吉川英治『三国志』ーー散歩。iPhone。youtube。朗読。

紅梅。

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 このところ、散歩しながらiPhonで吉川英治三国志』の朗読をユーチューブで聴き続けています。1時間ほどの朗読が全部で121まであります。ようやく19まできました。俳優・ナレーターの西村俊彦による朗読です。朗読ユーチューバーという肩書になっていました。著作権が切れた本を公開している「青空文庫」にある名著を読んでいるのです。

www.youtube.com主評価書評家の内藤陳によれば、冒険小説の最高峰は『三国志』だ。冒険小説の要素がすべて入っている総合冒険小説と呼ぶべき傑作という評価で、中でも吉川英治の「全4巻」をすすめているので、試しています。川本喜八郎のNHK人形劇「三国志」、安野光雅による「絵本三国志」なども知っているのですが、読むよりも聴くという方法で、三国志に挑んでみます。

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週刊現代」1月23日号。トヨタの豊田昭男社長「文字だと頭が痛くなるから、絵で説明しろ」。その結果、主に動画が用いられるようになったと書いてありました。(ダメ:動画は時間がかかる、手間がかかる。絵という意味は図解のこと!)

plaza.rakuten.co.jp2006年のトヨタ自動車での講演時のアンケートのまとめ。明日の図解塾で解説しましょう。http://www.hisatune.net/html/02-kenkyuu/kouen/2006/toyota060728.pdf

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・明日の図解塾の課外授業の資料作成。

・名言プロジェクトの名言の選択。

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「名言との対話」(「大正から昭和へ」誕生日編)1月19日。巌本真理「バイオリンが奏けなければ、生きる意味がない」

巖本 真理(いわもと まり、1926年1月19日 - 1979年5月11日)は、日本の女性ヴァイオリニスト

 日本人の父とアメリカ人の母の子として生まれ、メリー・エステルと名づけられる。6歳からヴァイオリンをロシア人で早期英才教育の唱導者・小野アンナに学ぶ。ハーフとして差別を受け、病弱だったこともあり、小学校を4年生で中退し、自宅でヴァイオリンの英才教育を受ける。11歳で日本音楽コンクール(のちの毎日コンクール)で一位となり天才少女と呼ばれる。13歳、第一回独奏会を開く。1942年、英語が敵性語とされたことを受け、真理と改名する。真理の音は、線が太く、よく響く。音量の豊かな独特の音だった。

戦後間もない1946年、20歳で小宮豊隆が校長をつとめていた東京音楽学校教授となる。1950年に辞職して渡米する。帰国後、演奏活動を再開。1959年芸術選奨文部大臣賞、芸術祭奨励賞、1964年に民放祭最優秀賞、1965年ブラームス室内楽曲の全曲連続演奏を行い毎日芸術賞を受賞。1966年、40歳のとき巌本真理弦楽四重奏団」を結成。1970年レコード・アカデミー賞1971年に再度芸術選奨賞、1974年モービル音楽賞を受賞した。

1977年乳癌に罹り手術するが、再発し53歳で死去した。日本初の室内楽定期演奏会94回の偉業を達成した。

山口玲子巌本真理 生きる意味』(新潮出版社)を読んだ。「生きる意味」については、次の解説がある。意味の意は音の心と書く。音を巡る迷いの果てに生きる意味をつかんだ人、それが巌本真理だというのが著者の山口玲子の結論だ。山口は古在柴琴(作家、民権活動家)、若松賤子(祖父)、川上貞奴(女優)、など近代日本の女性の伝記を書く作家である。

真理は1926年生まれ。私の母は1927年生まれだから1歳しか違わない。戦中派である。1926年生まれの人は210余万人。このうち死産と乳幼児志望は約40万人。5歳まで育ったのは170万人ほどだ。戦中派は大正デモクラシー軍国主義戦後民主主義という3つの空気を吸って育った。そして真理は、「あいのこ」と呼ばれる混血児であった。

30代は、自分をしばっている制約からの脱出、脱皮、自己改造を目標として生きた。そしてこの間、受賞に明け、受賞に暮れた。室内音楽で6回の受賞を重ねている。40歳でしかれたレールからはずれ、自分の道を歩む目標が実現した。室内楽に合奏には「人とつき合い、話し合うのと似たようなたのしみがある」と語っている。

この伝記には演奏旅行で私の故郷の中津にも来ているという記述があった。体の異常に気づく50歳のときに向田邦子のインタビューを受けている。一番大切なものはという問いに「お金よ、おあし、、」と答えている。向田は「女の手というより働き通した人間の手」と表現している。背骨が曲っている姿はバイオリにストの職業病である。そして乳がんの発見から2年半たって、53歳で永眠した。名古屋の和菓子店大黒屋の2階に「巌本真理ももエリアルホール」と記された小さいホールがある。そこには真理は訪ずれることはできなかった。

この本のオビには「華やかなライトを浴びながら、宿命との闘いに命を燃焼した孤高の音楽家巌本真理」とある。巌本真理は宿命に殉じながら、独奏家から室内楽の重奏に力点を移していく。その姿に、私は使命感を感じた。宿命を使命に変えていく過程で、生きがい、そして生きる意味を見出した人である。

 

巌本真理 生きる意味

 

「あしたのために あしたのジョー展」(世田谷文学館)

世田谷文学館あしたのジョー展」のオープンの16日に見てきました。

週刊少年マガジン」の1968年1月1日号から1973年5月13日号まで続いた、漫画史に輝く名作です。同じマガジンで連載していた梶原一騎の「巨人の星」と双璧の作品です。この時期は私の大学生時代であり、二つともファンでした。1960年代末は「右手にジャーナル、左手にマガジン」が団塊世代の姿でした。年配の夫婦の姿を多くみかけました。

原作は高森朝雄ペンネームは梶原一騎です。「あしたのジョー」は、ちばてつやと高森の二人の合作でした。矢吹丈(ジョー)の永遠のライバルの力石徹が紙面で死んだときには、寺山修司が葬儀を敢行しました。またよど号ハイジャック事件の犯行声明には「われわれは明日のジョーである」とあったことも話題になりました。社会的影響力が大きかったことがわかります。日本漫画史上最高傑作といってもいいでしょう。

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ちばてつや

・コマの割り方、つまり「演出」が作品の大事な命だと思いますね。

・完成させるとね、小さい一歩かもしれないけど階段を登れるんですよ。

・「マンガ」は「ガマン」なんです。

・どれだけの時間とエネルギーを費やせるかってことが勝負ですよね。

・一日一生と思うぐらいの気持ちでやっていました。 

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ちばてつやは1939年生まれだから、80歳を越えたところ。「あしたジョー」描いていたのは、20代の最後から30代の前半だったのか。手塚治虫は「自分がストーリー漫画を始めて以降、ほんとに新しいものを加えたのはちばてつやだけだと思っている」と語っています。

