図解塾・課外授業の「続ける技術」の5回目ーーテーマは「最初の一冊、最後の一冊」

図解塾・課外授業の「続ける技術」の5回目。本日のテーマは、「著作」で、「最初の一冊、最後の一冊」でした。12名が参加。

1回目「ライフプランの実際」。2回目「日記・ブログ」。3回目「人物記念館の旅」。4回目「名言との対話」。

最初の一冊の壁をいかに越えるか、ライフワークにいかに取り組むか。実例をあげながら 語り、質問に答えるというスタイルで2時間過ごしました。次回4月28日の「続ける技術」は、本日の延長線上の「ライフワーク」をテーマとすることにしました。

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以下、参加された皆さんの感想集です。

  • いつもたくさんのキーフレーズや気づきを与えていただき、ありがとうございます。今回は、そのうちの3つを付箋に書いてパソコンに貼り付けて意識することにしましたので、報告させていただきます。・学び続ける生き方が新しい生き方。・ライフワークは何なのか?。・自分が「おもしろい」と思うことは継続できる。私はアウトプットすることが苦手なのですが、次回の講座までに、何かやり始めたいと思います。
  • 今夜もありがとうございました。小学生~高校生のアルバムや、大学の卒業論文。今見返すと、能動的・主体的になって書いた文章ではないように思えて、その結果、「私に著書なんて」という意識が生まれたように感じます。一方で周囲の同世代には、早くから思い思いの出版物を出している人がいたり、(コミックマーケット(コミケ)の影響が大きいかも)趣味から学問に繋がって自費出版に至っている友人もいたりします。さて、私と「最初の一冊を書くこと」とは無縁なのだろうか。そんなことないよ、と教えて下さったのが今夜の授業だったように感じられました。テープ起こしのあたりは非常に参考になり、考えてみると、文節を区切る・正しい漢字に変換する・内容の合間に空白を入れるといった、その後の深い理解につながるきっかけがあったのかな、と想像できました。(漢字ひらがなカタカナに変換が求められるあたり、日本語は難しい分、理解を深めるチャンスがあるのかも)あらためて、私は最初の一冊を書くことが出来るのかな。興味関心はまだ点在の域を出ないけど、今はこのままでOK。インプット・アウトプットの循環を大切にしたいと思います。
  • 今日もありがとうございました。いつものことですが、励みになり、心に残る多くの言葉がありました。問題は、自分がどれほど自分のものにして実行していくかですが。・仲間、装置が重要・自分の全体重をかけて掘れるのは自分の職場しかない/本は名刺代わり/経験値が大切。・若い時は経験値が少ないので経験値を上げること。・まじめに仕事をやったら一冊は書けるが、本人がまとめたことがないので書けないでいる。・新しいことに躊躇していたらそれで終わり。・旗を立てておくことが大切。・ライフワークをなした人たちは、若い時からやっていたわけではない。・あまり最初から大事に考えない。この他にもいろいろありました。とにかく「はじめの一歩」を踏み出せるようにしたいと思っています。
  • 久恒先生、皆様、本日もありがとうございました。人生2毛作時代、「ライフワーク」探しが重要と肩の力が入りましたが、「面白いと感じた事」にただのめり込む、「重く考えずに飛び込め」という先生の言葉にただ元気づけられました。一方、1・毎度先生のブログの面白さ→シンプルに言い切ることの魅力→要点をまとめる力→洞察する力、この流れが見えた事、2「自分のペースでリラックスする」からそれができるという事、以上が自分の気付きでした。自分の暮らしにも生かしたい…次回も宜しくお願いします。
  • 本日もありがとうございました。久恒先生が、本を出し続ける秘訣を、あらためて、お伺いすることができました。図解は、いろいろな分野で、専門分野ではなくとも、その都度図解しながら学ばれて書籍にされてきたこと。もう一つの偉人の記念館を訪れて、言葉や人となりをまとめてブログに綴る。似た共通項で本にまとめていく。インプットとアウトプットを続けてこられてることが、出版し続けてきていることですね。ブログ、日記などは、習慣化することが大事。本当にそうですね。近ごろ、なかなか続きません。何か自分にはこれ、と思えるような題材?をいろいろトライして、習慣化していきたいな。と思いました。また、次回もよろしくお願いいたします。
  • 皆様、本日はお疲れ様でした。久恒先生のお話しから、学んだことは継続の大切さと自分のテーマを見つけていくことでした。私も、久恒先生のおだてと励ましで71歳で人生、最初の本を出版することが出来ました。自分が興味を持ったことに、自分のために、恐れず、恥ずかしがらず、書き始めることです。よかったら、著作「国民の国民による国民のための憲法改正」を購入してくださると嬉しいな。素人の国民目線で書いたもので、難しくはありません。インターネットで検索すれば、すぐ、出てきます。
  • 本日もありがとうございました。壮大な事を話されていますが、継続力、実行力があるので叶うなと感じます。とにかく継続力の鬼ですね。一行でも何か書く。最近はインスタグラムに毎日投稿するよう心がけています。インスタグラムは動画も載せられますし、面白いです。まずは日々の学びをまとめる!図にする!完璧を目指さない。まず、やる。はい、やります(笑)
  • 今回もありがとうございました! 図解塾の皆さんも案外本を書くことに興味がある、ということがわかってとてもうれしかったです。また、初めの1冊を書くときの苦労とそのときの編集者の役割にいろいろと考えさせられました。あとは編集者はITが学べない、というのはちょっとショックでした。汗汗。
  • 貴重な時間をありがとうございました。久恒先生の講義を受けるといつも、自分にもなにかできるかもしれないという錯覚のような思い込みが呼び起こされます。なにかに没頭したり時間を割いている間にも、きちんとアウトプットできる習慣を磨き上げていきたいです。未就学児2名と向き合う時間を保ちつつ、諦めかけていた〈ブログの毎日更新〉にまた挑もうと思います。30代の残り数年をかけて、やったことのないことに挑戦したり、真剣に取り組んできたことを深堀りしてまとめたりしながら、もっともっと経験値を積み、記録を残していこうと決意しました。
  • 「全体知」の集約 久恒先生のズーム授業。14日、日経。持ち株微増。デイサービス、用心のため欠席。古いメモ原稿等をチェック。バラバラの著作原稿「全体知」の集約。ウォーキング1km。Sさんより電話、お水が不調とのこと。久恒啓一先生のズーム授業「出版」が2時間、久しぶりに話し非日常の時間を持つ。出版累計150冊、「図解の技術」の出版で人生が変わる、図解を毎日使っていたら仕事がうまく行った。何かを毎日継続していると楽、一旦休むとかえって辛くなる。「100歳まで生きてやるべきテーマがないと困る、ライフワークが大事」。ジャストシステムよりセンサーライト出荷の連絡あり。

