大学。学会。豊田英二。

 

 

「副学長日誌・志塾の風」170912

研究室で近藤秘書と打ち合わせ

ラウンジ。

・高野課長

・杉田学部長

・川手課長

 

夜は日本未来学会理事会に出席。目黒の多摩大情報社会学研究所にて。

・地球未来シンポジウム2017「希望の探究」:12月10日。京都。

・ハラリ『Homo Deus』読書会。『科学仏教』『宇宙倫理学入門』『科学VS宗教』

 

「名言との対話」9月12日。豊田英二「「モノの値段はお客様が決める。利益はコストの削減で決まる。コストダウンは、モノづくりを根本のところから追及することによって決まる」

豊田 英二(とよだ えいじ、1913年9月12日 - 2013年9月17日)は、日本実業家正三位勲等勲一等旭日大綬章豊田佐吉の甥。100歳。

 八高、東京帝大を経て豊田自動織機に入社し、喜一郎宅に下宿し自動車部芝浦研究所に勤務。取締役、常務、専務、副社長を歴任し、1967年社長に就任。その後工・販統合まで14年9ヶ月社長をつとめる。工版合併を機に豊田喜一郎の長男・章一郎に社長を譲り、会長。1992年、名誉会長。1999年最高顧問。
以上の経歴からわかるように、豊田英二は創業期から今日のトヨタの発展を支えた。量産体制を築く一方で、無駄を省くトヨタ式生産方式を確立した。日米自動車摩擦の解決策としてGMとのアメリカ合弁生産を決断するなど、豊田のグローバル展開の基礎を築き、トヨタを世界レベルの自動車メーカーに育てた。トヨタ中興の祖である。

2006年にトヨタ自動車のエンジニアが二人が豊田市から研究室に見えた。彼らの名刺には「愛知県豊田市トヨタ町1番地」と書いてあった。3万人以上の技術者で構成されているトヨタ技術会での講演打ち合わせだ。過去数年の講演者のリストを見ると、「職人学」の岡野雅行、「失敗学」の畑中洋太郎、そして「カミオカンデ」でノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊、という錚々たるメンバーだったので驚いた。受講者は技術者、経営者を中心に7−8百人というから相当大型の講演会である。私ともう一人の講師は日本刀の国選定保存技術保持者・玉鋼製造の木原明さんだった。彼らはきっちりした打ち合わせを行っていったが、トヨタ会館の見学、懇親会などあらかじめ案内者や挨拶するお偉方の名前、そしてスケジュールが分刻みでが決まっていて遺漏がない感じがした。トヨタの仕事振りの一端を覗いたような気がした。

「乾いたタオルでも知恵を出せば水が出る」

「人間も企業も前を向いて歩けなくなったときが終わりだ」

「今がピークと思ったら終わりだ」

モノの値段は顧客が決め、それに見合うコストの削減努力が利益を生む。コスト削減はものづくりの根本から考えなおすことで実現する。トヨタ式生産方式そのものを表現した思想であるが、私は豊田英二の人としての歩みに興味を覚える。豊田織機製作所を創業した叔父である豊田佐吉の長男・喜一郎の薫陶を受けて迷いなく自動車産業の確立に一生を捧げ、「カローラモータリゼーションを起こそうと思い実際に起こしたと思っている」と述懐するように成功に導き、そして自動車事業に先鞭をつけた創業家の喜一郎の長男・章一郎に社長を譲るという出処進退は見事である。この人の100年人生は壮観だ。