山際寿一『ゴリラからの警告-人間社会、ここがおかしい』(毎日新聞出版)を読了。
「ゴリラの国へ留学してきた」霊長類学者が語る現代社会への示唆に富んだ警告の書。外国へ留学すると自国のことが見えるが、このことは動物とヒトの世界でも同じことのようである。現在、京都大学総長の職にある人の「ゴリラの国の留学記」は示唆に富んでいる。
総長になって、「大学とは何か」と考えた著者は、熱帯雨林のジャングルだととらえる。地上で最も生物多様性の高い生態系がジャングルであり、大学は多様性と創造性の高い場所だ。教授陣は猛獣である。その猛獣たちが生き方を全うできるようにするのが総長の役目だとする。豊かな太陽光(社会の支持)と水(資金)を得て、「窓」を開けて外の世界との往来を支援する。そうすることによって、未来を拓く場にしていこうと語る。山際の座右の銘は「ゴリラのように泰然自若」だ。
人間は動物である。人間は言語を用いた特殊なコミュニケーション力を持った動物である。それが一番大事なメッセージだ。
食事(個食):食事の持つコミュニケーション機能の役割を忘れている。サル社会に似た閉鎖的な個人主義社会になりつつある。
住居(マンション):人間関係を規定し、個人や家族を隔離し、社会のつながりを分断している。
家族:インターネットで見えない他人を優先。家族の崩壊は自己アイデンティティの危機。人間は自分が属する集団に強いアイデンティティを持ち、尽くしたいと思うこころがある。他者に示す高い感能力を失い、利己的社会になっていく。
脳:集団のサイズが大きいほど脳が大きくなる。現代の人間の脳に対応する集団規模は150人。
ロボット・AI:動物であれば自分も動物であることを実感する。ペットロボットは、不平・不満を言わない。この違いは大きい。人間のロボット化が進行する。
笑い:顔の表情は顔を合わせることでつくられる。人間の証明。和をもたらす。
老年期の延長という新しい特徴:老人たちを集団で扱うことはできない。老人は個性的な存在だ。老いの内容がそれまでの人生の過ごし方によって大きく異なる。
日常:人を顔を合わせ、話、食べ、遊び、歌うことに時間を使うべきだ。それが信頼でつくられるネットワークである社会資本を形成する。頼れる人々の輪が社会資本。敵意はともにいる時間によって解消できる。
教育:世界で活躍するためには、学力、体力に加えて、確かな世界観と五感をフルに働かせる直感力が必要だ。アートとサイエンスは他者と違う発想が必要だ。技術偏重ではなく、アートの心で垣根を越え、新しい常識を生み出すサイエンスが求められる。今の日本に必要な国際化とは、日本の文化や考え方の国際理解を図ることだ。
道徳:恥と罪を意識する共同体が道徳の前提。道徳の低下は本人が孤独になった証。
武力:人間が仲間に武器を向けたのは人類の進化700万年のうち、1万年前に農耕が始まってから。暴力とは別の手段で紛争を解決すべきだ。
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「名言との対話」8月24日。谷川健一「独創的な大きな仕事をした者はみんな独学者です」
谷川 健一(たにがわ けんいち、1921年7月28日 - 2013年8月24日、満92歳没)は、日本の民俗学者、地名学者、作家、歌人。
熊本中学、旧制大阪府立浪速高校、東京帝大文学部。熊本水俣で結核療養。31歳で卒業。平凡社に入社。35歳、柳田国男、宮本常一に出会う。42歳、月刊『太陽』創刊編集長。45歳、処女小説『最後の攘夷党』で直木賞候補。46歳、平凡社を退社し、民俗学の道に進む。沖縄から始まり日本全国を歩く。60歳、川崎市に日本地名研究所を設立し初代所長、以後亡くなるまでつとめる。66歳、近畿大学文藝学部教授。70歳、南方熊楠賞。80歳、短歌研究賞。86歳、『谷川健一全歌集』、文化功労者。88歳、新年歌会始で召人。92歳、全集完結。
「私は最初の頃小説を書いていたのですが、小説では自分を満足させることができない。私は民俗学によって人間性に肉薄することができると思い、民俗学に進みました」
在野の研究者ではあったが、「まれびと」の折口信夫と「海上の道」の柳国国男の衣鉢を継ぐ日本民俗学の後継者となった。その谷川は「民俗学とは神と人間の交渉の学である」と定義している。、、民族学は空間の学であるのに対し、民俗学は時間の学である。日本は、群れと事大主義が特徴であり、火がつくと一瞬にして違い立場が消えて一緒になってしまう、島の思想である。「地名は大地の表面に描かれたあぶり出しの暗号である」とし、過去と現在を繋ぐ伝導体としての地名研究に同一、同種の地名を集め、比較・対照し、意味と由来を確定するという方法でいそしんだ。
谷川は『 独学のすすめ――時代を超えた巨人たち』で、南方熊楠、柳田国男、折口信夫、吉田東伍、中村十作、笹森儀助の在野精神を紹介している。
「権威主義の学問はいずれにしても硬直をまぬかれません。それは知識の死滅につながります。そこに生気をあたえてよみがえらせるためには、在野の精神が必要なのです。またアカデミズムが眼をむけなかった分野へのあくことのない好奇心が求められるのです。そうした未知の世界に進むには、既成の尺度は役に立ちません。そこでは独創の精神が不可欠です。独創ということに焦点をあてると、独創的な大きな仕事をした者はみんな独学者です」「たえず先へ先へ進むのが独学者の精神ですから、社会的評価というのは、独学者にとってはある意味で邪魔でもあるわけです。ほんとうの独学者というのは、それを無視できるわけです」。
自称「晩成の鈍才」は、独学故に学会では正当に評価されなかったが、実は知の巨人であった。谷川の膨大な著作のほとんどは雑誌に発表したものの再録でできている。『谷川健一全集』24巻、『谷川健一著作集』10巻は、生前に完結しているのは見事としかいいようがない。谷川健一の膨大な仕事は、46歳で勤めを辞めてから本格的に始めたものであることに驚く。柳田国男も48歳で役所を辞めて独学で民俗学に没頭していった。始めるのはいつでも遅くない。独学の精神、在野の気概で、自らのテーマを追いかけよう。
- 作者: 河出書房新社
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