「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」展(東京ステーションギャラリー)

先日、東京ステーションギャラリーで「くまのもの 隈研吾とささやく物質、かたる物質」展をみてきた。

軒下の美を追求した「新国立競技場大スタジアム」の設計コンペに勝つなど現代を代表する建築家の一人である隈研吾。近作では歌舞伎座。近未来の建物では、中央リニアの品川駅。大開発中のカーテン形状の渋谷ステーションなどがある。

この企画展では時系列ではなく、建築の素材に着目している。竹、木、紙、土、石、火、金属、膜・繊維などだ。20世紀はコンクリートという形状がどうにでもなる素材が席巻したため、人間と物質との会話が乏しくなったのである。

物質をどう考えるか。多様な素材は世界を広げる。物質をどう扱うか。積む、もたせかける、組む、、。できあがるものにはある幾何学がある。建築は外観ではなく、内在する幾何学で人を感動させる。

「大事なのは、作品の方ではなくて継続である」。本当の財産は継続なのだ。それぞれの建築を繋ぐ流れが作品である。建築作品は研究室(ラボ)の活動の一断面に過ぎない。隈研吾の「物質にかえろう」ではそう主張している。虔氏句は単独の作品ではなく、継続する努力なのだ。課題と反省の延々たるくり返しを継続することである。

 

オリンピックスタジアムは、小径木の集合体。軒下の美学。

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中央リニア新幹線の 品川駅。鉄と木をテフロン膜で蔽った半透明の大屋根は、障子のような効果をあげている。

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 戦後日本の建築。第一世代は丹下健三(1913年生)。第二世代は槇冬彦(1928年生)、磯崎新(1931年生)、黒川紀章(1934年生)。強い時代だった。第三世代は安藤忠雄(1941年生)、伊藤豊雄(1941年生)で移行期。国際レースに出走するしかなくなった第四世代に坂茂妹島和世らとともに1954年生まれの隈研吾はいる。この世代は日本の弱さが明らかになった時代にいる。バブル崩壊後の90年代に地方に関与せざるを得なくなった隈研吾は、その土地ならではの建築を深めて行った。それが蓄積となった。2000年代に入って、「ADK松竹スクエア」「ONE表参道」「サントリー美術館」「根津美術館」「歌舞伎座」(洋風の1期は福地源一郎。2期は純日本式宮殿風。城郭と寺風の3期は岡田信一郎モダニズムと和風の組み合わせの3期は吉田五十八)と活躍をする。

建築家に求められているのは「この困難な時代に対するソリューション(解決策)」であり、「少しでもいい解決策」である。それが隈研吾の仕事だ。

19世紀は貴族のための装飾的な建築。20世紀はグローバリゼーションの潮流の中で場所と建築を切り離し建築を商品にした。共通の言語はコンクリートだった。21世紀はコンクリートを超えることだ。そこに第四世代のテーマがある。アメリカンドリーム(住宅ローン)、コンクリート(自由な形状)、サラリーマン(現場を持たない)という20世紀から脱皮である。日本に世界的な見建築家が多く出ているのは、マーケッティングと粘り強い職人気質の両方が備わっていたからだ。

この企画展をみると、どんな形状にも適応できるコンクリートではなく、土地の記憶をが染み込んだ、そして歴史に彩られたそれぞれの素材とのコミュニケーションに未来があるように感じてしまった。

『建築家、走る 隈研吾』(新潮社)を読了。

建築家、走る (新潮文庫)

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「名言との対話(平成命日編)」4月16日。村田昭治「経営力の差は、経営能力というよりも経営姿勢から生まれる」

村田 昭治(むらた しょうじ、1932年11月19日 - 2015年4月16日)は、日本マーケティング論のリーダー。

慶應義塾大学教授をつとめながら、(財)社会経済生産性本部理事、同本部マーケティングソフト研究所所長、(社)日本マーケティング協会常任理事、日本商業学会理事、日本広告学会理事など社会活動を活発におこなった。著作やテレビ出演なども多く私のビジネスマン時代にはよく話題になった学者だ。

この村田昭治の仕事の名言を並べてみよう。・人生はいまが旬だと自分にいいきかせる。そのことが華のある1日を創るだろう。・人生はテキストのない創作。だから、難しいが面白い。すてきな創作を楽しみたいものだ。・人間は「今」がいつも終わりだ、「今」に生きるのだという意識が大切だ。「明日」があると思った瞬間から、心は滅びはじめる。・人間力の充溢(じゅういつ)にとって必要なことは継続性であり、連続性である。燃えつづける力が非凡な人材をつくりだしていく。・凡人はすべてのエネルギーをこめて仕事をするとき、そこに非凡さが生まれてくる。・学ぶことを忘れるとき、人間は死んでいる。人間が死ぬのは学ぶこころを失ったときだ。

組織の緩みへの警告。・これでいいな、いい方向にきたなと追求心が緩むとき、仕事は下り坂に転じてしまうことを肝に銘じ、初心を貫いてほしい。・学ぶ気迫をなくしたら、まったく未来はない。よく勉強会をもち、意見を率直に述べ合い、こまめにモチベーションをお互いに高めていく組織の人たちは着々と成果をあげている。・すべての職場が新しい課題に挑戦する戦闘のテーマを持っていなくてはならない。

以下、リーダー論。・リーダーを目指す人は、日々を大切に生きる気迫がなければならない。夢をつねにもち、ロマンのある人物になりたいと思うこと。・血流のいい組織づくりが一番大切。そのよどみのない血流は、明るくおおらかな人物力をもったリーダーによって導かれる。・「いま自身の企業のまわりにある問題の優先順序を、複眼的な視野から考えぬいて判断してみること」がリーダーの責任。・人間は使命感にあふれ、未来に挑戦する気概をもつとき、人間力の魅力で迫る熱気あるリーダーとなる。・一丸となって組織の機動力を発揮するには、トップが深い勉強をしていなければ社員はついてこない。上の人間は下から実によく見られているものだ。・リーダーは人間味、人物力で人を引っ張るのであって、権力や権限あるいは命令で人を引っ張るのではないのだ。・「魚は頭から腐る」といわれるように、企業も崩壊していくとき、頭脳集団から腐り始める。とりわけ、トップマネジメントの発想が陳腐化すると、その企業は加速度を増しながら崩壊が進み、全組織を腐敗させてしまう。・常にポジティブに生きるリーダーは美しいし、慕われてゆくのだ。・社長になった人は、なるときは人が決めるが、降りるときは自分が決めなければいけないのである。経・営者がすべきことは、会社のなかにうごめいている革新、発明、発見に注目して、その芽を育て、大きな成果に仕上げていくこと。・器量の大きい人が先頭にたってゆかないと、企業は衰える。

冒頭の「経営力の差は、経営能力というよりも経営姿勢から生まれる」の「経営」という言葉をはずしてみよう。「力の差は、能力というよりも姿勢から生まれる」になる。前向きで、勢いのある姿を続けられれば、いずれ無敵のリーダーになる。

 

人財の条件