、それが一番の理想だと思った」のだ。木島始とくんで「鳥獣戯画」を絵本にしたのが、「かえるのごほうび」である。

「かぜのおまつり」でブラチスラバ世界絵本原画展で金のリンゴ賞、「いちにちにへんとおるバス」で講談社出版文化賞、「こんこんさまにさしあげそうろう」で絵本にっぽん大賞を受賞をするなど、絵本界で成功する。友人の天野祐吉は「基本的にアップもロングもない、つねに対象と一定の距離をおいて描いている」と語っている。人間味あふれる、ユーモラスな筆致は、みる者の心をほのぼのとさせる絵である。

 私がみた 『白い鳥』という絵本は、文章を書いた椋鳩十大分県の九重の山々を歩いていたときに出会った一人の老婆が話をしてくれた「朝日長者」の物語を土台とした民話調のストーリーである。長者の屋敷と21の蔵、100人の家来、500人の召使がいた。長者たちは、村人をいじめたり、米でできたもちに矢をはなったりした。突然に大地がゆれて、泥水がでて、たんぼは沼地にかわった。村人は山を切り拓いて平和に暮らすというストーリーだった。

2008年に訪問した手塚治虫記念館では漫画の歴史を展示していた。鳥獣戯画が漫画の原点とされていた。北斎漫画、地獄草子、江戸時代の鳥羽絵本、明治時代のポンチ絵(日清から日露にかけて戯画錦絵を描いた浮世絵師の描いた石版刷り小型マンガ本。近代漫画の出発点)、明治の宮武外骨の「滑稽新聞」、職業漫画家第一号の北沢楽天の「東京パック」、小杉未醒の「コマ画」、そして大正時代に朝日新聞で活躍した漫画記者・岡本一平、4コマ漫画の最初の作品である「ノンキナトウサン」(報知新聞)と続く。漫画にも長い歴史と人物が連なっているのだ。その流れの中で手塚治虫という天才が花開いた。

コマわりがなく、文章もついている絵本の世界も、鳥獣戯画の流れの中にある。平安時代末期の鳥羽僧正との出会いによる影響が梶山俊夫という絵本作家を生み、その作品群が現代の子どもたちの情操に影響を与えているのである。 

白い鳥 (おはなし名作絵本 13)

白い鳥 (おはなし名作絵本 13)c法邪

 

 

雨の日、読みかけの本を読み進める。

土砂降りの日。読みかけの本を読み進めた。『梅棹忠夫著作集 第22巻』。山崎史郎『人口減少と社会保障』(中公新書)。玉木正之虫明亜呂無 時さえ忘れて』。

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息子とその彼女が我が家を訪問。

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「名言との対話」6月15日、虫明亜呂無「これが私なのです、と言いきれるものを何でもよい、たったひとつでもよい、私は持ちあわせているだろうか」

虫明 亜呂無(むしあけ あろむ1923年9月11日 - 1991年6月15日)は、日本作家評論家随筆家翻訳家

文芸,映画,音楽などの評論に幅ひろく活躍。とくにスポーツ論に新境地をひらいた。著作に小説「シャガールの馬」、評論集「時さえ忘れて」など。早大卒。

『時さえ忘れて』(玉木正之編)では、ラグビー、ヨット、登山、スキー・ジャンプ、高校野球、ゴルフ、野球、サッカー、ボクシング、相撲、などについて優れた観察が紹介されている。

「ゴルフは、、サイコロジカル・スポーツと言うべきである」「サッカーの魅力はスピードである」「どちらが、それだけより忠実に、正確に、彼の自我に即し、自我を表現しているか。私はそれだけを見る。それだけがスピードと距離測定とフット・ワークとパンチに表現される。それがボクシングだ」「勝負とは、まったく別の領域に属する相撲の味が、彼(貴ノ花)によって、土俵を飾っていたのである」「百メートル競走。、、角度と走力を総合してみせるイメージのゆたかなランナーが、そのイメージにふさわしい体力とスピードとスタミナをもたっとき、はじめて勝つのです」「マラソンは呼吸と視覚とのコントロールからなりたっているスポーツです」「舞がわかる、といのは、一言でいえば、舞の呼吸がわかることである」

