移動日。

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朝はやるべきことをすます。午後の移動中は本を数冊よむ。夕方の到着後は弟と打ち合わせ。

夜は中津で弟と妹夫妻と会食。

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「名言との対話」8月1日。渡辺京二「人間が生きていくうえで何が大事か。どんな異性に出会ったか、どんな友に出会ったか、どんな仲間とメシを食ってきたか、これに尽くされると私は思います」。

渡辺 京二(わたなべ きょうじ、1930年8月1日 - )は、思想史家歴史家評論家

 

 渡辺京二という名前には記憶がある。私の属しているNPOがまだ産声を上げた頃、講師として出講していただいていた在野の日本近代史家として知っている。

この渡辺京二氏が書いた「逝きし世の面影」(平凡社)という文庫版600ページの大部の書物がある。この本の記述の美しさにひかれて一気に読み終えるのが惜しくなり、毎日少しづつ読み進めるという読み方をしてみた。一ヶ月ほど朝の短い時間、心が洗われる様なすがすがしい気分を味わった。

江戸時代から明治中期までの期間に確かにあった美しい一つの文明の姿を描き出すために、著者はこの時代に日本を訪れたあらゆる人たちの紀行文、報告書、エッセイなどを実に丹念に読み込み、その観察を細かく紹介していく。長崎に来たシーボルトや黒船で来航したペリー提督、ゴローニン事件の当事者、外交官サトー、医師ポンペ、女性紀行家・イザベラ・バードといった著名な人物などの書物や、無名の男女の書き残した日記・観察記など、その渉猟した資料の膨大さと引用の的確さに驚く。長い年月と細かな作業の伴う労作といってよい。

一つの滅んだ文明の面影を、文明の当事者たちではなく、外から見た目で浮き彫りにしていこうとする試みであるが、読者はその記述の正確さとそのこ言葉が織り成す世界の美しさに心を奪われる。明治維新以降に行われた急速な近代化・西洋化によって死んだ、奇跡ともいうべき一つの文明の姿を私たちは脳裏に焼き付けることができる。著者の織り成すこの世界の残滓は、子供の頃の風景にいくつか見ることができた。たとえばこまかく分かれた職人の世界の記述は、近所に竹細工職人がいたことを想い出させる。この本を読んでいると何か懐かしい感慨がうかんでくる。

ここには私たちが学んだ封建時代という固定概念を覆す事実と観察が無数にちりばめられている。この文明の末裔である私たちは、その美しい文明の残滓を時折この世で見かけることがあるが、ここにはその文明の総体が面影として淡く存在している。

この文明が形づくった人々の精神は、明治時代に生きた人たちに中に確かに息づいていた。「明治の人は偉かった」という述懐を年配者から聞くことが多いが、それはこの失われた文明が育んだ精神だったのだろう。価値観という言葉がある。それは人生でもっとも大切にすべきものという意味だが、今の世に生きる私たちは恥ずかしくない価値観というべきものを持っているだろうかと自問せざるをえない。文明は独特の精神がつくりだすものだということを強く感じる。今日の日本人が読むべき名著であると総括しておこう

渡辺京二「無名の人生」(文春新書)は、自分の一生の主人であろうとした熊本在住の男の幸福論だ。好きなことだけをやってきて、それでもなんとかやれると、励まされる人がいれば幸いというタッチで書かれている。章立てのタイトルは、「人間、死ぬから面白い」「私は異邦人」「人生は甘くない」「生きる喜び」「幸せだった江戸の人々」「国家への義理」「無名のままに生きたい」。「成功」「出世」「自己実現」などはくらだない、というメッセージで、生きるのがしんどい人々への応援歌である。

「最後の仕事として、維新史を書きたい。来年に新聞連載、再来年の第1巻か。全10巻くらいになる。買い込んだ本数千冊をを全部読まねばならない。1日1冊でも360冊。ノートはとるが忘れる、字が読めない。途中で終わるだろう。書けるとこまででいいや」「明治維新は上からの緊急避難だった。庶民の日常世界とは関係なかった。下からの維新、下からの近代化を書きたい。庶民からの視線を代表するものを書きたい。何人かの思想家を追っている」。

この人の言葉を拾う。「人間の生命に限りがあるのは、退屈さにピリオドを打つためではないでしょうか」「人間にとって大切なのは、「自分中心の世界」、コスモスとしての世界です」「地方にいて知的ディズアドバンテージを感じたことは、一度もありません」「自分が何をやりたいのか、何が向いているのかが分かったら、一人前になるまで辛抱してやればいい」「清潔な生き方を目指したほうがよほどいい。、、心の安定が得られるし、澄んだ気持ちで生きてゆける」「陋巷に生きる」というのが好きで、理想の生き方だとさえ思うのです」「私の理想は、無名のうちに慎ましく生きて、何も声を上げずに死んでしまうことです」。

今回は「人間が生きていくうえで何が大事か。どんな異性に出会ったか、どんな友に出会ったか、どんな仲間とメシを食ってきたか、これに尽くされると私は思います」という言葉をかける名言に採った。人生観、幸福論というのは、やはりその人の性格に大いに影響を受けていると思う。自分とは違う人生観ではあるが、共感するところも多い。

90歳からのライフワークに挑もうとする渡辺京二は、途中で終わってもいい、書けるところまででいいという。完遂して欲しいと思うが、そいう考え方もあることには納得する。 

無名の人生 (文春新書)
 

 

 

無名の人生 (文春新書)