経営学者・野中郁次郎先生(1935年5月10日 - 2025年1月25日)が亡くなった。
早稲田大学政経学部卒。富士電機製造で労務を皮切りに勤務、経営学がアメリカからきていることがわかりカリフォルニア大学バークレー校経営大学院に留学し、博士号を取得。帰国後は南山大学を経て防衛大学校教授。
1980年代。1982年に一橋大学教授。1984年、日本軍の研究でベストセラーになった共著『失敗の本質』を刊行。「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた日本企業の成功を多くの部門が一体となって開発をすすめる「スクラム」と命名した。アメリカシリコンバレーのソフトウェア開発に取り入れられた。
1990年代では経営の本質を知識の創造だとする「知識創造経営」、「ナレッジマネジメント」を提示する論文や著書を発表。それは経営を「暗黙知」と「形式知」の循環とする理論だ。英語の著者はドラッカーが「現代の名著」と絶賛した。
2000年代では、「知識創造経営」の理論と実践に邁進する。最近著は『二項動態経営』。
2003年に「数字やデータの奴隷にならないために、人間としての野生を育てなければならない」と日本企業の再起を促した。
私はJALで労務を担当していた30代に『失敗の本質』を読んで、ビジネスマン勉強会「知的生産の技術」研究会で、共著者の村井友秀さんをお呼びしたことがある。また広報部時代に、社内報の企画でインタビューをしたこともある。
2002年に刊行した『図で考える人は仕事ができる』(日経)を契機に、自動車、製薬など多くの企業に呼ばれて講演や研修をしたが、ほとんどの企業は野中理論を信奉していた。彼らはその理論の方法論を渇望していて、「図解コミュニケーション」に関心をもったということだった。以上のようにたどってみると、随分とお世話になってきたと思う。
暗黙知から暗黙知(共同化)、暗黙知から形式知(表出化)、形式知から形式知(連結化)、そして形式知から暗黙知(内面化)、というスパイラル・プロセスによって、知識が創造されるという野中理論を、「図解コミュニケーション」という方法で実現しようとしたとの位置づけと考えている。
企業の現場を経験した野中郁次郎先生が私たちの前に現れたのは、『失敗の本質』の共著者としてだった。すでに49歳になっていた。それからは日本経済の絶頂期の企業経営を解明し、勇気を与え、世界に通用する経営学者となった。野中郁次郎は遅咲きであり、晩成の研究者人生であったのだ。
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以下、私のこのブログで、野中郁次郎先生のことを書いた記録を追ってみた。
2019年9月19日。日経の野中郁次郎先生の「私の履歴書」は毎日楽しみにしている。名著『失敗の本質』ができあがる経緯を読むと、防衛大学時代を含めこの共同研究は4年かかっている。完成しベストセラーになったのは、49歳あたりだ。この本はもちろん私も読んで感銘を受けて、共著者の防衛大学の村井友秀先生を知研でお呼びしたことがある。当時私は客室本部の労務担当であった。大組織の運営に苦心していた頃で、日本の軍隊、とくに海軍の人事制度などを研究していていた。尊敬する上司がこの本を勧めたとき、講演を企画して聞いたとの返事をしたことがある。後にこの時のことが話題になった時「もう、君には何もいうまい」と思ったといわれたことを思い出した。経営学の 碩学・野中先生は現在80代半ばだろうが、今なお健在だ。大活躍は50代に入ってからになるのは意外に遅い。
2019年9月7日。今日の収穫。野中郁次郎(日経新聞「私の履歴書」。米国の経営学の概念を受け売りする日本という関係は、残念ながら今もあまり変わらない。、、、。日本の経営学は一言でいえば「解釈学」に終始してきた。海外の学問を紹介し、解釈するおが学問だとされてきた。できあがった理論や手法を「ハウツー」として吸収するばかりで、日本からはなかなか面白い概念が出てこない。、、、、、、近年ではROE(自己資本利益率)経営が典型で例で、最近は内容をよく理解しないままにSDGs(持続可能な開発目標)経営とみんなが口にする。もう海外の模倣はやめよう。
2012年7月4日。人間学を学ぶ月刊誌「致知」の8月号に高名な野中郁次郎先生が、牛尾治朗氏と対談している。日本企業の躍進の本質は知識創造にあるという野中郁次郎の現在の考え方(原発事故調査に参加)がよくわかるので、大事な部分をピックアップしてみた。野中先生にはJAL時代、一橋大にインタビューに伺ったことがある。飾らないフランクな人柄だった。
