内館牧子の渡邉恒雄への追悼エッセイが素晴らしい。

文芸春秋」4月号に内館牧子の連載「ムーンサルトは寝て待て」の第21回「渡辺恒雄さんは可愛かった」が掲載されている。傑作である。

最近98歳で亡くなった読売新聞の渡邉恒夫と76歳の内館牧子横綱審議委員であった。相撲に詳しい内館は、委員長の渡邉に対して大相撲のあるべき姿をズケズケと遠慮なく突きつけ、2人は敵同士だという報道が多かった。
ところが、このエッセイの冒頭は、「初対面の時、私は失礼にも「何か可愛い」と思ってしまった」で始まっている。そして最後は「渡邉さんは仏頂面のまんまだったが、やっぱり「何か可愛かった」で終わっている。
その間の2人の丁々発止のやりとりはとても面白かった。渡邉恒雄という強面の大物の人間味が描かれていて感動した。

「〆切まで二カ月でいかがでしょう」「〆切まで二カ月?書けない」「〆切まで一週間なら書くよ」「新聞記者はそんな先の約束はしない」。

内館牧子と清少納との比較のところなど、渡邉の人間味があらわれていて、追悼文としては出色の出来栄えだった。「忘れないでね、私のこと』(幻冬舎という本の推薦文は「私は、内館牧子さんは、現代の清少納言だと思っている」から始まり、最後は清少納言以上だとほめている。早速注文して読み始めた。横綱審議会を話題にしたいくつかのエッセイは、大体読み終わったが、それ以外はまだ残っているので、明日からの北陸の旅でこの現代の清少納言の書いた文庫本を読むことにしたい。

 

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「名言との対話」。3月18日。稲森俊介「一人ひとりの能力を最大限に発揮しよう」

稲森 俊介(いなもり しゅんすけ、1930年8月29日 - 2011年3月18日)は、日本実業家。享年80。

大学卒業後、味の素につとめ代表取締役専務となる。1990年経営不振のカルピス再建のため出向し翌年社長。反対を押し切って大規模な設備投資と新製品カルピスウオーターのヒットで経営再建を果たす。1995年、古巣の味の素の社長に就任。

わたしも「初恋の味・カルピス」は子どもの頃は愛飲した。その後、大人になってカルピスウオーターの登場でまたファンになった。それをヒットさせたのが稲森社長だったのだ。」」4月号🄱の

味の素の社長になったときには、創業一族のトップに指揮系統の混乱をさせないため、今後経営会議に出席しないように要請している。また創業一族の経営介入を断ち切るために会長や取締役名誉会長の退任と自身の社長退任・会長就任と差し違えた。

初めての見合いで結婚を決めているなど、出処進退のすっきりした、筋を通す人物だったようである。

冒頭に掲げた言葉は、業績不振に陥ったカルピスを立て直すときの社員に対する明快なメッセージだ。経営の再建にあたっての急所をおさえたマネジメント、トップとしての引き際の見事さなど、この人の人生観などはもっと深追いしたい人物だ。