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大分合同新聞に母・久恒啓子『万葉歌の世界』の大きな記事。

本日の大分合同新聞に母・久恒啓子『万葉歌の世界』(日本地域社会研究所)の大きな記事。早朝に高校同級生の須賀さんと宇野君のフェイスブックで知り、母に電話で報告。午後、別件で日本地域社会研究所に寄ったら、注文が来ているとの由。「大分合同新聞は影響力が凄い」ということだった。

以下、記事。

ライフワークとして「万葉集」に収められた庶民の歌の研究に取り組む、中津市上宮永の久恒啓子さん(90)の著書「女流歌人が詠み解く!万葉歌の世界」(四六判、336ページ)が全国販売されている。本は20年前に自費出版したもの。一読した出版社(東京都)が「分かりやすく、親しみのある内容」などと評価し、販売を決めた。卒寿を迎えたばかりの久恒さんは「記念となった。多くの人に読んでもらえたら」と話している。
 久恒さんは42歳から短歌を本格的に始めた。「豊洋歌人協会」や同人誌「地脈」「邪馬台」などに参加するなどして精力的に創作。60歳ごろからは、短歌の原点として万葉集をテーマにし、皇室や宮廷歌人ではない地方官人や仕える立場の人などに光をあてて探究している。これまで歌集(合同歌集を含め)4冊、研究作品2冊を自費出版している。
 今回の本は1997年にまとめた内容を修正。遣新羅使人(けんしらぎしじん)や山上憶良、防人(さきもり)の各歌、東(あずま)歌、中臣宅守と狭野茅上娘子の贈答歌などを取り上げ、詠まれている場所に訪れたり、歴史的背景を調べるなどして読解している。監修は長男・啓一さん(多摩大学副学長)。2200円。
 「庶民の歌は素朴かつ単純で、ひたすらで天真らんまん。ぜひ万葉の世界に触れてほしい」と久恒さん。「これからも元気な限り歌を創作し、万葉集に関わっていきたい」と笑顔を見せた。
 本の問い合わせは日本地域社会研究所(TEL03・5397・1231)へ。 

www.oita-press.co.jp

 

「副学長日誌・志塾の風」170512

多摩キャンパス

  • 授業5回目。
  • 橘川先生、松本先生と6月の「大いなる多摩学会」総会の打ち合わせ。信頼資本。あやのや。、、、。多摩大出版会。

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  •  事務局長・川手課長、杉田学部長と定例ミーティング
  • 水谷IR室長

荻窪の日本地域社会研究所を訪問。「偉人の命日366名言」の進捗状況、、、。NPO法人小石川後楽園保存会の本多忠夫副理事長と名刺交換。

 

夜は品川キャンパス

  • 滝川課長と研究開発機構評議員会の打ち合わせ
  • 大学院授業:本日のテーマは「憲法」。現行憲法自民党草案。

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 受講生の感想から。

  • 担当した内閣について一見、現行憲法自民党案はほとんど同じように写りましたが内閣総理大臣の権限の強化を巧妙に忍び込ませている事を気づくことが出来ました。法律の条文は難解で近づきがたいイメージがありましたが全体像を意識することにより論点を整理しやすくなる図解の威力を今回も実感することができました。
  • 前回の講義でも感じましたが、図解のすごいところは、興味がなかったり、無味乾燥な文章・記事が生き生きと理解できることです。「生き生きと」というのは、今日の講義の後、留学生と話していて、気づいたことです。彼女から、「他の方の図解は生き生きしている、私のは感情がない、どうしたらよいのでしょうか」と質問されて、無味乾燥な憲法が、図解を通せば生き生きして見えるのだ、ということに驚いたと同時に、気づかせてもらえた次第です。私が担当した「第二章 安全保障」は、なんと、条文は第九条の一つしかありません!話題の第九条とは言え、他の章で条文がたった一つしかない、なんてありえないと思います。その位、特殊な章でした。私自身、関心が高かった割に、現在の日本国憲法自民党草案をきちんと読んだことがなかったのですが、図解してみて分かったのは、70年前と現在では、国や国民の安全を脅かす状況が全く変わった、と言うことです。それに全く憲法が追い付いていなかった、そのために、憲法改正ではそのギャップを埋めようとしている、と言う意志を強く感じました。こうした憲法草案の意思を読み取って、改めて、自分の憲法改正に対する意思を明確にでき、また、憲法改正をテーマにした課題では、疑問も意見も明確に表明できる自信がつきました。前回の講義で、久恒先生が「図解ができれば、質問ができる」とおっしゃっていましたが、まさにその通りだと確信しました。実は、憲法記念日の直前、自民党の石破さん、民進党の細野さんが目の前で話すイベントに参加しており、今回の図解をしていたら、もっと鋭い質問ができたのに・・・と反省しました。5月3日は憲法記念日で、安倍首相が2020年に憲法改正を目指す、との発言をしたと話題に上りましたが、多くの国民が現在の日本憲法も、自民党の草案も読んだことがないと思います。マスコミも国民もいい加減だなと(さっき自分も読んだばかりのくせに)思いました。先程、あらためて確認して気づきましたが、自民党のサイトに掲載されている草案、実に5年前のものでした。5年も見たことがなく、ニュースでも開設されないとは・・・。日本の憲法議論はいい加減ですね。これも、今日の配付資料が最新版でなかったから気づけたことだと思います。そんな配付資料に感謝します。出来事にはすべて意味があると思います。これからも、無味乾燥で興味を持てないことや、長期過ぎてなかなかじっくり考えられないことを図解で考え、疑問・質問を出し、そこへの回答を探すことで思考を深めていきたいと思います。こうして自分の中、奥深くに思考が進み、かつ本質は何かを図解している中で考えるので、「インサイトコミュニケーション」なのかと思いました。国民全員に大切なのに、無味乾燥で読むことのなかった憲法を題材にしてくださった久恒先生に感謝します。また、私たち日本人とは全く違う視点でいらっしゃる中国人留学生の悩みに寄り添っていらした棟方さん、澤辺さん、気づきを与えてくださったことにも感謝しています!中国の憲法も知りたくなりました。中国は憲法改正をもうとっくにしているんですよね!日本は何をしているんでしょう!