- 暗黙知は、、、日本では西田哲学以来、身体知と表現され重視されてきました。
- 私たちは、対話などを通じて暗黙知を表に引き出し、それをスパイラルに発展させて組織的な知に増幅していくこと、すなわち暗黙知を形式知に変えていくことで組織全体をクリエイティブにし、社会全体を豊かにしようと提唱しています。
- 知識をどう創り出すのかという知識創造理論の体系化に取り組んでいます。
- 言葉にならない暗黙知を客観的な形式知に変換する時には、様々な個別具体の経験を綜合して、その背後にある本質を洞察しなければなりません。そこでリーダーには教養が必要になります。教養というのは物事の関係性を人間を基盤にして洞察する知ですから、パッパッと関係性が見えるんですね。個別具体の経験から本質をえぐり出す言葉、概念にする能力が非常に問われるわけです。そういう意味で、新しい視点を持った言葉というのは暗黙知を触発するんです。
- 関係性を紡ぐという能力
- 部分から全体像を導き出すだけでなく、全体から部分を観ることも必要で、そういう綜合力はなおさらトップ一人の力だけでは賄いきれません。上下に働きかけるミドルの力を総動員する必要があるのです。
- 新しい状況を乗り越えるためにも、知の綜合力を絶えず練磨していくようなリーダーシップというものが求められていて、、、アリストテレスの「フロネシネ」に求めたわけです。、、賢慮ないし実践知と訳すんですが、要するに暗黙知と形式知のスパイラルに基づいて現場で適切な判断を下すことができる実践知のことです。
- フロネティック・リーダーシップを発揮するためには、六つの能力が重要。 1.「善い」目的を創る能力 2.場づくりが上手いこと 3.ありのままの現実を直視する能力 4. 直観の本質をきちんと概念化する能力 5.概念を実現する政治力 6.1から5を組織で共有する能力
- 他者と文脈を読み合いながら知を動員するという対話能力
- ありのままの現実の背後にある本質を洞察しながら知を結集して、新しい概念なりパラダイムをつくっていく能力
- イマジネーションとかジャッジメント能力というのは企業人のほうが遥かに優れているのではないかと思うんです。
- 優れた人材が分野をこえて集まる場をどんどんつくっていくことが重要だと思います。
- 信念という暗黙知をもっていないと、その人の発する言葉に言霊は宿らない、、
- 日本をリードしていくのはやっぱり企業人だと私は思うんです。、、、やはりこれからは民間がもう少し政治に関心を持ってコミットしていくべきだと思いますね。
- (綜合プロデューサー的な能力)は、修羅場を経験することで磨かれるのだと私は思います。
- 天命を受け入れつつ、それを超える人間の自由度、何パーセントかは分からないけれども、そういう創造的、弁証法的な考え方がやはり必要です。その際に、、オプティミズムを持っていないと、、
- オプティミムズを根底に、実践のただ中で何がgoodかという試行錯誤を無限に続ける。真理はあると信じて行動することで未来は開けてくると思います。
2009年2月16日。本日発売(2月21日発行)の週刊ダイヤモンドから連載が始まる。4週間の連載。「学び直しの5冊--図学の理論 知的生産の効率を向上させる基本技法のべースとなる理論」(選・評 久恒啓一 多摩大学経営情報学部教授)
- 梅棹忠夫「知的生産の技術」(1969年)は、「知的生産とは頭を働かせて何か新しいことがら--情報--を人にわかる「形で示すこと」と図学の基本的な視点を提示した。
- 川喜田二郎は「発想法 創造性開発のために」で、集団での知的生産の可能性を明らかにした。
- 松岡正剛著「知の編集術」も必読の書。情報を創発するには、編集とデザインの両方の技能を個人が備えるべきであるとし、、、、
- 野中郁次郎の「知識創造の経営 日本企業のエピステモロジー」は、、、知の創出モデルの基本のキとして理解しておきたい。
- 拙著「図で考える人は仕事ができる」は、野中理論の実践的な方法論を探った本だ。
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野中先生にはビジネスマン時代、社内雑誌のインタビューでお会いしたことがある。当時、野中理論が企業にいる自分の実感とあっていたため、企画を進めた記憶がある。国分寺の一橋大学の研究室で野中先生はひょうひょうとして持論を展開し、気さくな人柄に尊敬の念を抱いた。野中先生は、その後も精力的に研究を進められており、日本の経営学の大きな山脈を形成しつつある。
