桐野夏生の「東京島」を読んだ。[rakuten:book:12938764:image]
「夫を決める籤引きは、コウキョで行われることになっていた。清子はいつもより早起きしてオバイダへ下りた。黒い小石に覆われた入り江は南洋とは思えず、いつ見ても陰鬱だ。」という書き出しで一気に引き込まれていく。
31人の男と一人の女が漂着した無人島での日本人の共同生活、ひと組の中年夫婦とフリータの若者たち、そして途中で現れる中国人集団という設定で、小さな島の中で起こる事件と人々の葛藤、原始生活と絶望の中で噴出する人間の本性、危ういバランスの喪失と異なった形での回復、女と男の複雑で非情な物語。
こういった設定の中で、現代日本に対する醒めた観察と痛切な皮肉が随所にみられ、また描かれる欲望丸出しの人間の愚かしさという本質に迫る著者の構想力と豊かな想像力とすぐれた筆力に感嘆しながら最後まで一気に読み終えた。
役割分担と能力と興味による神官や職人など職業成立の事情と過程、失敗を重ね犠牲者を何人も出しながら希少価値のある女性を共有する方法の開発、ジュク、ブクロ、チョウフ、そしてカスカベなど旧知の名前をつけることによるアイデンティティの防衛、一人の克明な日記という記録から始まる島の歴史の誕生、食べ物に対する異常なほど詳細な記憶と発狂寸前にまで高まる食欲のすさまじさ、あからまさになる男たちの性欲と戦いと女の変貌、生命力豊かな中国人と文化度の高い日本人の危機対処の弱さの露呈が示す微妙な国際関係、王朝の成立の秘密と後継者の役割認識と歴史の継承の原型、、、、、。
主役の40代の清子は、絶望的な原始生活を女という武器を携えて状況を有利に導きながら利己的に、そしてしたたかに生き抜いていく。思いがけなく訪れる妊娠という厳粛な事実との遭遇では、誰の子かわからない状況を逆手にとって最後までサバイバルしていく姿はあさましくかつ感動的でさえある。
「東京島」は、人間が集まって形成している社会というものの本質を見せつけられる優れた小説である。
1951年生まれの著者は、10年前の1998年に「OUT」で日本推理作家協会賞を受けてブレイクスルーする。以後、「グロテスク」、「残虐記」、「魂萌え」などの傑作を書く。話題になった「魂萌え」は数年前に読んで達者な作家だと感じたことがあるが、今回は二冊目だ。この作家のいくつかの代表作は読んでおきたい。