寺島実郎『21世紀未来圏 日本再生の構想』(岩波書店)ーー日本は「一瞬だけ繁栄した奇妙な国」として歴史に残るのであろうか、という問いに真正面から答えようとする力作。

寺島実郎『21世紀未来圏 日本再生の構想』(岩波書店)を読了。

「一瞬だけ繁栄した奇妙な国」として歴史に残るのであろうか?という問いに答えようと真正面から取り組んだ力作である。

戦後の1945年からの77年間を「戦後期」、そして2023年から2100年までの77年間を「未来圏」として設定している。全体知によって、この未来圏で日本の再生を図ろうとする。

「一瞬」とは、いつのことだろうか?。

  • 高度成長は1950年代から後半から1970年代前半。その後の安定成長は1970年代の前半から1980年代半ばまで。そしてバブルは1986年12月から1990年代前半。「一瞬」とはこの40年か。
  • GDPからみると、世界第2位であった期間は、西ドイツを抜いた1968年から中国に抜かれた2010年の40年余で、ピークはGDPが世界の18%を占めた1994年となる。「一瞬」とは、この40年余か。

いずれにしても「一瞬」である、そしてバブル崩壊後の30年間は縮小を続けた日本は、2024年にはわずかGDPは世界の3%台となるだろう。3%は20世紀の初頭と、敗戦後の1945年と同じ比率である。

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どのように時代を認識するか?

20世紀の日本は30年間の戦争の時代を除いて、日英同盟と日米同盟のアングロサクソンとの同盟のもとで、国際主義と産業主義の20世紀型システム、つまり工業生産力モデルの優等生となった。

その後の世界の30年はいかなる時代であったか。

21世紀の世界経済は産業資本主義(育てる資本主義。有形資産)から、無形資産を扱う金融資本主義(売り抜く資本主義。マネーゲーム)とデジタル資本主義(情報・データ)への核分裂の時代へと突入した。

そして世界は政治的には、正統性を失った大国の影響力の衰退とグローバルサウスの台頭にみられる全員参加型の秩序に向かいつつある。

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主体的国家構想としての「21世紀日本再生の構想」とは?

日本は戦前回帰の国家主義への誘惑を絶ち、「健全なナショナリズム」を持ちこたえなければならないとし、主体的国家構想が求められるとし、以下の「21世紀日本再生の構想」として」3本柱を提示する。

1.日米同盟の再設計と柔軟な多次元外交の創造。現代の条約改正。

  • 在日米軍基地・施設の段階的縮小と地位協定の改定。②尖閣諸島の領有権の米国への再確認ー日米中関係の基本課題の解決。③経済における日米同盟の深化ー包括的経済協定の実現。
  • 全参加型秩序への創造的参画。①求められる高い理念性-「非核平和主義」に徹する第一歩。②柔軟な多国間安全保障の枠組みの実現。③グローバル・アジェンダとしての新次元のルール形成への参画。

2.アベノミクスとの決別とレジリエンス強化の産業再生。

  • アベノミクスとの決別 安易なリフレ経済学からの脱却。
  • 産業構造のレジリエンス強化ー国民経済の安全・安定のための産業創生。①「医療・防災」の産業化による新次元の列島改造。②「食と農」を基点とした産業構造の高度化(都市住民の参画を深める)

3.戦後民主主義の練磨ーー新しい政治改革と高齢者革命の可能性

  • 新しい政治改革への前進ーー代議者の削減と「日本再生国民会議」の創生。
  • 高齢者革命の可能性ーー下部構造のマグマの行方。

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日本は「異次元の高齢化」に立ち向かう、世界の先行モデルとなれるか?

2050年に向けて、人口の4割が高齢者、有権者の5割が高齢者、有効投票の6割が高齢者となる。「老人の老人による老人のための政治」である「シルバーデモクラシー」にしないための構想が求められる

日本の高齢化には「都市新中間層の高齢化」という特徴がある。サラリーマンは定年退職後は帰属組織を失い、結節点を持たない存在になりバラバラになっていく。

企業からの「恩恵」を感じながら、一方で処遇への「不満」を潜在させている高齢者を社会的コストではなく、社会課題を解決を支えるポテンシャルと考え、参画と活用をはかる。就業だけでなく(914万人)、子育て、教育、文化活動、NPOなど社会を支える活動への参画が、社会の安定と民主主義の成熟にとって重要だ。本人が責任を問われる必要のないことで苦しむという「不条理」を組織的・制度的に軽減する「歴史の進歩」に貢献するという大義を持った、変革主体となりうるポテンシャルは「100年人生」を生きる高齢者にある。

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大阪の講師・文化人派遣業者がお薦めする納得の講師派遣:程一彦講師の講師派遣 プロフィール 講演依頼 食の安全安心 医食同源

「名言との対話」6月23日。程一彦「料理は攻守二面がないとダメ」

程 一彦(てい かずひこ、本名:根本 一彦(ねもと かずひこ)1937年12月14日 - 2019年6月23日)は、中華料理人・研究家(薬膳台湾料理香港料理系)。享年81。

父は日本人、母は台湾人。追手門学院中学、灘高をへて、関西学院大学卒業。台湾料理「龍潭」(リュータン)の二代目オーナーとなる。

程一彦には多彩な顔がある。

「薬膳」。中医学」を基本に不調のもとになる身体バランスの崩れをニュートラルに戻すための「食薬同源」に基づく飲食療法であり、食材が持つ本来の医療効果を活かした料理のこと。程一彦は薬膳の第一人者だった。

「食育」の重要性を語る広報マン。親が子に伝える食文化の「躾」という考えだった。

NHK「今日の料理」やテレビの人気番組『料理の鉄人』で、「中華の鉄人」の陳建一に勝利し、「鉄人を破った鉄人」として有名になった。

「社会活動」にも熱心だった。阪神・淡路大震災東日本大震災では、被災地での炊き出しを行っている。日本レスキュー協会の理事もつとめている。また、私生活では趣味として「ジャズシンガー」としても楽しんでいた。

以下、程一彦の言葉を拾った。

「調理は科学!」。身体の仕組み、栄養分析の解説、そして科学用語などを使った説明は、明快で講演や実習指導は人気があった。

「愉しそうな幸せそうな顔して作りましょう。そしたらおいしいもんできるから」。程一彦はユーモアあふれる笑顔で指導する人だった。

「出来合いのものでも、何らかの手を加えてあげてください。健康面でも、精神面でも重要なことです」。

2017年にフランスの専門書で世界のトップシェフ100人に選ばれる。名人が多い中華料理の世界では唯一の選出だったことからも、その力量がわかる。

72歳で65年間続けた「リュータン」を閉じている。「意味深いこれからは歩を固め、講演、授業、放送、執筆、有田焼、ジャズライフなどを、、」という挨拶を記した張り紙があった。再晩年を「意味深いこれから」と意識していたのだ。出処進退が見事だ。

程一彦は「料理は攻守二面がないとダメ」と語っている。「守」は専門の中華料理、「攻」は日本料理、フランス料理であろう。料理人としての専門分野に閉じこもることはなかった。また薬膳、食育についての発言や、マスコミを通じた広報活動、社会活動にも熱心な人だった、そしてジャズシンガーでもあった。料理だけでなく、生き方においても「攻守」そろった人生の達人だったのだ。