「スポーツというのは、煮つめて考えると、肉体と情念、生理と心理との争いからなりたつ遊戯であり、闘争であり、逸楽である」「フランスの小学生は、低学年から、哲学を勉強する。、、、人間は何を考え、何を感じ、何を美しいと思い、何を快いことと感じるのか、ということを学ぶわけである」

遊びは田植え祭から生まれた。歌い舞う人は「わざおぎ」だ。それが俳優である。身分の賤しい俳優たちは芝のはえた場所で歌い踊る。見物人もそこで見る。それが芝居である。東西の村で豊作を祈り相撲をとる。夕顔と葵の花かんざしをさした代表がとおるあぜ道を花道と呼んだ。仏教が入り、天国が理想化された。それが浮世で、いつの間にか憂世になる。憂世を忘れるために歌い踊る、それが風流踊りとなる。風流の思想は趣味と教養の世界をつくりだした。生理的昂揚をうながす官能の刺激がある。やがてここにスポーツの要素が加わってくる。

スポーツをみて文字で表現する。実に困難な作業だ。それを行い、完成させた作家が虫明亜呂無(本名)である。その虫明にも師匠がいた。植草甚一である。「先生はボクシングをとおして、スポーツとは何かという問題に、常に明快な解答をあたえてくださった」。

何も持ちあわせていない若き虫明亜呂無はサッカーやラグビーを脳裏に描く空想家だった。その源を涸らさぬために、実際の試合をひたむきに見にゆく、通う。そのたびに空想の絵の具の塗りが濃くなり、空白が埋まっていく。それが、優れたスポーツ論に結実した。山際淳司近藤隆夫沢木耕太郎二宮清純玉木正之、、などのスポーツ論客に影響を与えたのではないか。スポーツ分野の物書き、スポーツライターは先達・虫明亜呂無を必ずとおるであろう。 

時さえ忘れて (虫明亜呂無の本)

時さえ忘れて (虫明亜呂無の本)

 

 

 

 

 

 

 

 

勁草塾「文庫カフェの会」で、中林美恵子先生の「トランプ大統領再選への道のり」を聞く。

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18時半:九段の文庫カフェの勉強会に参加。一般社団法人勁草塾「第文庫カフェの会」。講師は早稲田大学中林美恵子教授。テーマは「トランプ大統領再選への道のり」。1時間半。

モンゴル旅行でご一緒した主宰の斎藤勁先生から秋にこの会での講演を頼まれているので、雰囲気を偵察する意味で参加。まず斎藤先生に挨拶し、テーマについての相談。法政大の下斗米先生とも挨拶。

30名近い会員。私の前後左右と始まる前に挨拶、政策アドバイザーの下道直紀さんは九大卒で大田昌秀秘書、斎藤勁秘書、田中直紀政策アドバイザーの経験者で話が弾む。毎日新聞の上野央絵編集委員、ジャーナリストの目黒博さん、村山首相談話を継承し発展させる会の藤田高景理事長(村山首相の秘書)。

以下、セミナーの要点。

  • 有権者の56%がアメリカは貿易相手国に搾取されていると答えている。仕事を奪うのは中国が48%で以下メキシコ9%、ドイツ8%、日本8%。アメリカ議会は201年度国防権限法を成立(ZTEやファーウェイの禁止。買収・合弁審査を強化。環太平洋合同演習への中国参加禁止、孔子学院の資金提供制限)は上院下院とも圧倒的賛成。アジア再保証推進法は上院下院とも全会一致で可決。5月29日ロシア疑惑でモラー特別検察官声明「潔白は確信できず」。世論調査ではトランプ不支持5割不支持は4割以上。共和党支持者は9割がトランプ支持。景気が良くなっているという層は47%と増加。議会の仕事ぶりには不支持者が多い。オバマケアは不支持が圧倒的だったが近年逆転し高い支持。2018年中間選挙民主党は女性議員、黒人、ラテン系、ネイティブアメリカ人、イスラム教徒、ヒスパニック、軍歴者など登場させた、キーワードは多様性。キリスト教福音派は人口の4分の一で共和党支持率が75%。移民の割合13%、そのうち4人に1人は不法滞在者。大統領選の民主党候補ではバイデン35%、サンダース17%、ウオーレン9%、ブッティンギー6%。トランプとの比較ではバイデン47%トランプ40%、サンダース44対41。バイデン76歳、サンダーズ46%、ウオーレン69歳、ハリス54歳、ブッティンギー37歳(同性愛者).
  • トランプ大統領:公約実施「税制改革」「米韓FTA」「NAFTA再交渉」「パリ協定離脱」「TPP離脱」「イラン核合意破棄」。実行中「メキシコン国境の壁」「日米FTA」「対中国通称問題」。未実施・失敗「オバマケア廃止」「インフラ投資」。
  • 6月末のG20首脳会議「地涌貿易の推進役たりえるか?」「アメリカを的確に誘導できるか?」がテーマ。
  • 中国への警戒感は根強くある。大学にもシンクタンクにも資金提供。警戒感が表にでてきた。アメリカは分断。景気の良さがトランプを応援。