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「名言との対話」4月14日。田原総一朗「「朝生」の最中に死ぬこと」

田原 総一朗(たはら そういちろう、1934年昭和9年)4月15日 - )は日本ジャーナリスト評論家ニュースキャスター

1934年、滋賀県彦根市)生まれ。60年、早稲田大学卒業後、岩波映画製作所に入社。64年、東京12チャンネル(現テレビ東京)に開局とともに入社。77年にフリーに。テレビ朝日系『朝まで生テレビ!』『サンデープロジェクト』でテレビジャーナリズムの新しい地平を拓く。

98年、戦後の放送ジャーナリスト1人を選ぶ城戸又一賞を受賞。早稲田大学特命教授を歴任する(2017年3月まで)。現在、「大隈塾」塾頭を務める。『朝まで生テレビ!』(テレビ朝日系)、『激論!クロスファイア』(BS朝日)の司会をはじめ、テレビ・ラジオの出演多数。また、『日本の戦争』(小学館)、『塀の上を走れ 田原総一朗自伝』講談社)、『誰もが書かなかった日本の戦争』(ポプラ社)、『田原総一朗責任 編集 竹中先生、日本経済 次はどうなりますか?』(アスコム)など、多数の著書がある。

以上のプロフィールは「田原総一朗 公式サイト」のプロフィールだ。200冊を超える本を書いた本人が語るキャリアだ。

さて、本日で87歳になった田原については、見聞きする情報が多いのでどう書くか難しいが、直近の2020年9月刊行の著書『90歳まで働く』(クロスメディアパブリッシング)を読んだので、そこから肉声を拾うことにした。

  • 元気なのは「現役であることが最大の理由だ」。
  • 大隈塾では「一流の会社を目指すな」とアドバイスしている。
  • 渋江抽斎』を書いた森鴎外から学んだ「ドロップ・イン」的生き方は、「組織から外れることなく、自分のやりたいことを存分にやる」という生き方だ。進みたい道が見えているのなら、それにつながる働き方を考える。
  • 2人の妻に先立たれた後、70歳を過ぎてから学生時代に好きだった女性とデートをしている。王貞治は78歳で再婚、猪瀬直樹は72歳で再婚、阿川佐和子は63歳で結婚。
  • 60歳を過ぎてから、日本の近現代史を一から勉強し始めた。還暦を機に晩学を始めた。
  • 酒は一滴も飲めないが、人と会うのが趣味で毎日4、5人に会うという仕事のスタイルをとっている。
  • ジャーナリストとしての3つの目標がある。「言論の自由を守る」「戦争をさせない」「野党を強くする」。
  • 人生の節目で失敗する人の共通点は、やりたいという本意ではなく、損得というモノノサシで動いた場合だ。
  • 人との関係を無視して浮き上がれる人生はあり得ない。
  • 仕事は、「運」を呼び込む入口みたいなものだ。

公式ブログでは毎月、時事問題を中心に書いている。2021年1月「バイデン大統領は民主主義をとり戻せるか」。2月「ミャンマーだけではないアジアの危機、今こそ日本が役割を果たすとき」。3月「総務省接待問題に見る、日本政治の「緊張感のなさ」」。4月「世界120位、日本の「ジェンダー・ギャップ」をどうするのか?」では、最後に4「月、多くの若者が社会人としてスタートを切った。僕もあらためて、気持ちを新たに進んでいきたいと思う」と書いている。こういう姿勢が若さを保っている理由だろう。

「90歳まで働く」という決意だそうだが、それではおさまらないのではないか。セザンヌは「絵を描きながら死にたい」といいその通りの死を迎えた。「ピアノを弾きながら死にたい」と言ったのはジャズの山下洋輔だ。田原総一朗の理想の最後は「朝生」の最中に死ぬこと」、つまり「死ぬまで生テレビ」ということである。さて、どうなるだろうか。見ものだが、そこまでいくのはまだまだ時間がかかりそうだ。

90歳まで働く――超長生き時代の理想の働き方とは?

 

 
 
 
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