中津で、ゆういっちゃん(樋口裕一)と思い出の場所を探訪

寂れた陸橋から、青々とした木の先に母校の豊田小学校の看板が見える。

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小学校時代の登校路。今は老夫婦が散歩。

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同級生の実家の家業が今なお健在。

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 ゆういっちゃんと待ち合わせて、中津名物の宝来軒のラーメンを食べた後、子ども時代に遊んだ「ごすてんのう」へ。

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祇園精舎の守護天神「牛頭天王」が、1868年に八坂神社に」改称。 

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この鳥居をくぐったのか。

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外からはこう見えていたなあ。

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 自宅で母と歓談。「上宮永四丁目物語」の取材。

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 中津名物のハモ料理を食べながら懇親。弟のともちゃんにも電話。

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 「名言との対話」4月15日。山本丘人「個性を強く生かしぬく人。それを深く掘り下げて行く人は、何よりも立派である」

山本 丘人(やまもと きゅうじん、1900年明治33年)4月15日 - 1986年昭和61年)2月10日)は、日本画家文化勲章受章者。東京美術学校卒業。その後松岡映丘に師事。1944年(昭和19年)東京芸術大学助教授、1947年(昭和22年)女子美術専門学校(現女子美術大学)教授に就任、多数の後進を育てる。

弟子である堀文子の丘人評。

「生涯、同じことを繰り返さない。立ち止まることの決してなお、驚くべき作家として存在」「よくしつけられた弟子をお供に、威厳のある雰囲気」「ずば抜けてスケールが大きい方」「統率力もあったし、あたりを圧倒する風情」「貪欲な方」「二度と同じところに安住しない姿勢のエネルギー」「天性の詩人」。

以下、丘人の言葉。

「絵画というのは全人格的行為であり、画家の全ては作品のなかにある」「個性を強く生かしぬく人。それを深く掘り下げて行く人は、何よりも立派である」「画家は不断が大事であり、毎日のライフが大切である」「歳月の影が折り重なって、芸(芸術)は円熟の境地に達するものらしい」「造形する者は「ゆっくりいそげ」と古人の言葉に教えられてききた」

箱根の成川美術館は成川實が20年間に日本画を4000点集めた美術品を展示する美術館であるが、山本丘人の絵は200点ある。そこで開催された「山本丘人と堀文子」展を見た。二人とも「同じものは描かない」という信念がある。丘人は表現の方法を新しく模索して、その作品は自らの心象風景として昇華していく。個性を強く、深く掘り下げて、優れた人格にまで結晶させた山本丘人。それは今なお健在の弟子・堀文子の評でもうかがい知れる。