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・10時40分:ビジネスコミュイケーションの8回目の授業。本日のテーマは「図解文章法」。終了後のアンケートでは「スラスラ書けた」という声も。

・ラウンジ:杉田副学長から近況。高野課長と懇談。

・昼食は橘川さんと蕎麦屋。斬新なアイデアをいくつももらう。面白くなりそうだ。

・15時半:仙台の岩澤さん。力丸さん。新プロジェクトの相談。

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 「名言との対話」6月14日。西江雅之「世界は多数、地球は一つ」

 西江 雅之(にしえ まさゆき、1937年10月23日 - 2015年6月14日)は、日本の文化人類学者言語学者

小学校時代にはNHKの素人のど自慢に出場し入賞する。日劇で『鐘の鳴る丘』に出演し、「鐘が鳴りますキンコンカン、、」を歌う。

子ども時代は野外で一日中過ごし、野性動植物や昆虫を食べていた。猫になりたかった西江は猫的生活を送る。その身のこなしが早大高等学院体操部で生きる。器械体操の東京地区高校大会にて鉄棒で1位となり、全種目総合でチャンピオンとなった。

早稲田大学政経学部3年の時、早大生たちによるアフリカ大陸縦断隊に参加。意思疎通の必要からスワヒリ語を研究し、日本最初のスワヒリ語の専門家となる。20代で日本初の「スワヒリ語辞典」を編む。

早稲田大学政経学部、学士入学で文学部英文科を卒業。大学院では芸術学専攻修士課程修了する。大学院時代はライシャワー大使の娘の家庭教師を務めた。その後フルブライト奨学生として渡米し、カリフォルニア大学ロサンゼルス校大学院アフリカ研究科で学ぶ。 40歳まで定職はなかったが、東京外国語大学助教授、早稲田大学文学部教授を歴任した。

この人間大好きの天才は世界中を旅しているのだが、荷物はビニール袋一つだった。中には財布、パスポート、読みかけの本、ノートと筆記用具だけだった。「新聞の1面を見て、自由という単語が5つあったら、不自由な、自由のない国」とも言う西江は旅が住み家であった。

「異文化理解とは、アキラメと妥協。相手と同じになることではない」と語り、「所詮人間は同じ。笑ったり泣いたり怒ったり。あり方がチョボチョボと違うだけ」であり、世界には4000から8000の言語があるように多様ではあるが、やはりみな地球人だという世界観だった。名前は知っていたが、このような奇人、天才とは知らなかった。興味が尽きない人物だ。 

旅は風まかせ (中公文庫)

旅は風まかせ (中公文庫)

 

 

 

 

 

 

 

 

