座間市の高齢者生涯学習学級「あすなろ大学」で講演。「人生100年時代を迎え撃つ、アタマとココロの革命を!」。受講者は130名。

座間市の調べ学習を基本とする高齢者生涯学習学級「あすなろ大学」の特別展「あすなろ大学展2019」での特別講座に出講。いわゆる「老後」の観念を変革するための人生観について示唆をいただきたいとの要請に応えた講演。あすなろ大学は30年続く素晴らしい活動で、座間モデルと呼ばれている、「ザマー見ろ!」(座間を見ろ)運動を提案してみた。

テーマは「人生100年時代を迎え撃つ、アタマとココロの革命を!」で、1時間半。本会場と映像と音声のサブ会場合わせて、市民も含めた130名の方々に聴いていただいた。

メイン会場。

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サブ会場。

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以下、アンケートから。

・目からうろこ。勇気をいただきました。

・「座間モデル」から、「座間を見ろ」は素晴らしい。

・あすなろ大学に入る必要性をしっかり感じました。

・面白かった。為になった。やる気になった。それでよいじゃないかと思った。

・図解は納得。

・鳥瞰というものの見方がよかった。「老いて学べば死して朽ちず」に納得。

・まだ実年期。今からでも遅くない。日誌をつけて8年、日記でなく心細かったが記録でいいんだと教わった。100年時代、これからが自由な学びの時間だ!面白かった。

・話が飽きずにとても楽しかった。

・「勉強することは他人の影響を受けること」、「理解・疑問・反論」に共感。

・とても面白かったです。先生の著作をぜひ読みたい。

・100年を生きる目標ができました。何事も自分で考えることが大事だと今更ながら思い知りました。

・図解の話は実践してみて大切さがよくわかりました。元気がでました。時間とは命の時間だと思っているので、お話をききながら大きくうなづいていました。

・「日記は続かないが、日誌は続けられる」

・すばらしいご講演ありがとうぎざいました。

人生100年時代の時間の使い方の指針を学びました。「ライフシフト」のリンダ・グラットンの特別授業を受けました。先生のお話はまた別な観点から人生100年時代について考えさせられました。

・80歳、誰よりも生涯学習をしてきた。今も年に100冊以上の本を買う。真実がみえる人間になりたい。親鸞に関心がある。

・図解を学び、「理解・疑問・反論」に自分で分けられるようになりたい。アタマとココロ、どちらも吸収することが多く、とても有意義な時間でした。

・人生、まだ時間が長い。目標・志を持って生きる!

・今日のお話を参考にこれからの人生を考えたい。

人生100年、まだ20年あり。今日のお話を自分史に活かせればよい。

・72歳。実年期の真っ最中です。大いに元気がでました。

・日本語ボランティアをやってます。楽しいお話をありがとうございました!「冷や汗」がたくさんでました。先生のファンになりました。本を探します!

・自分は実年期だと聞いて、活力を得ました。

・図をかくことで本質がわかる、の説明はよくわかりました。人生100年、新たなことに挑戦したくなりました。

・「少壮老死」、勇気をいただきました。「死して朽ちず」と考え学んでいきたい。これがこれからの命題。日誌を書くことあら時始めたい。

・現在やっている習いごとも「10年」を見据えてやっていけば、広く深く学べるだろうと感じました。自分の子供たちにだけでも自信をもって伝えられると思い、楽しくなりました。

・素敵な講演ありがとうございました。

・100年時代は嫌いな言葉でしたが、少し楽しくなりました。全く新しい考えで、面白い。日誌に書き、前日の献立等を思い出すのもいいかな。

・軽快な口調で、わかりやすくもあり、わからなかったところもあり。勉強すると自分がなくなるという話でしたが、一番本を読んでいると思いました。「死して朽ちず」の如く学んでいきたい。

・ビックリ!

