今日のオーディブル。
- 司馬遼太郎「真説宮本武蔵」。武蔵と二度会ったことがある128歳の老人・渡辺幸庵からの聞き書きを元にした武蔵の実像物語。
- 司馬遼太郎「天明の絵師」。松村呉春の生涯。与謝野蕪村の門人で無名の呉春が丸山応挙の門人となって成功する。大阪池田の名酒・呉春で名前が残っている。
- 「大師匠を語る 娘が語る「五代目古今亭志ん生」」。貧乏なこの名落語家の実像。
「名言との対話」6月4日。最澄。
- 「一燈照隅 万燈照国」(いっとうしょうぐう ばんとうしょうこく)
- 平安時代の僧。中国に渡って仏教を学び、帰国後、比叡山延暦寺を建てて天台宗の開祖となった。6月4日、55歳で入寂。伝教法師。
- 超人的オーラを放ち日本最初の私学ともいうべき技芸を学ぶ学校を創設した空海と、大きな度量を持ち人を育ててきた最澄。この同時代の二人が日本仏教を高見に導いた。空海は812年に胎蔵界・金剛界の両部の結縁灌頂を行っているが、そときの参加者名簿の筆頭は天台宗の最澄だった。最澄との交流は長く続く。「風信雲書」という書き出しから始まる「風信帖」と名付けられた空海から最澄への手紙も見ることができた。
- 空海は密教を独創で細部まで念入りに完成させた。それゆえ弟子たちは怠けてしまった。最澄はあらゆる教えを受け入れたが、体系化には成功しなかった。それがその後の仏教の新しい波を育てたともいえる。法然の浄土宗、親鸞の浄土真宗、栄西の臨済宗、道元の曹洞宗、日蓮の日蓮宗などの新仏教は最澄の比叡山で学んだ僧たちによって起こされた。空海と最澄、それぞれの役割があった。
- 「国宝とは何者ぞ、宝とは道心なり。道心ある人を国の宝となす」
- 「私には私にしかできないことがあり、あなたにはあなたにしかできないことがある。」
- 「忘己利他」
- 一人ひとりが自分の身近の一隅を照らすことが大事である。その明かりは小さいかもしれないが、その一隅を照らす人が増えていき、それが万のあかりとなれば、国全体を照らすことが出来るのだ。最澄は何世代にもわたって人を育てた。一隅を照らす人を育てることは尊いことである。