リレー講座:寺島学長「世界宗教への視座」。

リレー講座:寺島学長「世界宗教への視座」。

  • 時代認識を深める。知の再武装。知は時代認識で歴史の鏡を磨く。特に日本人の欠陥ともいうべき近代史。
  • 「1900年への旅」は5年連載。優れた人には必ずくる「中年の危機」。使命感と出会いで乗り切っている。覚悟と気づき。どちらも時代認識と感受性が必要だ。
  • 「問いかけとしての戦後日本」は2007年から2010年。未完で、3・11のにより引き起こされた原子力の一位置づけ。
  • 「17世紀オランダからの視界」を連載中。後1年半はかかる。デモクラシー(民主主義、連邦共和国プロテスタント独立戦争)、資本主義(オランダ東インド会社)、科学技術(デカルト、)、文化(レンブラントフェルメール)など近代の揺籃。。中国の明から清への混乱期のため鎖国を断行できた江戸期の日本への影響。浮世絵、銭、暦など「からごごろ」から「やまとごころ」への時代にオランダの存在は大きかった。儒学国学蘭学
  • 20世紀とは何か。戦後日本とは何か。近代とは何か。これを追いかけてきた。この連載は、ライフワークになりつつある。西洋史観、中華史観、モンゴル史観でもない、グローバル史観。グローバルヒストリー(地球史)、ビッグヒストリー(宇宙史)。生命科学、人類史、、、。トータルパッケージの世界史が必要だ。
  • 世界宗教の淵源」。社会科学として追う。民族宗教から世界宗教へ。仏教は無神論の柔らかい宗教、釈迦の内面をみつめる小乗から日本の大乗仏教への発展、加上の宗教、自灯明・法灯明。キリスト教ユダヤが源流、パウロが創始。イスラム教はキリストは預言者の一人という位置づけ。ここにキリスト教との近親憎悪の源がある。世界宗教の共通点は「利他愛。慈悲愛」。儒教の本質も恕(ゆるし)。秋以降は、日本仏教を研究。その後は、宗教という聖なるものから、俗なるものである「貨幣」の研究へ進む予定。
  • 今、なぜ宗教か?。宗教とジェロントロジーの関係。登戸の51歳の無差別殺人。流山の43歳の10歳児童虐待死。多摩相模原の25歳の施設入居者の無差別殺人。柏市での37歳が母と一緒に妻を殺した事件。国道16号線の団地、ニュータウン、マンションのベッドタウンで起こっている事件。引きこもり、虐待は個室の中でのできごと。プライバシーのなかったときの日本では起きない、戦後日本の特殊性の中で起こった時間。心の所在の迷走。農耕社会から自立自尊の近代化への脱皮で失ったものがある。食と農、そして宗教がない。西欧には教会がある。私生活主義は孤独感と寂寥感を生んだ。思想と宗教が重要になってくる。

 

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 9時半から11時半:「こえラボ」の岡田社長と「ビジネスに活かす 偉人の名言」の7月放送分の収録。毎週月曜日。

  • 佐藤栄作「問題は何といっても一つ一つ対策をたてて実効あらしめる事、議論ではない」。総理大臣。日韓基本条約沖縄返還。歴代総理の話題も。
  • 北里柴三郎「終始一貫」。医学者。日本医師会初代会長。新千円札の顔。
  • 小倉昌男「論理的な思考とは、物事をシンプルに考えることにほかならない。シンプルな論理思考を心がけることだ。物事をできるだけ単純に考えることが、真の目的に到達する近道なのである」。宅配便の父。ヤマト運輸創業者。
  • 宇野千代「病気の話をするのはやめにしましょう」。作家。99歳。

12時20分:多摩大総研ミーティング:松本、長島。

14時20分:寺島学長への近況報告:地域知研は沖縄、九州、宮島、東北、北海道に新設、従来活発だった関西と岡山も含め全国展開完成。2020年の知研50周年企画。図解の集大成企画。宮城大のOBの動向、、、、。

14時40分:知研の高橋副理事長来訪:情報交換

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・ジム:ストレッチ、ウオーキング35分、筋トレ、ストレッチ、バスの2時間コース。NHKの聞き逃し配信「新日曜名作座」(西田敏行竹下景子)の「ことことこーこ」(阿川佐和子)第4回、と「ラジオ版 学問ノススメ」で国立科学博物館イカ・タコ研究者の話を、アイフォンで聴きながら。

・自宅のテレビ:木曜日は「プレパト」で俳句を楽しむ。

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「名言との対話」6月13日。浜田糸衛「孤独なひとたちを、いつも同伴者(みちづれ)として生きることが、人間の道をふみまちがえないですむ」

