漱石山房記念館

夏目漱石記念施設整備便り ともに創ろう、漱石山房記念館」第5号が届く。

整備基金に寄付をした人に届くチラシ。3月15日現在で1億225万5千円(2031件)の寄付が集まったとのこと。資料収集のために使われる。

2017年9月24日開館。新宿区早稲田(東西線早稲田駅より10分)。書斎・客間・回廊など家屋の一部を再現する。書斎の広さは8畳と10畳の2説がある。漱石山房は1945年5月25日の空襲で焼失。

  • 昼食:新宿の京王プラザホテル樹林でJAL広報部時代の上司・柴生田俊一さんと久しぶりに会食。懸案の「地球歳時記」をめぐる出版のアドバイス。連載「斉藤茂吉と柴生田稔(茂吉の高弟。俊一は長男)」。、、、、、、。「青春記」「万葉歌の世界」「遅咲き偉人伝」をお渡しする。
  • 午後:荻窪の日本地域社会研究所の落合社長を訪問。「偉人の命日366名言集」の編集。出版セミナー。空家博物館構想。杉並文化人(井伏鱒二太宰治、、)。、、、、。
  • 夜:例によって「スタートトレック」。

 

「名言との対話」3月29日。羽仁五郎。「自分の国だから我々は日本を批判するのだ。批判するのはよりよい日本をつくるためなのだ。批判の無いところに未来はない」

羽仁 五郎(はに ごろう、1901年明治34年3月29日 - 1983年(昭和58年)6月8日)は、日本歴史家マルクス主義歴史学歴史哲学現代史)。参議院議員日本学術会議議員。

自由学園創立者羽仁もと子の長女説子は教育者だが、結婚した相手の森五郎はが後のマルクス主義者であり一世を風靡した羽仁五郎である。その子供は映画監督の羽仁進であり、その子供が1964年生れのジャーナリスト・羽仁未央である。時代の先駆者として啓蒙的な人々が多いのが特徴である。

「『愛国心という言葉は悪党の最後の隠れ家』とは英国の哲学者の名言だが、『法と秩序』は腐敗政治家が人民の批判を非合法視するときの常用句だ。法と秩序と言い、法治国家と言うが、その実態は警察国家なのだ」

「言論の責任を取ることになってくれば、言論の自由なんていうものは保証できないんですよ」

私は大学時代「都市の論理」という羽仁五郎の著作に親しんだことがあるが、卒業後「知的生産の技術」研究会の講師としてお呼びして謦咳に接したことがある。冒頭の言葉には、「無批判に日本の良さなどと言うのはナルシズムだ。鏡の中の自分の顔をながめていい気分になっているような馬鹿と同じだ」が続く。組織も同じだ。人も同じだ。自己満足をやめよ、自己に厳しくあれ。