2005年からは栃木県宇都宮市文星芸術大学教授になっています。2012年7月から2018年6月まで日本漫画家協会理事長を務め、2018年6月から会長。2019年4月1日より文星芸術大学学長に就任している。人柄がよく、後輩の漫画家たちにもしたわれていることがよくわかるのだが、どこでも自然に押し上げられるようです。

2014年 には 文化功労者になっています。漫画家としては横山隆一、水木しげるちばてつや萩尾望都(2019年度。先日テレビ出演の姿をみた)の4人。ちばてつやは、長生きすれば漫画界初の文化勲章の可能性があります。そうなったら、漫画はほんとうに文化の領域に確たる位置を占めることになるでしょう。 

ちばてつや--漫画家生活55周年記念号(文藝別冊)

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午前は大学

・授業準備。図解塾準備。

・松本先生:総研の運営体制。

夜:デメケンミーティング:アルゴリズムネットワーク建築。今村淳。武井浩三。加賀利航平。ヨルモリ。Miro。

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「名言との対話」1月18日。磯田光一「自主責任に耐えうる「個人」が確立されたとき、われわれは「戦後」という制約を破った新しい世界に出会うであろう」

磯田 光一(いそだ こういち、1931年(昭和6年)1月18日 - 1987年(昭和62年)2月5日)は、日本の文芸評論家、イギリス文学者

神奈川県生れ。東京大学大学院修士課程修了。東京工業大学教授、日本ペンクラブ常務理事。三島由紀夫論などで文壇に登場、以後旺盛な批評活動を展開。1979年、「永井荷風」で第1回サントリー学芸賞、1978年の「思想としての東京」、1983年の「戦後史の空間」「鹿鳴館系譜」など、近代文学史の書き直しを意図した仕事をすすめた。他に「殉教の美学」「左翼サヨクになるとき」などがある。著作集全10巻がある。

  「摘録 断腸亭日乗」(上)(永井荷風著・磯田光一編)を読んだことがある。それはいま気がついたが、磯田光一の編だったのだ。 「墨東奇談」などの作者・永井荷風は38歳から79歳で亡くなる前日まで、42年間にわたって日記を書き続けている。胃腸を含め病気の多かった荷風の別号はが断腸亭で、日乗は日記のことである。この42年間には、関東大震災があり、5・15事件があり、2・26事件があり、満州事変、そして太平洋戦争、敗戦、復興の激動期だった。永井荷風の日記を追いながら、昭和史を検証したのだろう。

磯田光一 『戦後史の空間』(新潮文庫)を読んだ。アマゾンの紹介によれば、「 無条件降伏による敗戦、そして占領。制度改革、新憲法家督の廃止。安保改定と高度成長。衛生的高層不燃住宅、高架式自動車専用道路…。日本の戦後を有形無形に造りあげてきたこれらの事象は、我々の何を、どのように変質させたのか? 解放と喪失、理念と現実のはざまを生きた個々の感触を、文学作品に表現された鋭敏な具体性のなかに見極め、微細かつ大胆に検証する昭和の精神」となる。

 この本の中では、最後の章の「もう一つの日本」が考えさせられる。戦後を検証するのに、作業仮説として3つをあげているのがユニークだ。

一番目は、1945年にアメリカでなくソ連に占領されたという想定だ。第一党は共産党、衛星国の日本は日ソ安保条約を結ぶ。左翼官僚主義文学が主体となるが、アメリカの占領より不幸であるとはいえない。

二番目は、アメリカ合衆国日本州になる仮説だ。強者の文化の受容と同化によって、アメリカの妾(めかけ)になり、民族国家であることを捨てる。安保条約は自動消滅し「核の傘」は保証される。

三番目は明治維新薩長による同民族占領であり、アメリカによる占領は初の異民族占領と考える仮説だ。日本は明治以来、占領下にある。日本国憲法を脅迫による瑕疵は取り消さない限り追認したことになるという法定追認という考え方で現状を追認する立場だ。

磯田光一はそれぞれの仮説が行きつく先を克明に論じながら、日本の戦後を考える。この論考を読んでいる過程で、一時話題になったアメリカの51番目の州になるという説、半藤一利薩長による占領論などが頭に浮かんだ。磯田は戦後が獲得した最大の思想の一つは「個人」という観念だとする。そして「個人」が確立されたとき、戦後という制約を破った新しい世界に出会うだろうとしている。それが磯田光一のいう「もう一つの日本」だった。複雑怪奇な「戦後」についての磯田なりの時代認識の答案である。小林信彦サモワール・メモワール」、田中康夫「なんとなく、クリスタル」、占領下の文学としての明治文学をあげているのを不思議に思っていたら、時代の構造と個人の実感の総合は、観念的論文よりも文学作品のほうが鋭敏にとらえているとの指摘が「あとがき」にあった。

1970年の三島事件ののちに、昭和という時代を思想史的に把握する方向に踏み出し、この本と「鹿鳴館の系譜」「左翼がサヨクに」なるとき」の三部作をライフワークとして完成させている。磯田の死後33年経った。果たして「個人」は確立されつつあるのか、近い将来において確立されるのか。2020年の日本はその問いに答え得るであろうか。

戦後史の空間 (新潮文庫)

 

 

寺島実郎の「世界を知る力」(東京MXテレビ)ーー中国と正対する意思

寺島実郎の「世界を知る力」(東京MXテレビ)をみました。1時間で以下の内容を説明するから、やはり速足となっています。リレー講座でも聴いているから深い理解ができたようです。