浜田糸衛(はまだいとえ。1907年7月26日-2010年6月13日)は、 童話作家童話作家、女性運動家。享年104。

高知県吾川郡生まれ。1924年高知県立第一高等女学校卒、26年京都市立三条隣保館職員。30年読売新聞の懸賞小説に入選、31年小説『雌伏』を春秋社より刊行。33年上京し生田長江に師事。奥むめおのセツルメントで働く。戦後は日本女子勤労連盟委員長、日本婦人団体連合会事務局長。コペンハーゲンでの世界婦人退会に出席し、ソ連、東欧、中国を歴訪した。戦後初期の女性運動家の黎明期を生きた。平塚らいてうを支え、婦団連事務局長として活躍。日中平和友好運動に一貫してかかわった。

浜田糸衛は「金の環の少年」「豚と紅玉」「あまとんさん」。「野に帰ったばら」という4編の童話を書いている。

「あまとんさん」は、南国の太陽の下、生き生きと遊ぶ自然児あまとんさん。お転婆だが純粋な少女の生き方が、読者に潜む〈子どもの心〉を鮮やかに甦らせる。ほうかい屋、富山の薬売り、お遍路さん、飴売りなど、大正期の風物も楽しい童話だ。

「金の環の少年」を読んだ。 土手の下から数十羽のスズメが、右太におどろいて、パッ、パッとむこうの田んぼへとんでゆく。右太は、もうろうとした頭でスズメのあとを追っていた。つぎつぎとスズメは一群となってにげてゆく。(どれが、母ちゃんかな)(父ちゃんは太ってるんだべな)(左太兄ちゃんは、どこにいるんだべ)右太は自分がむちをふりもしないのに、スズメが申しあわせたようににげてゆくのを、ふしぎな目で見おくっていた。そこから物語は始まる。

第七章「山の火祭り」。「母さん!、、この世がよくなるように、善くしようと学び、つとめているおです。それは他人(ひと)のためばかりではなく、自分のためでもあるのです。、、、自分でできることの道を、誠をこめて歩いてゆくことです。、、、他人とは、つまるところ自分のことです」「母さん、生きているものを殺すことは、おれには、とてもつらくてできない。だから、人間が人間を殺す、戦争などしてはいけないのです、戦争は、まともな人間の心をくるわせます」

終章「新しい道」は、「孤独なひとたちを、いつも同伴者(みちづれ)として生きることが、人間の道をふみまちがえないですむ」という主人公の祖父の言葉で終わっている。この童話は、乱暴な少年の成長と心をのぞく物語になっている。浜田糸衛は「人間の道」を追い続けた104年の生涯であった。

金の環の少年 (現代の文学)

金の環の少年 (現代の文学)

 

 

 

 

 

粕谷一希『生きる言葉』ーー『プルターク英雄伝』『近世日本国民史』『上海時代(下)』

粕谷一希『生きる言葉』(藤原書店)を読了。 

「古典から新刊まで古今東西の書物の世界を自在に逍遥し、同時代だけでなく通時的な論壇・文壇の見取り図を描いてきた名編集者が、折に触れて書き溜めてきた、書物の中の珠玉のことばたち。時代と人間の本質を映すことばを通じて読者を導く、最古運も読書案内」

古今東西の書物から選ばれた総計約七十人の「言葉」を通して、時代・社会・人間を読み解く」

生きる言葉 〔名編集者の書棚から〕

生きる言葉 〔名編集者の書棚から〕

 

この本で粕谷が選んだ言葉ではなく、引き出された粕谷自身の言葉を以下拾ってみた。

 ・日本人は戦後の無気力の前に、大人の思考力を失ってしまった。、、石原慎太郎大江健三郎は学生時代に作家になった秀才だが、どちらも社会生活の経験なしに作家になったことの無残さを歴然と残している。日本人の「戦後」はそのころからおかしい。その幼稚さの陽と陰の極限が二人の文章である。

・東京という街は昨日のことを忘れ、明日しか考えない。こうした虚しさを繰り返さないために、戦争と戦後を繰り返し振り返ることだ。

・ジャーナリズムと歴史、言論と思想の問題を考えてゆくうえで、蘇峰の徹底的再検討が必要のように思う。歴史はアカデミズムだけのものではない。(『吉田松陰』『近世日本国民史』)

・秋山駿は世界で最高の人物論は「プルターク英雄伝」だという。その彼が歴史上独りの天才(信長)を選んだのである。目標がはっきりすれば、史料も集めやすい。テーマを限定することが持続と集中を可能にする。