  • 読み物は現行憲法自民党草案について、環境の変化につれて、憲法の内容も変わっていくと思います。恥ずかしいですが、今まで中国憲法を読んでいなくて、私と関係がないようです。さらに、私の図解は文が長すぎて、どうすればきれいなデザインでいきいきとして表現できますか。もし時間あれば直していただき、進歩は早くなると思います。
  • 皆さんと違い今夜私は脳が働かず, 半箇条書で矢印・囲い枠のみを用いた発表となりました...「図解表現で周囲の理解を促す」練習を重ねる授業なので, 発表後に記事中身の理解・解釈に関するコメントを戴くだけでなく, 実際に先生なら同じ記事でどのように図解されるか, という思考見本も今後の参考にプリントで毎回もらえると嬉しいです。
  • 私が担当した天皇の部分についても、自民党案にはよく読まなければ内閣総理大臣の権限強化が隠されていたりするので、さらっと読んだだけでは見逃しそうな内容になっていると感じました。図解することによって惑わされないようになることが肝要かと思います。憲法問題はこれからの日本の方向を決める問題でもあるので惑わされないよう注視していきたいと思います。
  • 私が担当したのは,国民の権利義務が列挙されている箇所。全体を大きくとらえると何を表しているのかをまず考え,次に,権利義務の本質は何か?を意識しながら分類してその上で,現行憲法自民党草案の違いを意識しながら図解を作成しました。俯瞰してから,細分化するという流れで作成したせいか全体像を理解しやすかったように思います。集中して図解を行い,その直後に発表を聞きあったせいか普段よりも情報が頭に入りやすく,理解の感度が高まっていたように感じました(その分終わってからどっと疲れを感じましたが…。)また,発表を聞きながら,一単語,一文字変わるだけで印象が大きく変わることも実感しました。普段自分がどんな意図でその言葉を使ったのか,あまり意識せずに書いたり話したりしていました。少しだけ意識を向けてみようと思います。

  • 憲法という難しく読みにくい文章であっても、図解を試みることで、重要なポイントが浮かびあがり、全体を俯瞰した思考が生まれた感覚がありました。部分最適ではなく、全体最適。今後も図解能力向上によるマネジメント力アップも目指していきたいと思います。また、現行憲法自民党草案を詳細に比較したことで、一つ一つの単語の違いの重みを感じました。言葉を選ぶことの難しさ、大切さを改めて実感しています。
  • 本日は現行の日本国憲法自民党草案を図解。憲法を理解しようと真面目に読んだのは初めてかも知れません。ただ条文を一つずつ比較するのでは無く、担当部分の構成要素(権利、自由等)とその関係性で整理しようと思ったのも図解的な意識による賜物だと感じました。街があって人々の生活があってという大きな一枚絵に憲法を重ね描くと、日々の生活に憲法の存在を感じ憲法への意識も変化するかも。

 

 

 「名言との対話」5月12日。青木昆陽「金銀、平日は至宝なれども、、饑寒(飢饉や酷寒)の用をなさざれば、金銀を集むるは何の為にや」

青木 昆陽(あおき こんよう、元禄11年5月12日1698年6月19日) - 明和6年10月12日1769年11月9日[1])は、江戸時代中期の、幕臣御家人書物奉行儒学者蘭学者

昆陽は新橋の魚問屋であったがそれを嫌い儒者になった。その昆陽は病気の快癒を願って禁酒したり、母の死に際しては3年の喪に服すなど、両親への孝行が評判だった。それを八丁堀の地主でもある与力が町奉行大岡越前守忠相に上申したことがきっかけで自著「蕃薯考」を幕府に提出した。試験をして好結果を得られたことから甘藷は全国に普及し、飢饉時にも餓死することがなくなった。甘藷先生と呼ばれた。

幕臣となり、寺社奉行となった大岡忠相のもとで在野の家蔵古文書を収集し「諸州古文書」を著す。オランダ語の習得にもつとめた。弟子の一人が「解体新書」の前野良沢である。

琉球、長崎を経て伝わった甘藷(さつまいも)を今の幕張と九十九里で試作している。九十九里の碑や幕張の昆陽神社、そして墓のある目黒不動墓地での甘藷まつりが今なお続いていることなど、この人は多くの人から尊敬されている。平時の金銀財宝ではなく、非常時の至宝をつくったのだ。