  •  ロンドンエコノミスト「2021年の展望」:「悪いことばかりじゃないよ」。中国がアメリカを追い抜くのは2028年(2035年から前倒し)。確率の高いシナリオから実現すべきシナリオへ。日本の埋没、権力維持のための政権交代
  • IMF世界銀行の世界経済見通し:2020年の世界は▲4.3%。2021年は+4.0%(2019年レベル)。日本は▲5.3%から+2.5%(2013年レベル。2008年から10年間は+0.7%成長)。中国は+2.0%から+7.9%成長。アジアも強い回復力。
  • 奇怪なことが起こっている:実体経済と金融経済の大きな乖離。実体経済▲5.3%、株価は+18.3%。2071年から20-20年でGDPは▲4.5%、株価は40.1%上昇。マジックマネーインパクトが定説だが、資本主義に変化が起こっているのではないか。
  • 課題:1:格差と貧困:70歳以上の高齢者の31.5%は預貯金は100万円以下、11.1%は3000万円。現役の6000万人のうち年収200万円以下は32.1%。5割は年収400万円以下の下層(エッセンシャルワーカー)、4割は中間層(テrワーク)、1割が年収1500万円・3000万以上の金融資産ありの上層(株・ビットコイン)。2:DX(デジタルトランスフォーメーション)。:AIが中間層の肩代わり。デジタルプロレタリアート。3:パンデミックはDXの影の部分、国家主導の対策へ。新しいルールの模索!デジタル課税などで財源など。
  • 現在の中国は大中国(漢民族+8%の少数民族)。江戸期の日本は通貨(寛永通宝1636年)の自立、暦(1685年の大和暦。826年から800年間は中国の暦)、国学(唐心から大和心。明治維新へ)。国境なき交易の時代(明1644年から清への過渡期)。4つの口(長崎・琉球対馬蝦夷)。日本の自立の時代。
  •  永遠の隣人・やっかいな隣人の中国と正対する意思が必要:1:日本文明・文化への自信:加上。創造力。進化させてきた。仏教は日本で民衆仏教へパラダイム転換。儒教を武士道の美学へ。2:強権化・強大化する習近平の中国:日本が敗戦によって獲得した民主主義。アジアの民主主義のリーダーとしての期待がある。3:米中に分断されない:大きくしなやかな構想力が求められる。理念性。アメリカをアジアで孤立させない。核兵器禁止条約など先頭に立つべきだ。中国を交際社会へ関与させる。尖閣問題など軍事力ではなく、外交力で解決すべき(国際機関など)。

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「名言との対話」1月17日。上田閑照「それでも私は、「見るべき程のことは見つ」と、まだ、言えない」

上田 閑照(うえだ しずてる、1926年1月17日 - 2019年6月28日)は、日本の哲学者

 東京生まれ。1949年、京都大学文学部哲学科卒業(宗教学専攻)。Ph.D.マールブルク大学、1963年)(学位論文「マイスター・エックハルト研究」)。文学博士京都大学、1976年)(学位論文「東西神秘主義研究」)。2003年日本学士院会員。2018年文化功労者

上田閑照集』岩波書店(全11巻。2001-03年)に著作のほとんどが入っている。それは以下で構成されている。西田幾多郎。経験と自覚。場所。禅‐根源的人間。禅の風景。道程「十牛図」を歩む。マイスター・エックハルト。非神秘主義 エックハルトと禅。虚空/世界。自己の現象学。宗教とは何か。

上田閑照『生きるということ 経験と自覚』(人文書院)を読んだ。

光陰矢の如し。その矢は自分自身を貫いて飛んでいる。(時間が過ぎ去るのではなく、自分自身が過ぎ去っていくということだ)

「生涯」とは何か:人の一生。人が生きる時代。生きることの質としての境涯。この3つの局面が組み合わさって浸透し合って生涯を成してくる。(一人の人生とそれを包む時代、そして生きることの質を左右する境涯、その組み合わせが」生涯であると理解しておこう)

「生命」は生物とつながっている。「生」は人間的な文化的生、生活、人生、より豊かにが生の運動。「いのち」は、死に触れることを通して触れる、宗教的なニュアンス、生き方。この3つの連関が「生きている」ということ。(生きているということは、生命、生、いのちの関連の中にある)

「経験」とは理解・対応できない事実にぶつかるという仕方で事実を知ること。実験(自分で験ためしてゆく)を重ねるという意味での経歴。自己が破られて世界が新しくなる。「体験」とは自分の世界を壊すという仕方で、痛さとともに事実がぶつかってくる。新しい世界への裂け目に身を置いて耐え通す時間が必要で、それに耐えて新しい世界がリアルに開かれてくる。深く統一されてくる。広くなる、深くなる。それまでの経験が新しく経験し直すことになる。尽十方(じんじっぽう)という無限の広さと深さへの転換、これが根本経験、純粋経験。主客未分。自己の根源。、、(外的世界の拡大は内的世界を深化させる、という私の信条のこと。しかしその先に根本・純粋経験という世界があるとのことだ)

 仏教:劫。巨大な宇宙時間。天人が100年に一度、薄い絹の衣で1回擦ることを数えきれないほど繰り返し、石がなくなってしまうまでの時間が一劫。我々の住む小世界が千集まって中世界、それが千集まって一つの大世界。それが、、、続いて巨大な三千大世界。(仏教世界の「時間と空間」の考え方がわかった感じがする)

以上、なかなか完全な理解は難しいが、以上、関心のあるところを拾ってみた。この本の最後は「それでも私は、「見るべき程のことは見つ」と、まだ、言えない」で終わっている。それを書いたのは1991年、65歳であった。上田閑照がそれから28年後に没するが、すべてをみたのであろうか。

 

生きるということ―経験と自覚

 

2月分の「名言との対話」の人選と本の注文。

「大正から昭和へ」の誕生日編の2月で取り上げる人と本。


多湖 輝 「頭のいい子が育つ親の習慣 」(中経の文庫) 。
青木 日出雄「ガンを見すえて生きる―告知からの出発」
森 政弘 「人がいい人」は「いい人」か―ロボット博士の人間探求
桃井 真「ケネディにつづく若者たち―”ジャーナリスト”のハーバード大学留学記 (1963年)」 (How to books)
中村 正軌 元首の謀叛(下) (文春文庫 )
石浜 恒夫「追憶の川端康成―ノーベル紀行」 (1973年)
増田 義郎「 マゼラン 地球をひとつにした男 (大航海者の世界)
川添 登 「デザインとは何か (1971年) (角川選書) 」
私の履歴書―昭和の経営者群像〈5〉
フランキー堺写楽道行」
粟津潔「 デザインになにができるか 」
兼高 かおる 「わたくしが旅から学んだこと 」(小学館文庫)
加藤仁「社長の椅子が泣いている
長澤 和俊 「世界探検史 」(講談社学術文庫)
坂上 遼 「ロッキード秘録 吉永祐介と四十七人の特捜検事たち 」
平山郁夫「出会い―わが師わが道 」
紀平 悌子 父と娘の昭和悲史
陳 舜臣 「弥縫録(びほうろく)―中国名言集 」(中公文庫)

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今日の収穫

俵万智「二十歳とはロングヘアーをなびかせて畏れを知らぬ春のヴィーナス」。

これは与謝野晶子「その子二十歳櫛にながるる黒髪のおごりの春の美しきかな」の現代語訳。(『チョコレート語訳 みだれ髪』)。素晴らしい。

 

 

 

 

