茨城大学准教授時代の磯田道史が40歳で出した名言本。毎週の朝日新聞土曜版「be 」に2年間連載した700字の記事98本を時代順に並べている。人間が物事に真摯に取り組んで得た言葉の数々の積み重なりが叡智となり、後世の人々の心を満たしていく。2011年3月23日刊。
- 「素晴らしい人物」「深遠な哲学的な言葉」「広くそして深い言葉」「後世に残してみては」「陶酔の時間」「至福の時間」「人生をどう生きればよいのか」(完全に同感する)
- 作品を全部読む覚悟。希少資料、証言録、聞き取り調査。言葉と生涯。癒され、よい方向に向かう。(徹底した調査には敬服する)
- 人物にそれぞれ二字を充てている。佐藤一斎は教化。陸奥宗光は不屈。板垣退助は世襲。高橋是清は努力。本多静六は幸福。岡潔は情緒。、、、(無理な当てはめもあるが、成功している。工夫がある)
- 文章の終わり方:「という」「ということだろう」「心に突き刺さる」「耳底に響く」「らしい」「考えさせられる」「と思う」「だろうか」「気がする」「のは我々だ」「かもしれない」「であろうか」「問われている」「気にかかる」「たしかだろう」(人物論の終わり方、教訓の備え方は難しい)
- 中津藩からは黒沢庄右衛門(1796-1859)。藩の財政改革を断行した茶坊主。『午睡録』。「うらやましがられぬ様ニいたす事、身を守るの一助とうけたまわる」(郷里の人物を調べたい)
文化文政以降の近代から平成までにとり上げた人物のうち、私の「名言との対話」で取り上げていない人物は以下。
- 慈雲。徳川治保。田中玄幸。只野真葛。有馬頼永。黒澤庄右衛門。日柳燕石。橘曙覧。本間玄調。浜田卓三。栗本じょう雲。坂本直。大橋佐平。手代木勝任。長岡護美。森村市左衛門。早川千吉郎。杉浦重剛。朴敬元。小川芋銭。大錦夘一郎。嶋田叡。山本玄峰。山梨勝之進。松田権六。寺田栄吉。
- 西郷「偉い人とは、、、、、後ろから拝まれる人だ。死後慕われる人だ」(私は「偉い人とは影響力の大きい人」と考えている)
今では歴史家として大成の域に達しつつある磯田道史は30代の最後の2年間にこの書を書くために文献とフィールドワークに励んだ。私が2005年から始めた「人物記念館の旅」と2016年から始めた「名言との対話」では、私は磯田道史が「書物蔵」の中で味わった興奮と愉悦を味わっている。
磯田道史は先達の言葉には「叡智」が詰まっており、「癒し」という効用があるとする。私は今は名言は「励まし」と「慰め」であると考えるようになった。
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高峰秀子。梅原猛。今村翔吾『じんかん』。寺島実郎『21世紀未来圏 日本再生の構想』。渡部昇一『人生を創る言葉』。『仏教の教科書』。
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「名言との対話」6月7日。林周二「研究者には、定年はあっても、停年はない」
林 周二(はやし しゅうじ、1926年3月25日 - 2021年6月7日)は、日本の商学者、経営学者、統計学者。享年95。
東京生まれ。旧制福岡高等学校を経て、1948年に東京大学経済学部商業学科(現・経営学科)を卒業後、東京大学大学院経済学研究科特別研究生。東京大学教養学部につとめ1966年に教授。東大を定年退官後、1987年、静岡県立大学で新設の経営情報学部の初代学部長に就任する。その後、明治学院大学経済学部教授、流通科学大学特別教授に就任する。
中央省庁の審議会の委員や、日本国有鉄道の顧問に就任するなど、各種公職も歴任している。
専門は経営学であり、特に流通論や統計学に関する研究を行った。旺盛な著作活動で知られ、流通論や統計学に関する学術書を多数上梓している。さらに高等学校の教科書の執筆も行った。
