センター試験初日。

センター試験初日。

ーーーーーーーーーーーーーーーーー

「名言との対話」1月19日。スタンリー・ミュージアル「私の誇りは打率やホームランの数字ではなく、数知れぬ敗北とスランプから、その都度立ち上がったことだ」

スタンリー・フランク・ミュージアルStanley Frank “Stan” Musial1920年11月21日 - 2013年1月19日)は、アメリカ合衆国ペンシルベニア州出身プロ野球選手外野手一塁手)。

現役時代はセントルイスカージナルスのみでプレーし、ワールドシリーズ優勝などに貢献した。背番号6はチーム初の永久欠番

通算打率331の高さが示しているように首位打者獲得回数は7回に及ぶ。ホームランも475本という強打者だ。打点王も二度獲得している。通算安打3630本は、ピート・ローズタイ・カップハンク・アーロンに続く歴代4位。因みにイチローのメジャーでの記録は3089本で22位である。

引退後はカージナルス球団副社長も務め、1967年のワールドシリーズ制覇時はGM(ジェネラルマネジャー)として貢献した。1969年に野球殿堂入りを果たす。

苦しい戦いの中で、同僚の声援にこたえて「わかった。楽にしてやる」と言ってサヨナラホームランをかっ飛ばしたこともある。因みに、サヨナラホームランを12本以上打っているランキングではベーブ・ルースを抑えて3位である。ミュージアルは勝負強くチームメイトやファンの支持があった。

 

カージナルス日米野球で来日した際は、日本の誇る名投手である稲尾和久杉浦忠から本塁打を放っている。

「若いうちはパワーが打たせてくれる。そのうち技術が打たせてくれる。最後は経験が打たせてくれる」。パワー、技術、経験という原動力現役時代を乗り切ってきたと振り返っているが、これはあらゆるキャリアに当てはまる進化のプロセスだ。

現役時代も、引退後も順調な経歴であり、申し分のない人生を送ったようにみえるのだが、人には知られていない無数の敗北とスランプがあり、その都度苦闘し立ち上がったことが自分の誇りだと語っている。失敗は必ずある。それに負けずに立ち上がった人なのだ。だから人々は「The Man」という愛称で呼んだのである。まさに「男の中の男」である。日本では長嶋茂雄が「ミスター」と呼ばれている。ミスター。ジャイアンツ、ミスタープロ野球をつづめた愛称であるが、同じように尊敬され、愛された人格者であったのだろう。

結核、脊髄カリエス、心臓発作、帯状疱疹、直腸ガン、パーキンソン病など度重なる病魔に苦しみながら創作活動を継続した作家の三浦綾子が「つまずくのは、恥ずかしいことじゃない。立ち上がらないことが、恥ずかしい」と語っているのを思い出した。

負けて座り込むか、それとも立ち上がるか?