「名言との対話」1月16日。吉野弘「ひとが ひとでなくなるのは 自分を愛することをやめるときだ」

吉野 弘(よしの ひろし、1926年大正15年)1月16日 - 2014年平成26年)1月15日)は、日本詩人

山形県酒田市生まれ。山形県酒田市立酒田商業学校を戦時繰り上げ卒業。帝国石油に就職。過労のため肺結核のため3年間療養した。コピーライターを経て文筆業になる。「櫂」同人。 1972年、『感傷旅行』で第23回読売文学賞の詩歌俳句賞。1990年、『自然渋滞』で第5回詩歌文学館賞。「祝婚」のほか、国語教科書にも掲載された「夕焼け」、「I was born」、「虹の足」などがある。ドラマ「ふぞろいの林檎たち」(山田太一)のセリフに登場したり、ロックアーティスト・浜田省吾のアルバム中に引用されたりしたほか、いくつもの教科書に掲載されている。

以上が経歴だが、本人が自らの素性を語ると以下のようになる「37歳でサラリーマンを辞める。経理マン、次に労務マンとして社内報を担当。浅草寺のおみくじをひくと「この年の星まわりの人は、愚痴はこぼすが、こぼすだけで決断と実行力に乏しい。一生、愚痴をこぼしているでしょう」とあって、歯ぎしりする。それが辞めるきっかけになった。CM事務所のコピーライターになるが、39歳、けんかして独立するも不況で解散。46歳で出した詩集『感傷旅行』が翌年に読売文学賞を受賞。50歳前までは、時間の自由を得るかわりに収入が激減し、その分をカバーするために働いた。書いている55歳は中年後期と認識している。中年はおみくじの言葉に身体を刺しぬかれたのが始まりだった」。

「正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい」「パチンコに走る指たちを責めるな。麻雀を囲む膝たちを責めるな。水のない多忙な苦役の谷間に、われを忘れようとする苦しみたちをも責めるな」、など吉野弘の詩は優しい視線が特徴だ。

 

 今回、吉野のエッセイ集 『詩の一歩手前で』(河出文庫)を読んだ。

「外国の軍隊より先に、祖国に対して自衛しなければならないように思えてくる」と公害問題を摘発している。また、この人はあらゆるものに怒っている。電車内では、座り方、新聞を読む人の作法、あくび、くしゃみ、混んでいる空間での持ち物の持ち方の無神経さ。すべて他者が欠落している。また疑獄事にも。そしてその刃は自分にも向かう。

詩人らしく、言葉にも敏感だ。「第一戦」「破損中」は間違い。誤字の解説はユニークだ。「見構え」「冷暖防」「孫にも衣裳」「鳩首を集めて協議」「古枯し」「視先」「自満」「快刀乱麻の大活躍」「一諸」「完壁」「貯める」「一勢に「抱擁力」「五里夢中」、、、。「幸と辛」「土と士」「往と住」「怒と恕」「舞と無」「末と未」の関係と違いなどの蘊蓄も面白い。

祝婚歌」が代表作だ。「祝婚歌」は吉野が姪の結婚式に出席できないため、姪夫婦に書き送った詩である。夫婦のあり方の提言であり、結婚式の祝辞でよく使われる。

2人が睦まじくいるためには 愚かでいるほうがいい 立派すぎないほうがいい 立派すぎることは 長持ちしないことだと 気づいているほうがいい 完璧をめざさないほうがいい  完璧なんて不自然なことだとうそぶいているほうがいい 2人のうちどちらかが ふざけているほうがいい ずっこけているほうがいい 互いに非難することがあっても 非難できる資格が 自分にあったかどうか あとで 疑わしくなるほうがいい 正しいことを言うときは 少しひかえめにするほうがいい 正しいことを言うときは 相手を傷つけやすいものだと気づいているほうがいい 派でありたいとか 正しくありたいとかいう無理な緊張には 色目をつかわず ゆったり ゆたかに 光を浴びているほうがいい 健康で 風に吹かれながら 生きていることのなつかしさにふと 胸が熱くなる そんな日があってもいい そして なぜ胸が熱くなるのか黙っていても 2人にはわかるのであってほしい

長女奈々子に向けた詩「奈々子に」もいい。親の愛情がわかる名詩だ。

赤い林檎の頬をして 眠っている 奈々子 お前のお母さんの頬の赤さは そっくり
奈々子の頬にいってしまって ひところのお母さんの つややかな頬は少し青ざめた
お父さんにもちょっと 酸っぱい思いがふえた 唐突だが 奈々子 お父さんは お前に 多くを期待しないだろう ひとが ほかからの期待に応えようとして どんなに
自分を駄目にしてしまうか お父さんは はっきり 知ってしまったから お父さんが
お前にあげたいものは 健康と 自分を愛する心だ ひとが ひとでなくなるのは 自分を愛することをやめるときだ 自分を愛することをやめるとき ひとは 他人を愛することをやめ 世界を見失ってしまう 自分があるとき 他人があり 世界がある お父さんにも お母さんにも 酸っぱい苦労が増えた 苦労は 今は お前にあげられない お前にあげたいものは 香りのよい健康と かちとるにむづかしく はぐくむにむづかしい 自分を愛する心だ

 2014年に87歳で永眠したが、死後もさまざまなイベントがあり、注目を集める現代詩作家の一人である。詩は永遠の命を持っている。吉野弘は最愛の娘・奈々子に「自分を愛せ」と語りかけた。それが世界の始まりだからだ。『詩の一歩手前で』ではなく、詩集そのものを手にしたい。

 

吉野弘エッセイ集 詩の一歩手前で (河出文庫)

 


 

追悼「半藤一利」ーー「根拠なき自己過信と底知れぬ無責任」が昭和の教訓。

半藤一利さんが亡くなりました。このブログで半藤さんの書いた本や語りを以下のように記してあります。追悼の意味で、掲載します。「根拠なき自己過信と底知れぬ無責任」、それを昭和史の最大の教訓と考えたい。

オーディオブックで、半藤一利『昭和史』(1926-1945年)34巻を全編聴き終わった。著者の半藤さんが語るのを聴くという講義スタイルなので、毎日少しづつ勉強するということになる。勉強と健康の一石二鳥である。

さて、この「昭和史」は、終戦時に中学生だった半藤さんの実感も交えて、1928年(昭和3年)の満州某重大事件(張作霖爆殺事件)から始まった日中戦争の全過程、その延長線上に勃発する大東亜戦争への突入と1945年の敗戦に至るまでの激動の昭和の前半が語られている。この20年の過程で、日本人の死者の合計は310万人を数えるという惨憺たる結果になった。明治維新から日露戦争まで40年かかって築いた大日本帝国は、その後の40年で滅び焦土となった。