日本経済における流通の重要性を早くから学問的に指摘した1人であり、1950年代から、推計統計学を駆使した科学的なマーケティングリサーチの手法の有用性と必要性を提唱。1970年代後半からは、経営組織論、経営管理論、情報管理論へと関心を拡大した。
『流通革命――製品・経路および消費者』は、1960年代のベストセラーとなった予言書だ。大丸最高経営責任者、J.フロント リテイリング社長を歴任した奥田務は、学生時代にこの本に感銘を受け、大丸への就職を決意するなど、大きな影響を与えた。
以下、林周二の言葉から。
・(よい)経営戦略には「バカな、なるほど」が必ず含まれている。
・実学志向の強弱は、それに携わる人々の呼称に「ist」がつくか「er」がつくかでわかる。サイエンティスト、エコノミスト、、エンジニア、マーケター。
・小売業は立地産業だ。
時代や分野が違うこともあり、この人の本をうかつに手にしたことがなかったのは残念だ。以下、多数の著書の中から関心を持ったものを選び、「BOOK」データベースの内容説明を記す。専門分野の本以外の本も面白そうだ。
『現代の商学』(有斐閣)。流通研究のパイオニア:林教授が10年の沈黙を破って書き下ろした久々の意欲作!!21世紀へむけて実学としての新しい商学の理論体系を展開する。“商学総論”講義のテキストとして最適。
『明日の開拓者たちへ』 ( 流通科学大学出版)。「自らを磨かずして何も生み出すことはできない。学問の世界もビジネスの世界もデスマッチのリングだと思え…。明日の開拓者たちへ贈る想い」。大学の研究者たちへの熱いメッセージだ。
『智恵を磨く方法ーー時代をリードし続けた研究者の思考の技術』(ダイヤモンド社)。「自分で考える力」の鍛え方。「知恵」を語り尽くした一冊」。ベストセラーや名著を世に送り出してきた90歳の著者の知恵と思考についての方法論、技術論は興味深い。
『比較旅行学―理論と実際』(中央公論社)も林の著書である。「人生は一個の旅である。旅は比較体験の重ねと蓄積により効用を著しく累加させる。本書は、比較旅行へのいざない、旅行・比較旅行の効用、比較旅行のあれこれ、比較旅行のノウハウなどで比較旅行学の理論を示し、アジアとインド洋の国々の旅行録で実際を示す」と紹介されている。「比較」という方法を用いて旅行の理論に挑戦した本である。
『研究者という職業』(東京図書)を読んだ。「流行のテーマを追うのでなく、自身が本質的に考える主題に取り組むならば、研究者は生涯かけてその研究生活を楽しむことができる。問題は発想の泉を涸らさないことだ」と書いている。「実学志向の強弱は、それに携わる人々の呼称に「ist」がつくか「er」がつくかでわかる」とも言う。
・研究者とは「自分の頭脳を働かせることで、系統的な情報創造活動を営み、かつそれでメシを食っている各種の知的職業人たち」。
・研究のテーマを自分自身の手で掘り起こし、研究生活を楽しむ体験をもったタイプの研究者たちは、高齢に達してからも概して何がしかの研究業績を出し続けている。
・プロとは「上手になるほどお金を稼ぐことのできる者」。アマとは「上手になればなるほど出費が嵩む者」。
・発想の泉を涸らさないことだ。
・旗を振っておくこと。
林周二は、研究者には、「定年はあっても、停年はない」という。「生涯現役、生涯第一線」で生きるのが研究者なのだ。
林周二という学者は真正の知的生産者であり、その自覚が強い人だ。知識よりも知恵を獲得する工夫、自分で考える力の鍛え方、自分を磨く意識、新しい領域へ向かう勇気、発想の泉を涸らさない方法、実学の精神、高齢での出版を含む旺盛な発表活動など、95歳まで生きた林周二は人生100年時代の生き方のモデルとして励みになる。
私はビジネスマン時代から、郷里中津の横松宗先生から「研究者になりなさい」と言われていた。林周二のことを調べる機会をもって、生涯現役であるためには、研究者的生活が大事になると改めて思った。