「奇縁まんだら」(瀬戸内寂聴)--仏となった作家たちとの奇縁

奇縁まんだら

奇縁まんだら

日本経済新聞に毎週連載していた「奇縁まんだら」という読み物がある。瀬戸内寂聴の筆になる著名作家たちとの交友録で、意外で面白い人間的なエピソードが込められており、読むのを楽しみにしている。この好評連載が一冊の本になった。20007年分だが、今年の分は来年に後編として出版される。
21人の登場人物のうち一人を除いて全員が寂聴よりも年上でそれぞれが文壇の大家たちだ。1872年生まれの島崎藤村から1923年生まれの遠藤周作までである。順番に並べてみると、島崎藤村正宗白鳥川端康成三島由紀夫谷崎潤一郎佐藤春夫舟橋聖一丹羽文雄稲垣足穂宇野千代今東光松本清張河盛好蔵、里見恕s、荒畑寒村岡本太郎壇一雄平林たい子平野謙遠藤周作水上勉。それぞれが一家をなす歴史的人物といってもよい人たちだ。
この連載を引き受けるにあって寂聴は、文芸年鑑に載っている作家たちを調べ、口をきいたことがある人の数は400人に達したことを確認している。そのうちから40人強の人を選び一人につき二週にわたってその交友録を書いている。
1922年生まれだから今年で86歳の寂聴は、長かった茫々の歳月で愉しかったことは人との出逢いとおびただしい縁だったと述懐している。長く生きた余徳は、それらの人々の生の肉声を聞き、かざらない表情をじかに見たことだたっという。先にあげた作家たちにこの言葉を当てはめるとそれは愉しい人生だっただろと深く納得する。
寂聴は、毎回それぞれの人物の業績、その人と自分との縁、創作の秘密、そして自分の人生行路を重ね合わせながらユーモアたっぷりに健筆をふるっている。また女流作家でもあり、美男の作家たちの容姿をややミーハー的に活写したり、女流作家についても赤裸々にその行状を書くなど、またそれぞれの運命的な、あるいは濃密な男女関係をあたたかい目で観察していて、読んでいて豊かな気分にさせてくれる。たとえば「惚れ惚れするような美男ぶりであった。鼻筋が通って、、、、、白鶴のような、すがすがしい姿であった。そこだけ涼しい風が吹いているよに見えた」は島崎藤村の描写である。「小説家というより、現役の女優のように見えた。、、まわりには虹色のオーラが輝き、どの作家たちよりも美しく存在感があった」、豊かな恋愛体験の中でどなたが一番お好きでしたかという問いに、「尾崎士郎!、二番目も、三番目も四番目も尾崎士郎!」と言ったのは、宇野千代だ。
これほどの人たちとの親交がなぜできたのだろうか。人懐っこい性格、機敏な駆動力、世話好き、そして本人の言うように美人でないことが警戒心を解き、幸いしたのだろう。また初対面の人には手相を観ることで一気に相手の懐に飛び込んでいくという若いころからの手練も中で明らかにしている。
寂聴は、娘時代に藤村を見て小説家を志し、28歳で小説家になることを決心し、35歳で最初の小さな賞をもらっている。それぞれの節目には必ず、この本であげた作家たちとの縁がある。
寂聴は、大作家たちとの交友、旅行などを楽しみながら、同業の先輩たちの創作の方法や秘密を鋭く観察している。松本清張の講演の見事さは口述筆記の訓練によるものだった。舟橋聖一は63歳で書いた「好きな女の胸飾り」以降、すべての作品は、口述筆記になった。岡本かの子の作品は、夫の一平や同居者の手が入っている。その子の岡本太郎は、書斎を獣のように歩き廻りながら言葉を発し、養女の敏子がペンで口述筆記し、できあがった作品は敏子の名文で整えられ、わかり易く、高尚になっていく。それは合作といってよかったと書いている。そして絵もこの敏子との合作だった様子がわかる。これは岡本家の芸術造りの方法だったという観察である。
51歳で出家のお願いに行ったときの今東光とのやりとりもすさまじい。「頭はどうする?」「剃ります」下半身はどうする?」「断ちます」それだけであった。
今東光からもらった寂聴という法名は「出離者は寂なるか梵音(ぼんのん)を聴く」という意味だそうだ。
寂聴の書くものは、常に人物がその対象になっているようだ。興味ある人物を調べ、取材し、それを評伝という客観的な形ではなく、作者の想像と創造が許される小説という形式に仕上げていく。これが瀬戸内寂聴の小説造りの方法だということもわかった。
自分を中心に縁のあった大きな人物たちが幾重にも取り囲んでいる姿が寂聴の頭の中にあり、それは「まんだら」であり、この本のタイトルとなった。この本を読み切ったあとに感じるのは「奇縁まんだら」というタイトルそのものの内容であるということだ。横尾忠則の人物絵も楽しめる。
人気連続テレビドラマ「家政婦は見た」に通じるところのある瀬戸内寂聴独特の表現が、興味をそそる面もある。連載中にかなり読んでいるつもりではあったが、改めて一冊の本として読み切るとそれぞれの仏たちが複雑に織りなす世界が総体として見えてくる。毎週の連載を楽しみながら、そして後編を読みたいと思う。