半藤一利は、この「昭和史」の教訓をあげている。総括すると、日本は「根拠なき自己過信」に陥っていた。「国民的熱狂をつくってはいけない」「抽象的観念論を好み、具体的理性的な方法論を検討しなかった」「タコツボ社会の集団主義の弊害」「終戦にいたる国際的常識を理解していなかった」「大局観・複眼的考え方がなく、対症療法、短兵急な発想に終始した」。日本は気がついたら、最終的に中国、米英、ソ連などほとんど全世界を相手に闘うということになってしまっていた。そしてこの大戦争は始めたはいいが、やめることは実に難しかった。聴き終わって、軍部の暴走、マスコミの扇動、国民の熱狂、冷静さの喪失、責任者の無責任、人事の怖さ、世界情勢に対する感度不足、情報戦での敗北、、、など感ずるところが大であった。
この昭和史は、日本人自身の陥りやすい欠点がすべて込められていると思う。

後半の『昭和史』(1945-1989年)を含めると、  「戦前編」32巻と合わせて68巻になる。一つ30分としても34時間以上の時間がかかっている。約2カ月間、半藤節を通勤途上で聴いたことになるが、実に充実した時間だった。

半藤さんは1930年生まれ。昭和は1926年12月25日から。1989年1月7日までの62年と14日。昭和天皇の在位の長さは日本歴代元号の中で最長であり、また外国の元号を含めても最も長時間である。その昭和史を語ったのは圧巻だ。戦前を近代、戦後を現代とおおざっぱに理解することができる。そうすると昭和天皇は、日本の近代の終りから現代の幕開けまでの歴史的時間を過ごしたことになる。

歴史に関するオーディオブックは、読み上げるアナウンサー口調だと無味であるが、その時代を生きた人物が語り下ろすという工夫は人間味があって楽しめる。

半藤さんは、、最後に「横町の隠居なりのお節介な忠言」として、今の日本(小泉内閣の末期の2005年から2006年にかけて)に必要なことを述べている。
1・無私。私を捨てて努力と知恵を絞ることができるか。
2・勇気。自分の組織から出て行く勇気を持てるか。
3・大局。グローバル展望力を持つ、そういう勉強ができるか。
4・自立。他国に頼らないで情報を得ることができるか。
5・風格。大事を成すことができるか。

この昭和史の主役であった昭和天皇は1901年生まれで、20世紀の最初の年に生を受け1989年に87歳で崩御しているから、20世紀の世界の主役の一人としても生きた激動の人生だった。年譜をたどると、19歳のヨーロッパ諸国訪問を経て父の大正天皇の病気により20歳で摂政に就任し25歳で天皇となった。34歳のとき2・26事件、40歳のとき宣戦の詔書、44歳のときポツダム宣言を受諾し終戦詔書、46歳のとき日本国憲法に発布に伴い国及び国民統合の象徴となる、57歳のとき皇太子明仁親王の結婚、63歳のとき東京オリンピック名誉総裁として開会宣言、70歳のときヨーロッパ諸国訪問と冬季オリンピック札幌大会名誉総裁、74歳のときアメリカ訪問、87歳のとき崩御

文芸春秋半藤一利「日本型リーダーはなぜ失敗するのか」(文春新書)の最後の「あとがき」の最後に、「げに人のリーダーたるは難きかな、人に信頼の念を抱かせる人格形成は難きかな、なのである」と述べている。日本の軍隊はリーダー像をどのようにとらえていたのかという歴史は参考になる。要するに威厳と仁徳などの人格論に終始していた。しかし日本の軍隊はリーダーを補佐する参謀を重視し、陸大や海大は軍事オタク養成機関に過ぎなかったと喝破している。その参謀がやがてトップになっていくというしくみである。海軍大学校では「戦略・戦術・戦務・戦史・統帥権・統帥論」が72.8%。「国際情勢・経理・法学・国際法」といった軍政の授業は13.2%、「語学・日本史」などの一般教養は14%しかなかった。人格教育などはできていなかったらしい。それが太平洋戦争の敗戦につながっているという見立てだ。 

リーダーに必要な世界観の醸成と人物としての修養に失敗したということだろうか。

 松本清張司馬遼太郎は様々な面で興味深い比較ができるようで、両方と近い関係にあった編集者で後に作家となった半藤一利は「清張さんと司馬さん」というエッセイをものしていた。ローアングルの清張はデビュー作から最晩年の「両像・森鴎外」まで一貫して鴎外に興味を持ったのに対して、ハイアングルの司馬は晩年には漱石を懐かしむようになった。

 半藤一利原作の『日本のいちばん長い日』は、昭和天皇鈴木貫太郎内閣の閣僚たちが御前会議においてポツダム宣言を受け入れ日本の降伏を決定した1945年昭和20年)8月14日正午から宮城事件、そして国民に対してラジオ日本放送協会)の玉音放送を通じてポツダム宣言の受諾を知らせる8月15日正午までの24時間を描いている。岡本喜八の1967年版と原田真人監督の2015年版があり、私は戦後70年を記念した2015年版をみた。昭和天皇本木雅弘鈴木貫太郎首相は山崎勉、阿南陸相役所広司が演じたこの作品は、強い意思、狡猾さ、自己犠牲を持つこの3人のチームプレーで終戦となったストーリーとして描いており、話題になった。昭和天皇44歳、鈴木貫太郎首相77歳、阿南陸軍大臣58歳だった。何事も始めるのは簡単だが、終わり方は実に難しいものだが、特に戦争の場合は特にそうだと痛感した。1967年版では、切腹する直前に阿南陸相に「生き残った人々が、二度とこのような惨めな日をむかえないような日本に、、、なんとしてもそのような日本に再建してもらいたい」と語らせている。

辻正信にインタビューしている。大本営参謀は軍中枢部であるのはずだが、上層部の責任となっている。半藤一利は実際に辻に会った後「辻は自分の責任を全く考えていない、絶対悪というものが存在するのならば、この男のようなものを言うのだろう」と厳しくみている。敗戦の原因が辻正信のいうとおりならば、とうてい総合力としての国力からみれば、戦争を起こすことはできるはずもなく、また勝つはずもなかった。 

 新宿区立漱石山房記念館がオープンしている。早稲田から歩いて10分。漱石が1907年の40歳から1916年に49歳で亡くなるまで住んだ場所だ。この年に東京帝大を辞し朝日新聞社に入社し、「抗夫」以後、「夢十夜」「三四郎」「それから」「門」「彼岸迄」「行人」「こゝろ」「道草」「明暗」「硝子戸の中」などの作品を書いた。名誉館長は半藤茉莉子。この人は漱石の五女の筆子の娘で、作家の半藤一利の妻である。

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・「図解塾」の課外授業準備。「ライフプランの実際」をテーマにしてみようか。

・2月分の「名言との対話」の人選と本の注文。

・知研東京幹事会を初めてZOOMで開催。現状確認と今後について話し合う。

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「名言との対話」1月15日。李登輝「民の欲するところ常にわが心に」

