渡部昇一『人生を創る言葉』(致知出版社)ーー「個人の志の時代」

渡部昇一『人生を創る言葉』(致知出版社)を読了。副題は「古今東西の偉人たちが残した94の名言」。

1930年(昭和5年)生まれの著者の時代は、少年時代や旧制中学あたりの生き方については、講談社の雑誌が水先案内を果たしていた。

講談社を創業した野間清治は明治時代をつくった日本の偉人や、近代文明を先導した欧米の偉人の生涯を、日本の若者に提供したのである。

明治の福沢諭吉の『学問のすすめ』、スマイルズの「セルフヘルプ」を翻訳した中村正直西国立志編』の後継を意識していたのだ。同様に平凡社を創業した下中弥三郎も「出版は教育である」という信念を持っていた。

講談社のベストセラー雑誌『キング』などではそれぞれの職業で志を立て、それを遂げた人を「偉い人」として讃えた。軍人、政治家、靴屋、カメラ屋、世の中に奉仕した人、相撲取り、立派な百姓、盲目の琴の名人、など様々だ。それぞれの道を全うした人たちが「偉い人」である。渡部昇一はこの本を書いた2005年当時、「個人の志の時代」がやってきたと記している。以下、この本の一部。

  • 「大の里」(1892-1938)という名大関がでてくる。5尺4寸という小兵ながら、「相撲の神様」呼ばれた。優れた技を持った関取で、12年にわたり大関の地位を守った。若い頃のあだ名は「鼠」だった。先場所優勝した大柄の大の里はこの大関の名前をもらったのだ。大の里は「とにかく朝早く稽古場に出ろ。人に負けない時間に出ろ。出さえすれば、あとはどうにはなる」と後輩たちに語った。相撲に限らず、人より早く職場に出ることは大きな成果を与えてくれる。そのためには早く起きることになる。生活のリズムが変わる。このことは人生という本業を営む上で最も貴重なアドバイスだと思う。
  • 徳川家康」の項では「啐啄同時」という言葉があげられている。「子啐」はひな鳥が卵に内側から殻をつつくこと、「母啄」は母鳥が外から殻をつつくこと。それが同時に行わて雛がかえる。早すぎず遅すぎず、絶好のタイミングが大事だということおを指している。この言葉は、中国の宋の時代の禅宗の書『碧巌録』にあり、武田信玄も知ってたというエピソードも紹介している。最近ではDNA研究の五條堀孝先生が座右の銘にしている。ものごとが成就させるためには主体と環境の絶妙のタイミングをはかれという教訓である。

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「名言との対話」6月9日。平山弓枝「歴史上に残らなかった人のすごい生きたを発見して多くの人に知ってもらいたい。そういう仕事が出来たらうれしいな」

平岩 弓枝(ひらいわ ゆみえ、1932年3月15日 -2023年6月9日 )は、日本小説家脚本家。享年91。

 代々木八幡宮の一人娘。日本女子大国文科卒。戸川幸夫に師事した後に、長谷川伸主宰の新鷹会に入会し学ぶ。

小説家としては、1959年、26歳で直木賞を受賞。その後、恋愛、推理などをテーマとした小説を書いた。

脚本家としては、TBSテレビドラマありがとう』シリーズ、『肝っ玉かあさん』シリーズ、TBS東芝日曜劇場女と味噌汁』シリーズ、『下町の女』シリーズやNHK大河ドラマ新・平家物語』を始めとするテレビドラマや演劇の脚本を書いている。

1974年からは時代小説に専念し、『御宿かわせみ』を刊行し40年以上にわたり、ベストセラーとなったシリーズを書き続けた。累計では1800万部を超える。

ブクログでは、平岩弓枝の全1042作品から、ユーザが本棚登録している件数が多い順で並ぶべている。トップの『新装版 御宿かわせみ』(文春文庫)は、登録者492人、レビュー66人。この小説は、江戸の大川端にある小さな旅篭「かわせみ」。そこに投宿する様々な人たちをめぐっておこる事件の数々を題材にした、宿の若い女主人るいと恋人神林東吾の二人の物語だ。江戸の下町情緒あふれる人情捕物帳だ。

TSUTAYAで取り扱っている作品は459件あることなどからわかるように、作品の量は膨大で、かつ質が高いこともあり、数々の賞を受賞している。2016年には文化勲章も受章している。

『女と味噌汁』(集英社文庫)を読んだ。女の颯爽とした生き様を描いた傑作だ。この作品でテレビ界は放っておかなかった。以後、脚本の仕事を多くてがけることになった作品である。読んでいて心があたたまると同時に主人公の科白も本質をついていて気落ちがいい。この長く続いたテレビドラマをみた記憶はないが、主役の池内淳子山岡久乃長山藍子が映画も含めて共演しているというから、何本かはみている気もする。

オーディブルの「講演・エンターテイメント」の女性作家たちの講演録を聞いたことがある。文藝春秋社の文化講演会での講演録だ。それぞれ1時間弱の中身の濃い講演だったが、平岩弓枝「秘話かわせみ」では、御宿かわせみ」の執筆秘話。師匠・長谷川伸と兄弟弟子たちとの濃密な修行の日々が語られていて、好感をもったことを思い出した。

終生の師・長谷川伸からは「人間が動くから物語が生まれる。物語があって人間がいるんじゃない」と教えらえた。平岩弓枝は「大事にしてきたのは人間を書くということ。長谷川伸先生の教えです」と感謝の言葉を書いている。師を不動の星のように仰ぎみながら、ひたすら精進することの素晴らしさをこの師弟関係は教えてくれる。

NHK「あの人に会いたい」の最後には「いい生き方、すごい生き方を発見して多くの人に知ってもらいたい」と語っている。それが執筆の原動力だったのである。