「戒語川柳」がテーマの初のセミナーを開催。

「戒語川柳」がテーマの初のセミナーを行った。参加者は、静岡、長野、京都から。

戒語川柳 1

戒語川柳 1

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以下、2時間の流れ。

  • 「戒語川柳1」の108句をざっと紹介。
  • なぜ川柳か:短歌、俳句と川柳の違い。2022年10月から1日7句。「戒語川柳」の意味。日常生活、観察、アンテナ。キーワード。代表句3句。
  • 「戒語川柳」の21句を中心に解説。感想をもらう。以下、好きといわれた句。「平凡を 続ける人は 非凡です」「AIは 神か悪魔か 友だちか」「カントまね 早起きしては みたものの」「記録より 歴史をつくる 二刀流」「地図アプリ 方向オンチ まだ迷う」
  • やってみよう! テーマを18ほど例示。以下、3人の即席の句。「アレクサが 話し相手の おひとり様」「名著たち 買いたたかれて ブックオフ」「瞑想し 迷走重ね 妄想し」。これらを肴に、それぞれの体験を交えた感想を話し合う。
  • 欠席だったTさんの提示した句について感想を述べ合う。いいところをほめるというやり方。
  • 近々、フェイスブックグループをつくる。ZOOM句会をやりたい。


以下、出席者の感想から。

本日ありがとうございました。 実際やってみると、思った以上に取り組みやすいと思いました。 普段の生活をネタにすると、結構作りやすいことに気がつきました。 気軽さに結構ハマりそうです。 久恒先生の「国力の基礎の基本は国語力」は、真理を突いていると思いました。 川柳を通して、楽しみながら言葉を大切にしていけるんだとふと気づいた次第です。 <初川柳> 名著たち 買い叩かれて ブックオフ 居酒屋 匂いに惹かれ やせ我慢 出社するも 仕事仲間は リモート <Tさんの作品> ①職員室 雑談通して 互い知る の奥底にあるのが ③無駄話 心の洗濯 無駄はなし と思った次第です。 Tさんが大切にされていることを垣間見たような気持ちになりました。

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立川

・体を整える

司法書士と打ち合わせ。

8月の日本薬史学会での講演資料を送付。

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「名言との対話」4月7日。尾崎放哉「咳をしてもひとり」

尾崎 放哉(おざき ほうさい、本名:尾崎 秀雄〈おざき ひでお〉、1885年明治18年〉1月20日 - 1926年大正15年〉4月7日)は、日本自由律俳句の俳人

鳥取出身。一高に入学する。同級には安倍能成小宮豊隆、藤村操、野上豊一郎、などがいて、一級上には後に面倒をかける荻原井泉水がいた。東京帝国大学法学部に入って、酒を覚えてから生活は破たんしていく。この後の人生は酒との戦いになっていく。卒業後、東洋生命保険に入社し要職にも就くが酒で失敗する。朝鮮でも同じことが起り、日本で寺男になる。転落と漂泊の人生となるが最後に住んだのが小豆島だった。この地で8カ月暮らして没している。この間に200余の自由律俳句を作っている。

自由律俳句は、放哉の保護者でもあった萩原井泉水が唱えており、門人には放哉の他には種田山頭火がいる。井泉水は河東碧梧桐の新傾向俳句運動に参加したが、「定型を捨てて、印象をそのままリズムにのせた」自由律俳句を創始した人だ。

私は2015年に小豆島を訪問し、街なかの町立図書館が管理している尾崎放哉資料館にも足をのばした。記念館で買った吉村昭『海も暮れきる』(講談社文庫)を読んだ。人生最後の8か月間を小豆島で過ごした自由律俳句の尾崎放哉に関する伝記小説である。公式史料とは違って生身の放哉の姿がよくわかった。小豆島でも人々の好意で何とか生活をするが、次第に体も衰弱していく。ところが不思議なことに俳風は逆に鋭くなっていく。

「酒乞食」という言葉があるが、放哉はまさにそれであったように思う。酒癖が悪く、仕事をしくじり、夫婦生活も破たんし、貧窮にあえぎ、人の温情にすがって世話になることだけに気を使い、人生をすり減らしていく。しかし、句境は深みを増して、小豆島に記念館まで建つことになった。

吉村昭らしく、綿密な取材と克明な心理描写の記述であるが、放哉を対象にしたのは不思議に思った。吉村は20歳あたりで肺疾患を患っていた。読書も負担がかかるので句集を読むことになった。病床で尾崎放哉に親しんだ。同じ病で死んでいった人に共感したのである。鬼気迫る心理描写は吉村の病気体験と死生観が源になったのだろう。

尾崎放哉の句から好きな句をあげてみよう。

 なにがたのしみで生きてゐるのかと問われて居る
 いれものがない両手でうける
 どっさり春の終りの雪ふり
 はるの山のうしろからけむりが出だした

私は「咳をしてもひとり」を代表句として挙げたい。絶対的な孤独感が迫てくる名句だと思う。