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広州3日目。トヨタ自動車訪問。大学で公開講座。

広州3日目。

爆食、爆買、爆走、アジアダイナミズムの途方もないエネルギーを感じる日々だ。この広州は1000万クラスの大都市だが、実際には2000万ほどの人口がいると言う。中国は大きい。豊かさへ向けて爆進中。

大学も何事をも大きく構えて長い時間をかけて手を打っている印象だ。教員はレベルが高く、熱心に仕事をしている様子だ。学生の授業態度は極めて良い。4年生の11月ごろから就職活動となるが、個人で人材派遣の朝の家インテリジェンスなことを契約して活動をすると言う。大学の先生は一切面倒は見ない。教授陣は就職の世話から解放されており教育に専念できる体制はうらやましい。


2年ほど前に国から自由貿易特に指定された自動車工場が多い地区を訪問する。
広東財経大学からは、陳先生と黄先生。

目的はトヨタ自動車の合弁企業である広汽トヨタの最新工場、この工場はグローバルトヨタ21世紀のモデル工場である。案内は社長室の女性で湖南大学を出て4年目の女性だ。ほぼ1万人の従業員が働いている。カムイいくつもの車種を生産している。生産能力は1年間で38万台。最近はハイブリッド車が多いそうだ。工場見学をしたが、同期コンベアを使っているのが印象的だった。このシステムでは何か異常があると紐をひいて個人がラインを完全に止めることができる。

品質管理のビデオを見る。人材育成センターでは一人ひとりの仕事のやり方を叩き込む。社員一人一人が品質管理の最高責任者と言う考え方で、生産ラインを止めることができる。改善も非常に盛んで一人一人が配膳スタッフの位置づけである。1台について1,500の検査項目がある。この工場の周辺には12の部品外車があり地下道でつながっているだからジャストインタイムが可能になる。車と言うのは1台1万点以上の部品がある。人間にとっての設備はどうあるべきかを考えて工場を作っておりそれが高い品質つながっている。

工場内には「活力、感恩、創新」、「創新工場」などのスローガンが各所に貼ってあった。車種は、ヤリス、カムリ、ハイランダー、イーズ、レビンなど。

最終工程では人間の手で検査をする姿が印象的であった。ランプ、ハンドル調整、サイドスリップ、走行テスト、ブレーキの効き具合、排ガス、エンジンルーム、足回り、水漏れ、など。

人事総務の吉田副部長からお話を伺う。
この南沙区は自由特区でマカオや香港に近い。自動車工場が多い。日本からはトヨタ日産ホンダが進出している。いずれ中国のデトロイトにしたいという考えのようだ。
広汽とトヨタの50%ずつの合弁会社だ。社長は日本人だが副社長は中国人。部長と副部長もいる。それぞれ完全に同じ権限を持っているのが特色である。現在日本人は82人がマネージャークラスとして働いている。次第にプロパー化していくことになるだろう。採用については講習で80パーセント広東省で90パーセント。始まった当初は1600人ほどであったが現在は1万人になった。木や緑が多い公園のような工場となっている。販売と技術と製造が1つの会社にあるのが特色だから一体となって働いており、企画力や機動力が高い。社会貢献活動にも熱心で交通安全や植林、寄付学校建設などにも力を入れている。給与は大卒新人で手取り4000元程度。日本円では6万円ほどだ。係長クラスになると年収は300万円ほど。全体として日本の3分の1位のイメージ。





以下学生と教員からの質問の時間。答えを記す。

  • 日本の車はコンパクト感が大事。中国は大きくキラキラ感があり派手めなものが好まれるようだ。
  • すべてトヨタ上で判断してもらうために話し合いを根気づよく行っている。
  • 欧米系のメーカーは景気が悪くなるとすぐにレイアウトするが、トヨタは労使関係を安定させて、長期保証を考えている。また人材育成に力を入れているこのことがよく理解されてきてトヨタは学生の人気は上昇中だ。
  • 合弁ではあるが、意匠権、デザインはトヨタ側に権利があり、使用権限を与えている。
  • 市場調査も行っている。主にデザインのトレンドの変化。何をすれば良いのか勉強中。
  • 改善提案は1人毎月一件。1万人いるから年間12万件の提案となる。採用率も高く80%を超えている。
  • トヨタでは3分、一汽では3日、広汽では3ヶ月という言葉があるくらい時間がかかる。
  • 現地化のスピードについては日本人の半分位が販売や人事会などを担当しておりこの土門は長期的には減らせると思う。水産についてはやはりトヨタの力が必要でありエンジニアの需要は残ると思う。
  • 不良品の比率は0.02%と世界トップクラス。検査段階で1万台に二台という割合。
  • 海外では働き方の皮ある。日本と違って上司が少なく部下が10倍ほど多くなり、判断業務が多くなった。