李 登輝(り とうき、1923年大正12年〉1月15日 - 2020年7月30日,注音: ㄌㄧˇ ㄉㄥ ㄏㄨㄟ/拼音: Lǐ Dēng huīは、台湾中華民国)の政治家農業経済学者

旧制台北高校から京都帝大にすすむ。在学中に学徒出陣、台湾大学卒。米国アイオワ大学で修士コーネル大学で農業経済学博士。1972年行政院政務委員(国務大臣)、1978年台北市長、1981年台湾省政府主席。1984年副総統、そして65歳で1998年に総統に就任する。本省人(台湾人)初の国家元首である総統である。

李登輝については、今まで伊藤潔「台湾--四百年の歴史と展望」(中公新書)。加瀬英明「日本と台湾--なぜ両国は運命共同体なのか」(祥伝社新書)。江南「蒋経国伝」などを読んでいる。以下、それらをまとめて生涯を追ってみる。

国父孫文の後を継いだ蒋介石の息子である蒋経国は台湾の台湾化を目指した。その路線を引き継いだ李登輝は温厚で敵をつくらない性格であり、後継者として都合がよいという判断だった。この判断が難しい舵取りを要求される激動の国際政治情勢の中で、台湾がまとまって生き残っていく方向を決定づけた。

李登輝民主化改革は、「党が国家の上位であってはならない「軍は国家の軍でなければならない」「一党独裁であってはならない」「実務外交を推進すべきである」「中国政府・中共政権と対立してはならない」「政治犯の存在は民主国家の恥辱である」であった。

1992年の初めての総選挙で初めて国民党は台湾統治の正当性を得た。李登輝は台湾人の絶大な支持と期待を支えに権力を掌握していく。2000年までの二期12年の任期中に台湾経済は大いに発展を続けた。

雑誌で李登輝のインタビューを読んだことがある。台湾は東日本大震災で168億円もの義捐金を送ってきた。人口2300万人、当時の物価は日本の三分の一というから、この価値は2500億円に相当する。台湾の高い親日度は高い。

京大卒で日本陸軍少尉でもあった李登輝は、日本人の素晴らしさは日本人よりよく知っているとした上で、日本の総理、大臣、大企業幹部、など指導者の劣化を嘆いている。そこに日本精神の喪失を見ている。台湾で今なお尊敬されている後藤新平、八田与一など素晴らしい日本人の名前もあげている。そして誰もがやりたくないきつい仕事をする、公と私を区別する、国家と国民に忠誠心を持ち謙虚であること、など指導者の条件をあげている。この雑誌を読みながら「合併も 事故も技術も 巨大化す 人物だけは 小型化進む」との句が自然に浮かんできた。

李登輝の名言bot」がある。「日本人はあまりに人がよすぎるから指導者を選ぶことをもっと真剣にやりなさい」「いつまでも権力を握ってはいけない。権力があるからいろんなデタラメなことをやりたがる」「誰もやりたくないことを喜んでやっていく」。また

李登輝は日本統治時代は岩里政男という日本名を持っていた。そして「22歳まで自分は日本人であった」と言う。そして「日本がもう一度アジアのリーダーとして輝けるよう後藤新平のようなリーダーの出現を期待している」と日本人を激励している。私は「出処進退」という言葉に注目している。最近の状況をみると、この精神が失われているように思う。李登輝の名言「民の欲するところ常にわが心に」と考える「人物」をいかに育てるかに、今後の日本がかかっている。

 

 

 

 

 

    

 

 

 

近藤節夫『八十冒険爺の言いたい放題』ーー旅は人生を拓く

友人の近藤節夫(1938年生)さんの『八十冒険爺の言いたい放題』(はるかぜ書房)を読了しました。いただいた本には「旅は人生を拓く」との私あてのメッセージも自筆で書かれていました。

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著者は小田急に入り、旅行会社設立に参加し、世界中79ヵ国を旅しているつわものです。60年安保闘争ベトナム反戦運動への参加、そして50年以上の海外武者修行と、血の気の多い人です。「海外武者修行」というテーマでの3冊の著書以外にも、『南太平洋の剛腕投手』などノンフィクション系の著書もある。最近では死語になっている感のある、自分を磨く一人旅の武者修行というキーワードに納得する冒険譚が満載です。最近では、知研のセミナーでキューバ旅行の話をしていただいたが、示唆に富むものでした。

 今回は世間を形成するメディアのていたくへの弾劾と、未来を託すべき若者への遠慮のないアドバイスが散りばめられて楽しくかつ納得することの多い本になっています。近藤さんは壁を一つ抜けたなあというのが読後の最初の感想です。「私は」でなく、「爺」という仮想の友人が主役となっていて、そのアイデアが効いている感じがします。もちろん、爺とは本人のことで、客観的な物言いになっているのがいいのでしょう。

パキスタンチベットベトナム、アデン、キューバベイルート、リオ、サハリン、ロヒンギャなどの旅で出会った人々との出会いや、現地をみての感慨などがつづられています。

この本では、第4章「冒険爺の生い立ち」もよかった。父方の祖父は1861年というから幕末の文久元年、母方の祖父は1881年明治14年生まれで、そのあたりから書き出した自分史はみずからをめぐる時代の考察をふくめた記述になっています。

メディアについては、ベトナム、韓国、ロヒンギャなどの現地の旅を通じて、現場への取材がすくなく、ほんとうのことを伝えていないと手厳しい。これは期待の裏返しでしょう。若者へは、好奇心を発揮して「武者修行」にトライせよというメッセージになっています。

人生100年時代といわれる昨今、「80代の上り坂」を歩いているという意識は貴重です。影響を受けた小田実の「何でも見てやろう」精神で行動し、今後も大いに発言してもらいたいものです。近藤さん、刺激を受けました。ありがとうございます

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立川で体調を整える。荻窪駅で松田君と「フォト川柳」本のうちあわせ。そのまま出版社で「全集2」の打ち合わせと、社長さんとの新年会。

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「名言との対話」1月14日。三島由紀夫「日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう」

三島 由紀夫(みしま ゆきお、本名:平岡 公威〈ひらおか きみたけ〉、1925年大正14年〉1月14日 - 1970年昭和45年〉11月25日)は、日本小説家劇作家随筆家評論家政治活動家

 三島由紀夫の市ヶ谷の自衛隊への乱入事件は1970年11月25日だ。三島事件の衝撃は今でも覚えている。三島由紀夫のファンであった大学生の私は三島のライフワーク「豊饒の海」四部作を読んでいた。三島由紀夫については小説を読み、石原慎太郎林房雄川端康成との対談を読み、インタビューで英語で答える姿を見ており、書くべきことは多いが、ここでは、まずいくつかの本の読書について書こう。

