寺島実郎「世界を知る力」(7月)ーー「円安バブルの本質」「日米中トライアングルの視界」

寺島実郎「世界を知る力」。

円安バブルの本質:釣り天井経済の危うさ。

  • 1990年の日本(バブル):世界GDP比14%。円ドルレート144.8円。日経平均29475円。実質賃金はプラス2.5%。企業業績好調(1995年がピーク)。
  • 2022年の日本(円安バブル):GDP比4%(1950年は3%)。円ドルレート140円前後(2012年70円台から半減)。日経平均32000円(公的資金:日銀ETF・年金基金GPIFで計230兆円を投入。加えて相対的安さで外国人が買っている。実質賃金はマイナス0.9%で国民は潤っていない。企業の利益は急増だがこれは営業外利益(海外利益の配当が円安で水膨れしているに過ぎない)。営業利益(本業)はそれほど伸びていない。人件費と設備投資は横ばい。配当金(外国人・物位株主)と内部留保は増加。
  • 企業の市場評価を示す株式時価総額アメリカのITビッグ5(データリズムのプラットフォーマー)は9兆ドル(1267兆円)。アップルは3.1兆ドル(431兆円)。日本の1位のトヨタ37兆円でアップルの10分の1以下。2位キーエンス16.5兆円、3位ソニーG16.4兆円、4位三菱UFJG13.5兆円、5位ユニクロ11.7兆円、6位NTT10.5兆円、7位KDD10.2兆円、8位オリエンタルランド10.2兆円、9位三菱商事10.0兆円、10位ソフトバンク10.0兆円。経団連会長を出すクラスの日立8.3兆円、日鉄3兆円(トヨタの10分の1・アップルの100分の1)。三菱重工2.3兆円、東レ1.3兆円。日本は工業生産力モデルから生活の安定のためのファンダメンタルズ(エネルギー、食糧、水、防災、、)に切り替えるべきだ。

 

日米中トライアングの視界。

  • 「米中対立」というが本当か? それは選別的対立だ。二極対立(ロシア・中国陣営と民主主義陣営の二極論)に陥ってはいけない。日米中トライアングルとしてとらえるべきだ。
  • 米中の貿易は増え続けている。2022年の貿易総量は7000億ドルで史上最大であり相互依存は深まっている。中国はブーメラン輸出(蜜月時代の投資からのリターン)。アメリカは農産物輸出。対称的に日中貿易は減少。ここ1カ月のウリンケン国務長官やイエレン財務長官の訪中など米中は決定的対立は避けている。デカップリング(切り離し。分離)ではなくデリスキング(リスクを避ける)方向。

日米中関係の近代史。

  • 1「空白の時代」:大西洋から太平洋に到達(1848年メキシコからカリフォルニアを割譲)。1853年のペリー来航から45年間は空白(南北戦争)。ハワイの併合を経て1898年の米西戦争アメリカはフィリピン、グアムを領有。日本は維新後1894‐5 年の日清戦争勝利で帝国主義国家として登場。日米は遅れてきた帝国主義国家として同時のタイミングで中国に進出することになった。
  • 2「日本と米中の争いの時代」:アメリカは中国を応援。「反日親中」の世論を率いたヘンリー・ルース(1898-1967。メディアの帝王)のタイム、フォーチュンなどによるメディア戦略、フライングタイガー(空軍の義勇兵パイロット)の支援による世論。日中戦争(1937-1945年)。日本は米中連携に破れた。
  • 3「中国が二つに割れた時代」:1949年毛沢東の中国の誕生。台湾に逃れた蒋介石支援のアメリカは日本を反共の砦として復興させ、日本は高度成長をとげる。
  • 4「米中蜜月時代」:1972年のニクソン訪中でアメリカは台湾を切り捨て。1990年日本脅威論。日米再戦争論オバマ政権は中国の近代化支援。1989年の天安門事件でも沈黙した。1997年のクリミア危機、2008年リーマンショックで中国依存が強くなった。
  • 5「米中対立の時代」:習近平の登場で警戒感。先端技術を巡る技術ヘゲモニー争いという選別的対立。すでに日本脅威論はない。トランプは中国を競争者とみていたが、バイデンは挑戦者と見ている。