・65歳で年退職。励まされました。

・日誌を書きたい。まだやることがあってよかった。

・79歳、もう一花咲かせよう。これから10年かけて頑張ってみよう。そうすれば人生は楽しい。

・今日のお話で、これからもより元気に人生を生きるために仕事をしたいと強く思いました。

・70歳、今から何かやれることがありそうだ。

・肯ける数々の見解、勇気をいただきました。

・違う地点から老後を見えるように思いました。忘れないようにしたい。

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始まる前の発表会を3件見学。鎌倉検定。遠野での田舎暮らし(レストラン。16年)。NHKチコちゃんに登場(牛乳の飲み方)。いずれも素晴らしい学習発表。

感想「男性が3分の2というのは素晴らしい。発表の内容のレベルが高い。あすなろ大学は修業年限があるのではなく期限のない修行の道場。ポスターセッションには図が少ない」。

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「名言との対話」2月8日。立松和平「心に木を植えましょう」

 立松 和平(たてまつ わへい、1947年12月15日 - 2010年2月8日)は日本の小説家

「宿題で書いた小説を先生が褒めてくださって、「これはいけるぞ」と調子に乗ったんです(笑)」。これが作家立松和平の原点だ。大学時代から小説を書き始める。大学を中退し、結婚する。インド放浪の旅を終えて、生活のために田舎に帰って市役所に勤める。それでも小説を書きたいと思い、「もう別に市役所とかいいんじゃないか、自由になろうと思った」。それはある意味の小さな悟りだった。そして腹をくくって書いた小説(遠雷)が賞(野間文芸新人賞)をとった。「悟りというのをまり重大に考えない、いまのわれわれが生きるためには、数知れない小さい悟りを大切にしていくというのかな」「やっぱり人生は、覚悟を決めないとダメなんだね」。

1986年からテレビ番組『ニュースステーション』のコーナー「こころと感動の旅」に出演し、その独特のトークで注目される。その旅の内容は『雲を友として こころと感動の旅』にまとめている。  『ニュースステーション』などのテレビ番組に出演した際は栃木方言を交えて喋っていたが、実際には標準語を普通に話すことができた。友人の作家・高橋三千綱に対して、立松は「テレビに出るときにはわざとああいう話し方するんだ。おれは三千綱と違って何か工夫しないと仕事こねぇから」と説明している。本名は立松ではなく横松だといいうことも含めて、この人にはユーモアと戦略がある。

立松和平は日本各地の寺を歩き、修行に参加し、仏教への旅、道元への旅を続けた作家である。1997年、『毒 - 風聞・田中正造』で毎日出版文化賞受賞。2002年3月、歌舞伎座上演『道元の月』の台本を手がけ第31回大谷竹次郎賞受賞。2007年、『道元禅師』で第35回泉鏡花文学賞受賞、第 5回親鸞賞。早逝が惜しまれる。

天明の大飢饉を描いた『浅間』についてのスピーチでは文学の使命を語っている。「人は生きているかぎり最後の生命力をつないでいかなければならない。災害にみまわれた時に最後の生命力をつないでいけるような、そういう物語をつくりたいと思いました。希望は語らなければならない。絵空事ではなく、ひとつひとつ「生」を積み上げていって、登場人物が生きられるようにできる、それが文学の力だと思います」。文学の使命は生きる人々への励ましなのだ。

五木寛之との対談集『親鸞道元』を書き読むと、立松は「心に木を植えましょう」という話をよくしていたいう記述がある。「植林は今の時代を生きる人間の未来に向けての布施であり、木を一本植林することは、2本植えることなんですよ。実際に地球に1本ともう1本はその人の心に植えているんですよ」。人はなぜ布施をするのか。何かひとついいことをすると、自分の心にも同じいいことが残るからだ。この説明には納得できる。本日の座間市の高齢者学級での講演も同じだ。相手の心に響く話をするとこちらにもいい種が宿る。いいことをしよう、そうすれば自分にもいいことが起こる。

親鸞と道元 (祥伝社新書)

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