「長池ぽんぽこ祭り」ーー令和の狸たちのお祭りか。「40-40」は松井とイチローを兼ねている感覚か。

長池ぽんぽこ祭り」。いつも散歩をしている長池公園の恒例のお祭り。この公園は、スタジオジブリの1994年の「平成狸合戦ぽんぽこ」(高畑勲監督)の舞台となった多摩ニュータウンンの一角です。

土地開発によって住む場所を奪われそうになった狸たちが森を守ろうと奮闘する物語を、ユーモラスに描いていている人気映画ですが、私も含めて参集した人たちは、「令和の狸」になっている感じがしました。f:id:k-hisatune:20240825044035j:image


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平成狸合戦ぽんぽこ

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大谷選手が「40-40」を同じ試合の満塁サヨナラホームランで達成した。「40-40」という偉業については日本のプロ野球では話題になったことはない。ホームランを40本、盗塁を40回を達成するというのは偉業だ。

野球の真髄は「走・攻・守」と言われる。盗塁、打撃、投球と考えると、大谷はそのすべてを兼ね備えていることになる。

「40ー40」は、日本では誰もいない。松井とイチローを兼ねているという感覚だろうか。「50-50」となると、王と福本を兼ねているという偉業という感覚だ。まずは、そう理解しておこうか。大谷の記録はどこまで伸びるか。本当に楽しみだ。元気を与えてくれる。

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「名言との対話」8月24日。稲盛和夫「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」

稲盛 和夫(いなもり かずお、1932年昭和7年〉1月21日 - 2022年令和4年8月24日)は、日本実業家京セラ第二電電(現・KDDI創業者。享年90。

鹿児島市出身。1959年仲間8人で京都セラミック(現京セラ)を設立。総合セラミックメーカーにそだて、1966年社長、1985年会長。

1984ソニーなどと共同で第二電電(のちKDDI)を設立し、会長。稲盛財団を設立し京都賞をもうける。1995年京都商工会議所会頭。19979年得度する。2010年には、会社更生法のもとに再建をめざす日本航空の会長に就任し、成功させた。

若手経営者を対象とする「稲盛塾」で多くの起業家を育てた。稲盛教とも呼ばれ、信者は多い。信者の一人の若い友人からも、稲盛塾の様子を聞いたこともある。

2022年に鹿児島大学の稲盛記念館を訪問した。稲盛和夫鹿児島大学工学部の出身だ。階段の両側が資料展示になっているという独特の記念館で、階段を登った一番上は稲盛が創設した京都賞のコーナーだった。

