「邪馬台」での連載14回目は、「団塊坊ちゃん青春記」の感想集で組み立て。

中津の文化総合誌「邪馬台」2017年夏号が届く。

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私の連載「読書悠々」も本号で14回目。今回は「団塊坊ちゃん青春記」に寄せられた感想を載せてみた。

「手前味噌ですが、今回は私の最新作を題材にしたいと思います。タイトルの「坊ちゃん」は夏目漱石を、「青春記」は北杜夫の「どくとるマンボウ青春記」を意識しており、そして「団塊」は私自身のことを意味しています。まことに僭越ではありますが、漱石の「坊ちゃん」と北杜夫の「青春記」を超えようという、自分をわきまえない野望を抱いてまとめたものです。「坊っちゃん」より痛快で、「マンボウ青春記」より面白い、自分ではそう信じています。

 この本の執筆は、30代の初めから「青春記」と題して、この中津が誇る総合誌「邪馬台」に書き始めたところから出発し、その後何度か書いた原稿が土台になっていますから、「邪馬台」から生まれた本ともいえます。

 内容は大学入学から結婚までを中心に描いたストーリーですが、著者自身が解説するよりも、読んだ人たちからもらった感想や書評を並べることによって、PRをしようとする魂胆です。感想をいただいた高校、大学、勤務先の人たちは、私の犯した事件の被害者たちでもあります。申し訳ありません!

彼らの温かい感想を読んで本書を読みたいと思う方があらわれれば、ようやく更正を果たした私の望外の幸せであります、、、、、、。」

拙著「団塊坊ちゃん青春記」の感想が届き始めた。 - 久恒啓一のブログ「今日も生涯の一日なり」

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「副学長日誌・志塾の風」170628

  • 学部運営委員会:教授会前の打ち合わせ
  • 金先生:SGS
  • バートル先生:モンゴル関係の読むべき本を貸してもらう。
  • 教授会:10時40分から始まり12時5分に終了。
  • 杉本係長:戦略会議
  • 北山さん:ゼミOB
  • 杉田先生
  • 理事長報告:多摩大出版。多摩大モデル。SGS。フットサル部サブコーチ、、、。
  • 就職関係打ち合わせ:中庭就職委員長・高野就職課長・杉田学部長。テーマは「質の向上」。意義のあるミーティングとなった。
  • 高野就職課長:就職関係の拙著を手交。

 

「名言との対話」6月28日。細井平洲「勇なるかな、勇なるかな、勇にあらずして何をもっておこなわんや」

細井 平洲(ほそい へいしゅう、享保13年6月28日1728年8月3日) - 享和元年6月29日1801年8月8日))は、江戸時代儒学者

名古屋から名鉄知多半島東海市太田川。そこからタクシーで細井平洲記念館に着く。平洲は14歳の米沢藩の次期藩主・上杉治憲の賓師となる。これが有名な上杉鷹山(1751-1822年)である。3年後に鷹山は藩主となる。鷹山は内村鑑三の「代表的日本人」でも西郷や中江藤樹などと並んで紹介されている。ケネディ大統領が鷹山を尊敬していたのは、この本を読んで鷹山を知ったからだ。また西郷隆盛が尊敬した人物としても知られている。平洲の弟子には寛政の三奇人として有名な高山彦九郎もいる。平洲の感化力は弟子を通じて時代と社会を変える力があった。

「すべて人を取り育て申すこころもちは、菊好きの菊を作り候様にはいたすまじき儀にて、百姓の菜大根を作り候様に致すべきことにござ候」(人づくりの要諦)

「学思行相まって良となす(学問と思索と実行が三つそろって初めて学問になる)」

「先施の心(まず自分の方から働きかけよ)」

平洲記念館の名誉館長は作家の童門冬二(1927年生)だったので驚いた。ビデオで童門は「平洲は鷹山にあなたは山の上の一本松だ。風当たりが強い。しかしあなたは幹である。幹がひっくり返ると枝もだめになると「勇」を説いた」と語っていた。改革にあたるリーダーに必要なのは風を受けて一人で立つ勇気である。