 三島由紀夫『レター教室』(ちくま文庫)。5人の人物が繰り広げる事件を手紙形式で表現した異色の小説。主題は、手紙の書き方である。「ラブレター」「肉体的な愛の申し込み」「愛を裏切った男への脅迫状」「招待を断る手紙」「恋敵を中傷する手紙」「病人へのお見舞い状」「裏切られた女の激怒の手紙」「離婚騒動をめぐる手紙」、、。「ともすると、恋愛というものは「若さ」と「バカさ」をあわせもった年齢の特技で、「若さ」も「バカさ」も失った時に、恋愛の資格を失うのかもしれませんわ」。やはり三島は人間の心理をよく知っている。人間通だった。

 三島由紀夫『人間の性(さが)』をぱらぱらとめくってみた。学生時代に三島の本をよく読んだ。小説もそうだが、この人の切れ味のいい言葉に親しんでいた。久しぶりに、古本屋で見かけた本を手に取った。 「私がカメラを持たないのは、職業上の必要からである。カメラを持って歩くと、自分の目をなくしてしまう」。以下、名言を抜き出してみる。「小説家とは、、、理想的には情感百パーセント、理智百パーセントほどの、普通の二倍のヴォルテージを持った人間であるべきで、バルザックも、スタンダールも、ドッストエフスキーも、そういう小説家であった」「鴎外の文章は非常におしゃれな人が、非常に贅沢な着物をいかにも無造作に着こなして、そのおしゃれを人に見せない、しかしよく見るとその無造作な普段着のように着こなされたものが、たいへん上等な結城であったり、久留米絣であったりというような文章でありまして、駆け出しの人にはその味がわかりにくいのであります」「小説家は人間の心の井戸堀り人足のようなものである。井戸荒から上がって来たときには、日光を浴びなければならぬ。体を動かし、思いきる新鮮な空気を呼吸しなければならぬ」「性や愛に関する事柄は、結局万巻の書物によるよりも、一人の人間から学ぶことが多いのです」「文体をもたない批評は文体を批評する資格がなく、文体を持った批評は(小林秀雄氏のように)芸術作品になってしまう。なぜかというと文体を持もつかぎり、批評は想像に無限に近づくからである私は、、、文章の最高の目標を、格調と気品に置いています」「日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国が極東の一角に残るのであろう」

「倅・三島由紀夫」(文春文庫)。三島由紀夫父親が倅を書いた追想記だ。1970年(昭和45年)11月25日の自衛隊市ヶ谷への乱入事件から記述は始まる。「自衛隊の有志と語らって国会を占拠し、憲法改正の発議をさせよう」と考えた三島らが行った事件で、三島は切腹森田一生の介錯を受けて死ぬ。当時大学生で三島のファンだった私も衝撃を受けたが、世間も騒いだ。母親からの聞き書きを読むと三島由紀夫の死を予感していたようだ。「処女作以来、発表する前に必ず私に原稿を見せるのがならわしでしたが、、」「子供のときから夕日と富士山と海が大好きでした」「毎晩かかさず、「お休みなさい」を言いに私のところに参ります」「今年の末に完結するはずだから、それからとすれば明年1月ごろには何か起きるかしら」と予感され、慄然としました」。三島由紀夫が親孝行だったこと、恩賜の時計をもらったこと、大蔵省勤務と小説書きとの二足のわらじの様子など、父親の眼で見える三島像には意外な点が多かった。

以下、三島にかかわる施設訪問記から。

鎌倉文学館を訪問。旧前田侯爵家の別邸。1964年からは佐藤栄作首相が週末の静養に使っており、息子の龍太郎や信二とのみゴルフをしていた。三島由紀夫の傑作『春の雪』の別荘のモデルになった場所である。長いアプローチで辿り着く洋館には、「長楽山荘」(聴濤山荘から変更)という表示があった。

山中湖の三島由紀夫文学館を訪問した。自筆の原稿が多く展示されている。 ライフワーク「豊饒の海」四巻を再度読みたいと書いている。

三島由紀夫の辞世の歌もあげておこう。「 散るをいとふ世にも人にもさきがけて散るこそ花と吹く小夜風 益荒男がたばさむ太刀の鞘鳴」。「散るをいとふ世にも人にもさきがけて散るこそ花と吹く小夜風」。

さて、三島由紀夫の死から半世紀、50年が経った。三島の予言はどうなったか。「無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜け目がない、或る経済大国」になった。日本は三島のいう日本ではなくなったといえるかもしれない。

 

 

 

 