ナレッジマネジメント論では、知識創造の源は組織を構成する人間の知であり、その人間知を言語によって表現される形式知と、言語では表現されていない暗黙知に分けている。この暗黙知は、一人ひとりの経験を基盤にした個人が持つ知識であり、信念、直感、価値観などを含んでいる。この形式知と暗黙知の相互作用とスパイラルな発展が知識創造のカギであり、イノベーションの源泉であるという主張をしている。
では、ナレッジ獲得のために、暗黙知から暗黙知(共同化)、暗黙知から形式知(表出化)、形式知から形式知(連結化)、そして形式知から暗黙知(内面化)、というスパイラル・プロセスをどのような方法や技術で歩んでいくか。これを従来は文章を中心にやってきたが、図解コミュニケーションを用いるべきだというのが私の考えだ。
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「名言との対話」1月27日。室伏稔「1つの目標 2つの信念 3つの基本姿勢」
室伏 稔(むろふし みのる、1931年9月22日 - 2016年1月27日)は、日本の実業家。伊藤忠商事社長。日本政策投資銀行社長、日本貿易会会長を務めた。享年84。
静岡県出身。東大法学部卒。伊藤忠商事で活躍した。日本経済新聞の室伏稔の「私の履歴書」は、ビジネスマンが共感を覚えたようでよく読まれた。
元大本営参謀で上司であった瀬島龍三から日常業務で指導されたのは、「報告書は必ず紙1枚にまとめる」「結論を先に示す」「要点は3点にまとめる」であった。「どんな複雑なことでも要点は3つにまとめられる」が瀬島の口癖で、物事の本質を見極め整理する習慣を身につけさせてもらった。そして「用意周到、準備万端、先手必勝」という姿勢で徹底的に準備をしてから事を始める、相手に先んじることが必勝への道という教えを受けた。
「企業は建物でも、決算書でもない。人である。人と人がつくる社風こそ企業を支える無二の資産でありそれが企業を発展させたり、衰退させたりする」という考えの 室伏は社長就任時には、「各人は必ず、Agenda(課題)を持ってほしい。すなわち、自らに課題を与え、Nothing is impossible の精神でやり遂げてほしい」と語り、「1つの目標。2つの信念。3つの基本姿勢」を打ち出した。
1つの目標とは「国際総合企業の実現」。2つの信念とは、「Why not ?」「Noting is impossible」(なせばなる))「More Like CI」(より伊藤忠らしく)。3つの基本姿勢とは「グローバルな視野に立った経営」「総合力を発揮する経営」「やる気の出る経営」である。
室伏稔はトップに立った時に、「1つの目標 2つの信念 3つの基本姿勢」というわかりやすいメッセージを発して現場を鼓舞した。用意周到に考え抜ういた上で、要点を3つにまとめる、というビジネスの修羅場で学んだ姿勢を貫いたのであろう。
後任社長の 丹羽宇一郎の「清く、正しく、美しく」、そして小林栄三の「Challenje,Create,Commit」も奇しくも3つの言葉を並べたものだ。小林の次の米倉功社長も、「二訓・三省・四革」という数字を連ねた考え方の表明はわかりやすい。二訓:1.現状維持はすなわち脱落である。2.稼ぎに追いつく貧乏なし。三省:1.損切りせよ。2.情報は活かして仕え。3.リスクに対しては計算して挑戦せよ。四革:1.意識改革。2.業務改革。3.制度改革。4.構造改革。
伊藤忠商事は2016年3月期決算で、当期純利益2404億円を計上し、伝統と実力のある三菱商事や三井物産を抑えて商社ナンバーワンになった。この快挙を率いたのは、2025年1月の日経の「私の履歴書」を書いている岡藤正広社長だ。この人も「か・け・ふ」経営を標榜している。『稼ぐ』『削る』『防ぐ』の頭文字。ここでも3つである。2021年3月。伊藤忠商事が、純利益、株価、時価総額の3つの指標で業界トップとなる快挙を成し遂げている。
企業にもDNAがある。伊藤忠兵衛が創業した伊藤忠商事は、忠兵衛が招いた瀬島龍三の影響を受けた歴代社長の織りなす、活性化した社風の継続によって財閥系の三井、三菱をしのぐまでになった。継続は一大勢力を形成していくのである。
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