歴史の教訓と今後の課題。

  • 日米関係は米中関係である(松本重治)
  • アメリカは東アジアの分断統治が基本。日中を分断させる。日本はアメリカの管理下にあるのが望ましい(中国も同様)。
  • 日本:中国周辺国ー自立の時代(江戸)ー優越感(日清戦争)ー敗北(大東亜戦争)。日本は米中対立を喜ぶ心情がある。
  • 米中は大国主義的傾向。日本は適切な距離感をとることが重要だ。先人がどう向き合ってきたかを学ぼう、次回は先人の見識に学ぶ。

付録:100歳以上9万人。80歳以上1250万人。高齢者の社会参画(教育、子育て、、、)が重要。

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「名言との対話」7月17日。アダム・スミス「人間は仕事がないと、健康を損なうばかりでなく精神的にも退廃する」

アダム・スミス(1723年6月5日(洗礼日) - 1790年7月17日)はイギリスの経済学者、哲学者。「経済学の父」と呼ばれている。スコットランド出身で、グラスゴー大学で道徳学を学び、オックスフォード大学に入学後退学。エディンバラで修辞学や純文学を教えたのち、グラスゴー大学で論理学教授、道徳哲学教授に就任。52歳で『国富論』の執筆に取り掛かかり、故郷に引きこもって6年間かかって、この畢竟のライフワークの執筆に専念した。心身共に衰えるほどに全力を注いだ。67才で没。

1スミスは18世紀の欧州の封建制度重商主義は社会の繁栄をもたらさないと批判した。万人が自由に活動することが、結果的に価格を調整し、経済の発展を促すというサイクルが存在する。それを「神の見えざる手」と呼んだ。自由な競争社会では、市場価格は時間の経過とともに、万人が納得できる水準である自然価格に落ち着いていく。そのために、国家は国防や、正義を担当する司法など最低限の体制で自由競争経済を保護しなければならない。「国富論」(諸国民の富)では、自由競争こそが国を富ませると主張した。自由放任主義経済が合理的としたアダム・スミスは、古典派経済学の創始者となった。

「利己心の発揮は見えざる手を通じて社会の利益を増大させる」「社会の利益を増進しようと思い込んでいる場合よりも、自分自身の利益を追求する方が、はるかに有効に社会の利益を増進することがしばしばある」。

その後、リカード経済学、マルクス経済学などが登場するが、ケインズは予定調和ではなく、政府による有効需要の創出による景気の制御を提言し、1929年の世界大恐慌以後のアメリカ、イギリスを始め、世界の経済政策を主導しており、現在の資本主義を標榜する国々の経済政策は、その流れの中にある。

道徳哲学の教授でもあったスミスは「倫理観が欠如すると資本主義は暴走する」という恐れを抱いていた。この点は現在の世界で跋扈する「売り抜く資本主義」を予言していたともいえる。

スミスは同僚の大学教授が怠けているのをみて、教師の収入を受講生の数に依存するように自由競争にすべきであると主張しているなど、根っからの自由主義者であった。

スミスの幸福論を聞こう。「健康で、借金がなくて、しっかりした意識があるという幸福以外に、いったい何が必要だというのだ」。肉体的自由、経済的自由が土台となって、精神的自由という幸福が得られると解釈しておこう。豊かさとは、自由の拡大のことであるという私の主張と同じである。

冒頭の言葉には真実がある。仕事を「テーマ」と読み替えてみたい。生涯を通じて挑むべきテーマがあれば、肉体的にも精神的にも健康でいられる。なければ、どちらもおぼつかない。定年のある職業を終えるとき、スミスの言葉に心すべきである。