「図解塾入門」第2期を開始しました。

「図解塾入門」(ZOOM)第2期を今日から始めました。受講生は15名。月2回プラス課外授になります。20時から2時間です。

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以下、受講生の学びです。

  • 本日はどうもありがとうございました。第1期から今日まで何をしました?と真っ先に指名されて、恥ずかしながらさぼっていたことを白状してしまいました。今日の2時間の中でも、いろいろとリマインドしました。・図解は「鳥瞰」。全体を見る。・1枚にまとめられるはず。・図が先で、そこから文章が書ける。・文章メモではなく、図メモをとる。・図に表せなければ、分かっているとは言えない。圧巻は、久恒先生の長年にわたる年末年始の計画と振り返り、多摩大学のリレー講座の講義メモの膨大な蓄積。圧倒されました。ありふれた名言ですが、「継続は力なり。」
  • ありがとうございました。第一期の皆様の図がかなり進化しており素晴らしいなあと思うと共に私も進化しきます。やはり積み重ねで一歩一歩やる、ですね。また心新たに2021年進んでいきたいです。私としては、読んだ本を図にまとめてみたいです。これは時間がかかると思うので、まずは、こまめに何か学んだことを図にする習慣をつけます。図にまとめることで、メモが資料になりますね。財産になると感じました。子どもの興味関心の移り変わりなどを図にするのも面白そうだなあと感じました。
  • 久恒先生、参加の皆さま、今夜もありがとうございました。二期からの方々、どうぞよろしくお願いいたします。久恒先生の視野の広さと見識の深さに圧倒されつつ、自分にはまず何が出来るだろう、そんなことを考えていました。読書感想文ならぬ読書感想図、面白そう、やってみたい。日本や世界のつながり、確かに自分も見えていない。身近なところで自分の住む街の変遷を図解したら面白いのかな。消化しきれていないインプットと、ひとつひとつ向き合う。そして一緒に取り組んでいる方が居る。今期も皆さまと一緒に学べることを嬉しく思います。-----問題の図の添付です。問題3。交通アクセスが要らない点から触れて、比較に触れている。そして、文章の後半で「第一」という単語が出てくる。これを書いた(喋った)人はリアルとウェブでの価格差を目の当たりにして「断然安い」にインパクトを感じたんだろうなぁ。「第一」を図で強調するとしたらどうすればいいのかな。図と問題文を行き来すると新たな発見がありますね。
  • 本日はありがとうございました。初めて尽くしで皆様の足を引っ張ってしまいそうですが、これからどうぞよろしくお願いします。<今日の感想>図解のレクチャーを受けたときと、実際に書いた時でずいぶん違う印象を受けました。レクチャのときは、図を作ること自体がそんなに難しいことに思えなかったのですが、作ってみて、「文章へのアプローチの仕方」が間違っていることに気が付きました。久恒先生は「箇条書き発想」とおっしゃっていたように思います。★文章図解 →どんな視点を入れて理解したかの構造化図解を考えた時のメモとワークの図解を添付します。ぐちゃぐちゃですみません。これから精進しまーす。
  • 図解は鳥瞰=全体の構造+部分同士の関係。図でメモをするコツ。雑談はスルー 。キーワードと数字を拾う(長い言葉は省略)。接続詞に注目。(関係性を知る)。上下左右に配置。矢印で結ぶ。【今日の課題】卒業と入学前の3月と4月の変化がわかるように上下に分けました。卒業や入学による変化に加えて、進級の人数も明記して矢印で表しました。変化後の学生数も明記して増減数と併記しました。
  • 本日もありがとうございました。みなさまにまたお会いできて、年末年始のほほんと過ごしてしまっていたので、これから頑張らねばと思っております。一番心に響いたのは、新しいことをやっていれば老いることはない。です。また、図解したテーマでそのアンテナが立つ。あちこちに立てられるよう、みなさまとご一緒できたらなとおもっております。今後ともよろしくお願いいたします。恥ずかしいですが本日の問題の図です!
  • 久恒さん、みなさま、本日はありがとうございました。とても刺激になることばかりで時間もあっという間に経ってしまいました。本当に楽しかったです。私が学んだことは、鳥の目で全体を見ること。部分同士の関連性を書いて→でつなぐこと。そのうえで全体をにらむこと。まだ、私には周辺の知識を付け加えて世界を広げることはできませんが、知的体力をつけてついていけるように頑張ります!!これからもどうぞよろしくお願いします。
  • 楽しく、勉強となった2時間でした。講演メモの取り方が非常に勉強になりました。人生100年時代を久恒先生を手本にしぶとく、楽しく生きていきます。皆様、今後とも、宜しくお願い致します。
  • 久恒先生、図解塾縁の皆さま、今晩もありがとうございました!第二期始まりました。図解は、頭の汗を描く作業だという感覚を久し振りに皆さんと一緒にワークして、思い出しました。図解コンシャスな日々、楽しみしかありません!今日の図解では、上西さんの図解が端的で分かりやすくて、イラストも入っており、構図も素晴らしく、共有方法もエレガントで、感動しました。これからも3月末までよろしくお願い致します!
  •  【1/13 :第1回の印象的な学び】1)鳥の目で観る。2)全体を睨む3)図メモ活用。4)①全体の構造がわかる ②部分同士の関係性がわかる。5)わかっているけど図にできないというのは、わかっていない。◾️コーチングをしておりますと、現実の「虫の目」に囚われて全体が見えていない方・同じ視点だけのぐるぐる思考の方をよく拝見します。いかに俯瞰力を持って頂くかは大きなポイントになります。鳥の目の自分を、図解塾でより鍛えて活かしていきたいと思います。
  • 図解塾2期が始まり、久恒先生や塾生のみなさんに久しぶりにお会いでき、とってもうれしかったです。今期の最初の目標は、図メモを書くこと。チャレンジしてみます!今期もよろしくお願いします。

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大学:図解塾の準備。

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「名言との対話」1月13日。宇佐美英治「石を聴く」

宇佐見 英治(うさみ えいじ、1918年1月13日 - 2002年9月14日)は、日本の詩人、フランス文学者、美術評論家 

 大阪出身。1941年東京帝国大学卒。『同時代』同人として矢内原伊作らと活動。『歴程』にも参加。明治大学教養部教授を務めた。1982年『雲と天人』で藤村記念歴程賞、1997年には宮沢賢治賞を受賞している。

加藤周一によれば、矢内原にアルベルト・ジャコメッティを紹介したのは宇佐見であったという。神奈川県立近代美術館の「裸婦小立像」は、1960年に宇佐美がジャコメッティと会ったときに持ち帰ったものだ。「「見る人」ジャコメッティと矢内原」(みすず書房)という書も書いている。

 宇佐美の『石を聴く』(朝日新聞社)を読んだ。「淡交」という雑誌から石についての随想の連載を頼まれて、2年間、宇佐美は石とともに生き、石にとりかこまれて暮らしたのである。この本には、宮沢賢治草野心平矢内原伊作松尾芭蕉谷崎潤一郎セザンヌ雪舟、吉阪隆正、モーツアルト谷崎潤一郎、、、などの石に関するエピソードが登場する。また著者の教養の深さを感じる記述が多い。五輪の塔についての蘊蓄、「騒人の閑語」「「上木」「跋」を始めとした言葉の数々、、。

宇佐美を調べている過程で、 『石を聴く――イサム・ノグチの芸術と生涯』(ヘイデン・ヘレーラ北代 美和子訳)という本があることがわかった。2018年刊である。「BOOK」データベースには「時に挑み、時に触れる―アメリカ人の母と日本人の父のあいだに生まれ、第2次世界大戦をはさんで東西を往来しつづけた20世紀の世界的彫刻家。周囲の人々の新たな証言とともに資料を駆使して波瀾万丈の生涯をたどりつつ、変幻自在な彫刻群のみならずランドスケープ、庭園、パブリックアート、舞台装置、家具・照明など多ジャンルにわたる作品の誕生を克明に明かしたノグチ伝の決定版」とある。この本は1978年の刊行だから、40年早い。「石を聴く」という耳慣れない言葉の意味はなんだろうか。
宮沢賢治は盛岡付近の岩で顔を出しているものは必ずハンマーで叩いた。空や雲の隠喩にさまざまな鉱物や鉱石の名を用いた。浄土式庭園を持つ毛越寺の廃墟の礎石から無名の死者たちの声が聞こえてくる。石の眼ざし。謡曲「殺生岩」は石の精を主題とした物語だ。石の内なる声が局の随所に響きわたる。芭蕉の「閑けさや岩にしみ入る蝉の声」の推敲の過程。
宇佐美は石垣が好きで、組まれた石のリズムや押韻が音楽のようにきこえてくると書いている。なるほど、「石に聴く」よりも、「石を聴く」のだ。石にしみ入った人間の声の数々、石の声を聴く旅の成果がこの本なのだとようやくわかった。
 
石を聴く (1978年)
 
 
 
 
 
 

 

 

 
 
 

 

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