出口治明『復活への底力』(講談社現代新書)ーー脳出血の重傷から、立命館アジア太平洋大学学長への復帰の物語。

出口治明『復活への底力』(講談社現代新書)をオーディブルで読了。

出口治明は20歳から100歳までの80年間が大人として生きる期間と考えている。そうすると60歳が折り返し地点となる。大手生保の部長であったが、還暦の60歳でライフネット生命を起業し10年かけて成功に導いた。この間、多くの本も書きファンも多く獲得している。70歳からは大分県別府市立命館アジア太平洋大学の学長に就任し大活躍を始める。

それから2年ほどたった2021年1月に脳出血で倒れる。「学長に復帰する、講演や執筆を行う、単身生活をする」という決意のもと、リハビリに励み、2022年1月からは東京の自宅から都内にある大学の事務所で学長業務に復帰する。2022年4月、別府での学長生活を始め、入学式で挨拶をしている。

この間の、右半身のマヒ、言語障害で話ができない状況を、医師や看護師、作業療法士言語療法士などの医療関係者の支援を受けて、当初の目標を達成するまでの記録である。運命を受け入れ、楽観的に一つ一つの課題を果敢にこなしていく。その間の自分の客観的な観察と知識の獲得と、そして復帰へ向けての克明な記録である。

「還暦からの底力」の威力をみた思いがする、それを出口は医療従事者や編集者の力を借りながら『復活への底力』という本にまとめた。発症、転院、リハビリ、言語をとり戻す訓練、自宅への帰還、学長職への復帰の過程がくまなくわかる。そして今後は、当初の目標に加えて、車いす生活を送るようになった経験から、あらゆる人が生きやすい社会をつくるために、貢献しようとしている。

私は今まで、出口治明の『知的生産術』や『還暦からの底力』を読み、講演録を耳で聴いたりしてきた。そして1万冊に及ぶ読書歴が支える歴史への深い知見と1000都市への訪問という行動力にも感銘を受けてきた。

私が2021年7月に刊行した『50歳からの人生戦略は「図」で考える』(プレジデント社)では、当初出口治明さんに推薦文をもらおうという編集者の意向だったが、諦めた経緯もある。

出口治明さんの人生に取り組む姿勢は大病の後も変わっていない。今後同じような経験をするであろう多くの人々に、大いなる勇気を与える本となっている。新しい世界での体験と新たな知見で貴重な情報を発信してくれることだろう。刮目したい。

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・今週の「幸福塾」の準備。

・参加型社会学会のブレーンミーティング

・力丸さんとの定期ミーティング

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「名言との対話」11月28日。寺田寅彦興味があるからやるというよりは、やるから興味ができる場合がどうも多いようである」

寺田 寅彦(てらだ とらひこ、1878年明治11年)11月28日 - 1935年昭和10年)12月31日)は、日本の物理学者随筆家俳人

高知県出身。東京帝大物理学科を出て東京帝大教授になる。物理学者でもあったが、熊本の五高時代から夏目漱石門下でもあり随筆家、俳人としても著名な人物である。

寺田寅彦は、1923年の関東大震災以後は、東大の地震研究所に移って地震の研究に没頭した。寺田もまた関東大震災によってその後の生き方に影響を受けた一人だった。寺田の名言「天災を忘れた頃にやってくる」は人口に膾炙している。

師匠の漱石につかえる寺田寅彦、寅彦の弟子として大成した中谷宇吉郎も、師匠に刺激を受けたくちだ。中谷宇吉郎東大で22歳ほど年上の寺田寅彦に師事し、23歳で理論物理学から実験物理学に進路を変更する。二人の関係は、夏目漱石寺田寅彦との関係に似ている。「科学で大切なことは役に立つことだ」と寺田寅彦の教えにしたがって、問題解決型の研究に従事した一生を送っている。また独特のふちの厚いメガネがトレードマークでテレビでもユーモアあふれる語り口で親しまれた竹内均(東大教授)は、あこがれ寺田寅彦孫弟子を自認していた。師弟関係の連鎖はずっと続いているのだ。

2000年10月23日の朝日新聞で、この1000年で最も傑出した科学者は誰かという面白い企画があり、読者の人気投票を行っている。1.野口英世 2.湯川秀樹 3.平賀源内 4.杉田玄白 5.北里柴三郎6.中谷宇吉郎 7.華岡青洲 8.南方熊楠 9.江崎レオナ10.利根川進 11.鈴木梅太郎 11.西澤潤一 13.高峰譲吉 14.寺田寅彦 15.志賀潔 16.関考和 。以下、朝永振一郎 長岡半太郎 福井謙一 広中平祐 今西錦司などが並んでいる。寺田寅彦は志賀潔よりも上位にきている。日本科学史上に輝く科学者だったのだ。

山折哲雄寺田寅彦 天災と日本人』(角川ソフィア文庫を読んだ。寺田寅彦の名前は受験時代によく見聞きした。試験によく出るのがこの人の文章だったからだ。久しぶりに読むと確かに名文である。寺田寅彦が、地震津波・台風など自然災害の多さを宿命とする日本と日本人について書いた随筆集だ。「慈母のごとき自然」と「厳父のごとき自然」。「文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向」。「科学的国防の常備軍」。「短歌と俳句は、日本の自然と日本人自身をを雄弁に物語るものだ。日本の風物と日本人の感覚のもっとも身近な目録索引が歳時記。座標軸としての時間と空間を表すものが季題である」。「好きなもの いちご コーヒー 花 美人 ふところ手して宇宙見物」は寅彦の作品である。生きるスタンスがみえる名句だ。

今回あらためて、オーディブルで、『アインシュタイン』『数学と語学』『科学に志す人へ』『漫画と科学』などの著書や随筆を聞いてみた。やはり説得力のあるやさしい名文であった。

「頭の悪い人には他人の仕事がたいていみんな立派に見えると同時に、又えらい人の仕事でも自分に出来そうな気がするので、おのずから自分の向上心を刺激されるということもあるのである」。この言葉にも励まされる。そして、「やっているうちに興味がでてくる」は納得できる言葉である。