稲盛和夫の本は何冊か読んでいるし、雑誌などでも言葉を読んできた。

以下、集めた稲盛語録から。

  • つらいこともあった、楽しいこともあった。いろんなことがあった。それらのことに遭遇しながら生きてきて、どういう魂になったのか。それが人生の宝であり、人生の目的ではなかろうか。
  • 今日一日一生懸命生きていれば、明日は自然に見えてくる。明日を一生懸命生きていれば、一週間が見えてくる。今月一生懸命生きていれば、来月が見えてくる。今年一生懸命生きていれば、来年が見えてくる。その瞬間瞬間を全力で生きることが大切なんだ。
  • 人間の能力は未来進行形で発展します。たとえ今は実現できなくても、1年後、2年後に実現するつもりで努力を重ね、勉強をすれば必ず成長する。そのためにはまず、自分の能力が無限に発展すると信じることです。
  • 不運なら、運不運を忘れるほど仕事に熱中してみなさい。多くの日本人が自分に与えられた仕事に打ち込み、また、世のため、人のために役立とうとするなら、21世紀の日本は素晴らしいものになると信じています。
  • 創造的な仕事とは、高度な技術を開発するということばかりではない。今日よりは明日、明日よりは明後日と創意工夫をこらし、改良、改善を積み上げていくことである。一人ひとりが自分の持ち場で、もっと能率の上がる方法はないか、昨日の欠点をどうしたら直せるか、考える習慣をつけることだ。
  • 仕事の本当の喜びと醍醐味を味わうためには、渦の中心になって、周囲の人たちを巻き込むくらい、自発的に、積極的に仕事に取り組まなくてはならない。
  • ひとつの仕事や分野を深く追求することにより、すべてを知ることができる。広くて浅い知識は、何も知らないことと同じだ。
  • 安易に近道を選ばず、一歩一歩、一日一日を懸命、真剣、地道に積み重ねていく。夢を現実に変え、思いを成就させるのは、そういう非凡なる凡人なのです。
  • 20代や30代のときには、どんなことでもいいからとことん突き詰めて究めることが大切だ。ひとつのことに精魂を打ち込み、どんなことでもいいから確信となる何かを得ることだ。
  • まだ誰も考えていない事、やらなかった事をやってみようと決心した時は、あれこれと難しく考えてはいけない。また予見をさしはさむのも良くない。よりシンプルに考えて挑戦してみる事だ。
  • 人生はつまるところ、「一瞬一瞬の積み重ね」に他なりません。今この一秒の集積が一日となり、その一日の積み重ねが、一週間、一ヶ月、一年、そしてその人の一生となっていくのです。
  • 瞬間瞬間を充実させ、小さな一山ごとに越えていく。その小さな達成感を連綿と積み重ね、果てしなく継続していく。それこそが一見、迂遠に見えるものの、高く大きな目標にたどり着くために、もっとも確実な道なのです。
  • 日々新たな創造をしていくような人生でなければ、人間としての進歩もないし、魅力ある人にはなれないだろう。
  • つまらないように見える仕事でも、粘り強く続けることができる、その「継続する力」こそが、仕事を成功に導き、人生を価値あるものにすることができる、真の「能力」なのです。

稲盛和夫という傑出した事業家には、松下幸之助と同じように、名言が多い。そのなかで何を採るか難しいが、「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」を採ることにした。物事を成就させ、思いを現実に変えるのに必要なのは、構想は大きく楽観的に立て、具体的な計画は手持ちの資源を考慮しながら悲観的に立て、そしてと実行は楽観的に推進する。成功に必要なのは、楽観と悲観の組み合わせだ。これは個人の心構えだけでなく、事業を行うときの人材の組み合わせについての箴言でもある。

 

Claudeで800字のエッセイにと依頼。

成功への戦略:楽観と悲観のバランス

物事を成し遂げ、夢を現実に変えるためには、一見矛盾するように思える二つの要素が必要不可欠です。それは、楽観主義と悲観主義のバランスを取ることです。この一見相反する二つの考え方を適切に組み合わせることで、私たちは大きな目標を達成し、困難を乗り越えることができるのです。

まず、構想を立てる段階では、大きく楽観的に考えることが重要です。夢を描き、理想を追求することで、私たちは自身の可能性を最大限に引き出すことができます。「不可能」と思えることでも、それを目指すことで思わぬブレイクスルーが生まれることがあります。大きな vision を持つことで、周囲の人々を鼓舞し、共に前進する原動力となるのです。

しかし、具体的な計画を立てる段階では、一転して悲観的な視点が必要となります。現実的な制約、リソースの限界、潜在的なリスクを冷静に分析することで、より堅実で実現可能な計画を立てることができます。この段階で悲観主義を取り入れることで、予期せぬ障害に対する備えができ、プロジェクトの成功確率を高めることができるのです。

最後に、実行段階では再び楽観主義に転じます。困難に直面しても、それを乗り越える自信と勇気を持ち続けることが重要です。「できる」という信念を持ち続けることで、チームの士気を高め、困難を機会に変える柔軟性を生み出すことができるのです。

この「楽観・悲観・楽観」のサイクルは、個人の心構えとしてだけでなく、組織運営においても重要な指針となります。例えば、企業のマネジメントチームを構成する際、大胆なビジョンを描けるリーダー、現実的なリスク分析ができるストラテジスト、そして困難に立ち向かう勇気を持つ実行者、このような異なる特性を持つ人材をバランス良く配置することで、組織全体の成功確率を高めることができるのです。

成功への道のりは決して平坦ではありません。しかし、楽観と悲観を適切に組み合わせることで、私たちは大きな夢を追いかけながらも、現実的な計画を立て、困難を乗り越えていくことができるのです。この戦略を意識的に実践することで、個人の成長と組織の発展の両方を実現することができるでしょう。