・私は羽田亨学長(京大)の学徒出陣の学生に贈る言葉「征きたまえ、そして帰ってきたまえ」という言葉に感動した。

山鹿素行の「凡そ物必ず十年に変ずる物なり」という著者(和辻哲郎)の引用した分文章は、古今東西を問わず万古不易の人間社会の真理なのだろう。風潮に惑わされるべきではない。

象徴天皇制をどうひとりひとりの内部の問題として位置づけるのか、これも二十一世紀日本人に残された問題である。

・チャールズ・ビアード教授の「日米関係とは中国問題」という名言が、冒頭に語られている。(松本重治『上海時代』)

私もそろそろ、『プルターク英雄伝』『近世日本国民史』『上海時代(下)』を手にすべきか。

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・市ヶ谷:の出版社で次作「大全」企画の打ち合わせ。そのままグランドヒルで一緒に食事。

東中野:構造計画研究で修士論文の副査を担当している酒匂さんの論文の指導。

荻窪:地研。大作「平成時代の366名言集」は25日刊行が決定。HP。ミーティング。社長夫妻と飲み会。

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「名言との対話」6月12日。グレゴリー・ペック「すでに自分は大統領役や歴史上の偉人をもう何人も演じている。もうこれだけで充分ではないか?」

エルドレッドグレゴリー・ペックEldred Gregory Peck1916年4月5日 - 2003年6月12日)は、アメリカ合衆国カリフォルニア州サンディエゴ出身の俳優

医者を目指してサンディエゴ州立大学医学部に入学するが、途中で転向し俳優を志す。1944年に映画デビュー。アカデミー主演賞候補になること5回。低迷期もあったが、「ナバロンの要塞」で復活し、「アラバマ物語」で念願の主演賞の栄冠を手にした。第17代アカデミー協会会長、ハリウッド俳優組合会長など歴任した。

代表作『ローマの休日』ではオードリー・ヘプバーンと共演し、新聞記者役を熱演した。その演技は私もよく覚えている。ときどき通うイタリアンレストランでも、常に流れている映像は「ローマの休日」だ。

品位にあふれた紳士的で優しい人柄、誠実で温厚な人格者として人々の尊敬を集め、「アメリの良心」ともいわれた。リベラルの立場での政治活動も盛んでニクソン政権下では政敵としてにらまれていた。

人望を買われて政界進出の噂が周囲から出ている。5歳ほど年上のロナルド・レーガンがカーターを破って1981年に大統領になっているが、このとき、グレゴリー・ペックは65歳だったから、その可能性もあったかもしれない。高名な映画監督のオーソン・ウェルズからも大統領になるよう薦められていたという。そのとき、グレゴリー・ペックが答えたのがが冒頭の言葉である。千冊以上もの蔵書を持つリンカーン研究者として有名であった彼は、俳優としての生涯を貫くつもりであり、本心ではないだろうが、断る理由としては、ウイットに富みなかなか味がある。人々の尊敬と人気を集めた人柄がこのエピソードでわかる気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第50回大宅壮一ノンフィクション賞に安田峰俊『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』。

文芸春秋』7月号。

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  • 第50回大宅壮一ノンフィクション賞安田峰俊『八九六四 「天安門事件」は再び起きるか』(KADOKAWA)が選ばれている。この人は最近まで多摩大の非常勤をお願いしていた方だ。『和僑』『野心 郭台酩伝』などの力作を読んで力量のほどは知っている。おめでとうございます! 以下、選評。梯久美子「ページをめくる手が止まらない作品だった」。後藤正治「フットワークのよさと中国取材の蓄積が伝わってきて、視線と思考はやわらない」。佐藤優「さまざまな角度からの取材を積み重ねて書かれた力作だ」。森健「問いの立て方、聞き方、人物の描き方。問題意識だけでなく、対象への熱量も高い。取材に同行しているような実感のある表現力の高さも秀逸だった」。出口治明「力作である」。早速読もう。
  • グレッグ・ケリー「西川廣人さんに日産社長の資格はない」。「私は完全に無罪だと申し上げます。独房に入れられている時は、「なぜ私は西川さんと同じ場所にいないのだろうか」と思いました。
  • 玉城デニー「沖縄はすべての基地に反対ではない」。「沖縄の米軍基地問題が問うているおは、果たして日本は主権国家なのか、民主主義国家なのか、ということです」
  • 塩野七生「レオナルド没後五百年」。夏目漱石「死ぬか生きるか、命のやりとりをするような維新の志士の如き烈しい精神で文学をやてみたい」。レオナルド「うまく使った一日の後には快い眠りが訪れるのに似て、うまく使った一生の後には安らかな死が訪れる」。
  • 原田まは「松方コレクション 超入門」。国立西洋美術館開館60周年記念「松方コレクション展」(本日6月11日から)の手引き。

