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仙崖

仙崖(1750-1837年)。
1750年美濃生まれ。臨済宗古月派。39歳、博多の聖徳寺(栄西が建立)の住職。56歳、湛元が弟子に。宝満山、彦山に登る。88歳、米寿、死去。2000点に及ぶ作品。

40代、習画期。布袋画賛。
62歳、隠棲してから本格的に絵を描く。「書画を通して禅を広める」。型破り、滑稽味。博多の仙崖さん。重責から解き放たれて各地に遊び、市井の人々と交わり、語録を執筆し、書画制作に本格的に取り組む。
73歳、「崖画無法」を宣言。自身の画には他の作品のように一定の法がない。自由度が増した。

「○△□」
この作品のコピーを購入すると、実際は□△○の順番に次第に墨を濃くしながら描いていることがわかる。

  • □が天台宗、△は真言宗、○が禅宗
  • 神道儒教仏教真言宗禅宗。円満完璧な教えが禅宗。「即心是仏」の悟りの境地に対応)
  • □は地、△は火、○は識。
  • □は修行以前、△は修行中(自身)、○は修行の成就。
  • この作品の英訳を仙崖の弟子と自称した鈴木大拙は「ユニバース(宇宙)」とした。出光佐三「宇宙を表した作品」。○はゼロ・無限、△は閉じた形を示して一つ、□は△が二つ合わさったもので多数。宇宙そのもの。□の現実的世界から○という絶対無へと時間をさかのぼる。

三聖画賛
神道儒教仏教は大同小異。同じことを説いている。

三徳聖図
三教を三段に分けて比較し、異同を詳述。図形を交えながらそれぞれの要点を簡略にまとめた。互いに関連づけられる。内容はほぼ同じと示した。

円相図
茶を好む者は茶を薦め、図を好むものは図を作る。これが親子の道であり、それを天性と呼ぶのだ。

あくび布袋図
年をとってしまったが、まだやり残した仕事を山ほどある。新しい一日が来た。もう一がんばり。

双画画賛(出光佐三最後の蒐集品)
鶴は千年、亀は万年。我れは天年。

自戒五か条
欲を出さず、慎み深く、身分の尊卑にとらわれず、位階などに左右されず、公の事は不必要に論ぜず、人の短所を云々して悪口なども語らず。

気に入らぬ風もあろうに柳かな
よしあしの中を流れて清水哉
うらめしや 我が隠れ家は雪ちんか くる人事に 紙置いて行く

老人六歌仙画賛
、、、、、、、
聴たかる死にともなかる
淋しかる心か曲る欲深くなる
くとくなる気短になる
愚痴にになる
出志やはりたかる
世話やきたかる
心かひかむ欲深になる
又しても同じ噺に子を誉る
達者自まんに
人はいやかる

「名言との対話」10月04日。

  • 「すでに君が身につけている技術を充分発揮するように努力しなさい。そうしているうちに他のわからないこともわかってくるよ。」
    • 近代オランダが生んだ光と影の画家・レンブラント。1606年オランダのライデン生まれ。25歳、アムステルダムへ移住。28歳、結婚。長男・長女を設けるが死亡。30歳から36歳、栄光の頂点を極める。ダ・ヴィンチはライバルとして意識。集団の非対称性。36歳、妻(サスキア)が死去。50歳、破産。英蘭戦争でオランダの港が閉鎖されアジアとの貿易に大打撃があり破産した。63歳、死去。
    • 作風は、うす暗い画面に明るい人物をおき、光と影との対比によって精神的深さを表現。 現存する作品は油絵600点、エッチング300点、素描千数百点、聖書的題材が多いが、妻をモデルにしたものや自画像も沢山残し、風景画、静物画あらゆる分野にわたっている。1636-50 ダナエ」1642 「夜警」1655 「ティトスの肖像」1668 「ユダヤの花嫁」。
    • 誰も真似が出来ない言われた版画の細密さに驚いた。和紙を使った版画。この和紙は長崎出島からオランダへ。和紙は少しの力でインクを吸い取る。版の摩耗を防ぐ。和紙刷は豪華版。
    • 詩人の谷川俊太郎は「フェルメールは詩に近く、レンブラントは散文に近い印象」と述べている。17世紀オランダで活躍した大画家・レンブラントの不思議な深さと悲しさには、ユダヤ人との交流の影響があるという。スペインやドイツを追われたユダヤ人が17世紀の共和国オランダに集まっていたのだ。
    • 今持っているものを使って、進みながら、改善を繰り返すようにしていく。頭で考えているだけでなく、実際にやってみれば、気づかなかったことも見えてくる。それが可能性を広げてくれる。レンブラントは天才を思うがままに発揮した人というより、漸進しながら成長していった人だったのではないか。