連載「団塊坊ちゃん青春記」8---トイレットペーパー騒動

今も昔も学生は貧乏なものと相場は決っています。今から考えると探検部は特にその傾向が強かったように思います。さて、私達の年間行事は、ゴールデンウィークの連休に行う春合宿、夏休みの長期間に行う夏合宿、夏遠征、秋の試験休みに行う秋合宿、暮れから正月にかけて行う冬合宿、これらが主な行事となっています。そしてこれらの期間はまとまって比較的長期の休みがとれるため、ワンゲル部も、山岳部も同様の合宿をうつことになるのです。


今回の話は、需要と供給のアンバランスからおこる悲劇のお話です。長期間山に入る、しかも多勢の人数で、ということになると、食料品、装備品をかなりの量を買い込む必要があります。例によって貧乏ですから、できる限り安くあげるよう調達をしなければなりません。例えば、夕食は一人米を何合にするかで、予算担当者と大飯食らいの連中がぶつかってしまうこともたびたびです。山での生活で欠かせないものは、色々ありますが、もっとも必要なのは、トイレットペーパーなのです。山ではちゃんとしたトイレなどありませんから、当然テントのまわりの適当な、つまり、人から見えなくて安心出きる場所で、用をたすことになるわけです。私達山男(女も)の間ではこれを、キジうち、と呼んでいます。まだ新人の頃、「なかなか優雅な名前をつけるものだわい」と感心していたのですが、実は、猟師がキジをうつときは姿勢を低くして構えるのだそうです。つまり、その時の姿勢によく似ているのだそうです。したがって、大キジ、小キジ、と呼ぶことになっています。ちなみに、空キジというのもあります。


トイレットぺーパーは、本来の用途以外にも、広い用途をもっています。食事を終えると、武器が汚れますから当然水で洗う必要があります。水場が近い場合、又水が豊富にある場合には問題はないのですが、それ以外の場合には、トィレットペーパーの出動です。味噌汁やシチューがまとわりついた食器を、トイレットペーパーでふきとる作業を行います。こうすると、少々は残っても、翌日又、その食器を使用して、食あたりをするということはなくなります。つまり、水洗いのかわりにトイレットペーパーを使うのであります。そうなると、多勢の人数、しかも長期間ですから、大量にトイレットペーパーが必要です。スーパーで買うのは金がかかるので、どこに眼をつけるかというと、大学の構内にいくつか存在するトイレに眼をつけるのです。あそこには必ずぺーパーがあるし、しかもまだ封をきっていないものもあるのです。したがって、タダで入手できるということですから、春夏秋冬の合宿の前には、クラブで編成を組んで盗みにゆくというのがならわしとなっていました。一応全部のトイレにまわるとかなりの量調達ができます。しかしそれでも足りないと、装備品の担当者に言われると、しかたがない、女子トイレに入ることにしました。痴漢さわぎで警察につかまることも考えましたが、勇気をふりしぼって私が決行することにしました。ある校舎の女子トイレに、すきをみて入りこみ、トイレットペーパーを物色していますと、ツカツカと女性が入ってくる気配がします。さっとある扉をあけ、中でジーツと息を殺しています。なにしろ、ノドをならす訳にもいかず、ひたすら、静かにしています。悪い予感がします。もし見つかったら、警察につかまってしまう。両親がおこるだろうなあ、新聞に何とでるのかなあ、等々。しかしその女性は用を足したら出て行ってしまい、ホッとします。しかし、いつまでもここにいるワケにはいきません。今度は出るタイミングが難しい。トイレットペーパーを持ち、女子トイレからとびでるわけですから、入ってくる女性とかちあったら元も子もありません。まさに意を決して、“脱兎”の如く逃げ帰りました。女子トイレ作戦、成功です。


山が好きな大学の教授は数が少ないので、いくつかの部の部長をかけ持ちすることになります。私達の頃の部長は、S先生と言って、世界的な蝶の権威です。先生は、山岳部長も兼務です。ある宴会の席で先生がグチをこぼしました。この先生も山男ですので、トイレットペーパーを盗むことはご承知なのですが、教授会で、「どうも、学内のトイレットペーパーの消耗がはげしすぎるが。」とある別の教授が言ったそうです。大問題となる前にすかさず、S先生は、「そりやあ、みんな若いから。」とか何とか言ってごまかしたのだそうです。先生のおっしゃるには、「ごまかしも効くが、あんまり派手にやってくれるとワシの立場がなくなるでのう」と暗に自粛をよびかけていました。ご迷惑をおかけしました。S先生殿。