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・ヨガ

・永山

・地研:22日の日経に『平成時代の366名言集』の広告。副題は「歴史に残したい 人生が豊かになる一日一言」。「命日編」「誕生日編」に続く第3弾!。

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「名言との対話」6月11日。王馬 煕純 「食事は、家族の健康はもちろん、家庭の団欒と幸福を象徴する場」

王馬 煕純1920年9月1日ーー2018年6月11日)は、料理研究家

1941年、東京芸術大学卒業。結婚の後に、料理の研究を始める。NHKきょうの料理」創世記から、日本初の本格的中国料理研究家として活躍した。この番組は1957年より60年以上にわたって放送されている料理番組である。王馬 煕純おいしくてからだにやさしい料理を紹介し続けて、テレビ、ラジオなどで活躍した。女子栄養大学講師。厚生年金会館料理教室講師。日本における四川料理の父といわれた陳健民と並ぶ偉大な料理研究家である。

以下、著作。「電子レンジでつくる中国料理」、「お料理しましょう」、「中国料理」。「中国料理入門」、「王馬煕純の中国家庭料理」、「中国料理おすすめ百菜」、「王馬煕純の家庭料理」、「中国料理の基礎」、など多数。

その著書に対するアマゾンの書評をみると、ファンの言葉が並んでいる。

「王馬 煕純先生は相当な研究熱心で、舌のこえた方なのでは。一つ一つが的確な味です。麻婆豆腐や家常豆腐は、本場のエッセンスをいかした日本では他の本には載ってないであろうレシピです」

「王馬 煕純さんは 昔 よく NHK今日の料理に出ていました。 美しくて上品な方でした。 基礎といえば 簡単なものかと思うかも知れませんが これは 難しい材料 たとえば 干しなまこ等の扱い方も書いてあります。 これ1冊で簡単なものから 手の込んだ料理まで作れます。 とても役にたちました」

柴田書店の専門書のこの本の特徴は、何万種類あるといわれる中国料理の中から、日本の家庭でも簡単においしく作れるものを、180種選び、大半を調理法別に、残りを点心(軽食・デザート)と常備菜に、それぞれ実際につかいやすいように構成してあることです」

「緒言に1995年初秋となっていますが、今でも色あせない味と盛り付け、特に使用されている色絵の陶磁と料理の調和や、素材の切り方の美しさには感銘を受け、サイト検索にて、王馬熙純女史が“中国東北地方の貴族生まれ”とあるのを読み、首肯した図説です。日本との関わりは、17歳から上野音楽学校(現 東京芸術大学)器楽科ピアノ専攻入学及び同校卒業から始まることも、印象深いものでした」

私が手にした『NHKきょうの料理』では、精神論は一切なく、食生活の面から便利なようにまとめてある。魚、豚肉、牛肉、鶏、卵、野菜、豆腐、、、と材料別に構成してある。また利用しやすいように、索引が充実している。調理法別索引では、いためもの、揚げmの、あんかけ、煮もの、あえもの・よせもの・むしもの。常備菜、前もって作れる料理、すぐ作れる料理。条件に応じた献立のために。四季に供するのに適した料理。以上、実際の料理に役立つ工夫にあふれている。「日本ほどあらゆる国のおいしい料理が家庭で作られている国はありあません」とも「はじめに」にある。細心の注意を払う料理研究家である著者の人柄がにじみ出た、かゆいところまで手がとどいている配慮が生き届いた本だ。健康と団欒と幸福をもたらすのが料理であることを改めて感じた。

NHK中国風きょうの料理

NHK中国風きょうの料理