以上、質疑も活発で、吉田副部長はゆったりとしているが、極めて率直に答えていただいて感謝したい。

広東財経大学から数年前に入社した女性と陳先生、黄先生がうれしそうに話をしているのが印象的だった。

大学に戻る。3時から5時半まで私の講義。90人ほどの学生と外国語学院の先生4人が聞く。呉先生、陳先生、黄先生、呉先生。

テーマは「図で考えれば、世界が見える」。


以下、終了後のアンケートから。

  • 講座を聞いて本当に感心。図でものを考えると言う発想はとても新鮮。この方法で今まで見えなかったことがいっぱい見えてくる気がする
  • 従来の常識と全く違う世界を開いてくれました。本質をつかむことができる。
  • 今までと違い、いっぷう変わったものを学びました。世間的常識を転覆した物事の学習方法を身につけたい。これからの人生設計を改めて図で表現してみたい。
  • 先生の図はわかりやすい、しかもかわいい。図解が色々な場面で使えることがわかった。江戸幕府についての説明はすらすらとされて感心。先生のゼミの中で中国韓国日本の学生に歴史について議論してもらいお互いを理解したというエピソードはすごく印象的でした。素晴らしいことです。コミニケーション能力を向上させるために図解の利用が欠かせないことがわかった。これは世界平和にもつながる。自分で図を描いてみたくなった。
  • 多摩大学で勉強したいからがんばります。
  • とても感動しました。1番印象的なのは人生についての課題でした。多摩大学に憧れました。
  • 普通の授業と違って体験の時間もありよかったです。
  • 多摩大での留学生活を思い出しました。
  • 複雑な概念等はこうして図解でわかりやすくしたいと思います。
  • 新しい考え方。
  • 今日の講座は忘れられない。複雑なものはやはり文章より図解がわかりやすい。
  • 機会があればもっと勉強したい。
  • この授業は素晴らしい。たくさんのポイントがあった。
  • いろいろ勉強しました。とても面白かった。図で考えると知識の理解が深くなる。
  • こうやって身に付けた知識を応用して新しい知識を創造したい。
  • 住宅選びの主なポイントの付き合い、とてもすばらしいと思いました。
  • 言葉と図解の組み合わせの方法はとても素晴らしい。
  • とても実用的な授業でした。
  • 何か面倒臭いことがあればまずは図でやってみたい。
  • 人生鳥瞰図をかくと自分の人生がわかる。
  • 図解に関する知識を中国のウェブに乗せていただければありがたい。
  • 図で考えれば本当に世界が見えますね。
  • すごい…の感じ。すごいと思います。
  • 図解は良い勉強法だ。
  • 今2年生。1年後にまた聞きたい。

終了後、呉先生と学食で軽い夕食。

19時半から21時まで樋口先生の公開講座に出席。テーマは「発信力をつける…書くことと話すこと」。

自慢せよ。自虐ネタを混ぜる。情報を混ぜる。これでアピールできる。
上司に対して反論する。凄いと思わせる。
小論文の書き方講座。800字。型を使え。
問題提起。…だろうか?。
確かに、…しかし…。
理由は3つある。そもそも…。
したがって、、、である。

終了後、内モンゴル出身の呉先生から誘われて夜の街へ出る。バートル先生、樋口先生、そして私の4人。53度の茅台酒を飲みながら楽しく歓談した。

終わって寝たのは12時。長い1日だった。

「名言との対話」9月13日。布施辰治。

  • 「生きんべくんば民衆とともに、死すべくんば民衆のために」「世の中に一人だって見殺しにされていい人類はいないのだ」
    • 布施辰治は1880年宮城県石巻生まれの弁護士。22歳:判事登用試験合格、宇都宮地裁、25歳:トルストイに傾倒、26歳:東京市電値上げ反対騒擾事件弁護、37歳:普選運動を始める、38歳:米騒動弁護、39歳:万歳事件、41歳:自由法曹団結成、42歳:借家人同盟結成、43歳:朝鮮に渡る、46歳:日本労働組合総連合会長、52歳:弁護士除名、60歳:プラカード事件、69歳:三鷹事件弁護団長、松川事件、71歳:公安条例廃止運動、72歳:血のメーデー事件、大阪吹田事件、73歳:内臓ガンにて死去。明治法律学校を卒業した布施辰治は、農民、労働者、借家人、朝鮮人という弱者の側に立って生涯にわたって活動を行った。
    • 高校2年生のとき、岩波新書の「ある弁護士の生涯」という本を読んで、布施辰治という人物の生き方に感動した。私はこの時点で進路に決断を下した。法学部に行って弁護士になろうと決心したのである。このときの姿を母は「朝の厨に貧しき人のため弁護士になると吾子は告げに来」と短歌に詠んでくれている。私はその後法学部に進む。しかし、結果的には弁護士にはなれなかったが、この人物と書物が人生の進路に影響を与えたことは間違いない。