『出光佐三 反骨の言霊』(水木陽)ーー「この戦争では本当の意味で負けたのはアメリカだ」

4月23日に訪問した門司の出光美術館で買った『出光佐三 反骨の言霊』(水木陽)を読了。著者の水木楊は、不思議な未来小説を書く人。

出光佐三の勝負:関門海峡での軽油販売。満鉄への潤滑油納入。日章丸の成功。石油価格統制への反撃。 

難にありて人を切らず―快商・出光佐三の生涯

難にありて人を切らず―快商・出光佐三の生涯

 

 2013年委改題、再編集し、出版した本。

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出光佐三「この戦争では本当の意味で負けたのはアメリカだ」

出光 佐三(いでみつ さぞう、1885年8月22日 - 1981年3月7日)は、明治から戦後にかけての日本の実業家・石油エンジニア・海事実業家。石油元売会社出光興産の創業者。

訪問した門司の出光美術館で買った『出光佐三 反骨の言霊』(水木陽)を読了。著者の水木楊は、不思議な未来小説を書く人だ。出光佐三の勝負:関門海峡での軽油販売。満鉄への潤滑油納入。日章丸の成功。石油価格統制への反撃。 

出光佐三のあだ名が記されている。低能、ヤンキー、海賊、国賊、無法者、一匹狼、横車押し、横紙破り、ユダヤ商人、ゲリラ商人、怪商、快商、土俵際の勝負師、デマゴーグアナクロニズム、ニュースを作る男、、、。

1945年8月17日の社員への訓示。

・愚痴は泣き言である。亡国の声である。婦女子の言であり、男子の採らざるところである。ただ昨日までの敵の長所を研究し、取り入れ、己の短所を猛省し、全てをしっかりと腹の中に畳み込んで、大国民の態度を失うな。三千年の歴史を見直して、その偉大なる積極性と、広大無辺なる包容力と、おそるべき咀嚼力とを強く信じ、安心して悠揚迫らず、堂々として再建設に進まねばならぬ。

・日本は負けたのではない。消え去っただけだ。この戦争では本当の意味で負けたのはアメリカだ。それは原爆を落としたからだ。アメリカはその国是である正義と人道主義を自ら放棄した。

「八百人を超える海外の社員は、最後に残った唯一の資本じゃないか。「人間尊重」を唱えてきた出光が、たかが終戦ごときに慌てて、彼らを首になどしてはならん」

昭和天皇出光佐三逝く 国のためひとよつらぬき尽くしたるきみまた去りぬさびしと思う」

「死んだら、鈴木大拙先生のそばに埋めてくれ」。鎌倉東慶寺鈴木大拙の墓の数メートルの近さに墓がある。大拙の墓は正面を向き、出光の墓は、大拙の横顔を見つめるようにして置かれている。「鈴木先生よりも大きな墓にしてはならない」。

著者の水木楊は「今日の日本の最大の問題点は、みながミスを恐れて萎縮し、守り一色になっているところにある。何かと言えば官僚批判を口にするくせに、自らも官僚化していることに気づかない。一億総官僚化現象である。これではドラマは成立しない。日本がダイナミズムを取り戻すためには、創る人間があちこちに現れなければならない」(2003年)。

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スポーツクラブでひと汗。

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10連休で、人物記念館の記録は9人終了。後一人。

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「名言との対話」5月6日。萱野茂アイヌ」とは、アイヌ語で「人間」という意味であります」

萱野 茂(かやの しげる1926年6月15日 - 2006年5月6日)は、日本アイヌ文化研究者博士(学術))。

アイヌであった萱野茂は1972年日高に「二風谷(にぶだに)アイヌ資料館」を設立する。集めたアイヌ民具の収集品と自ら復元した民具のうち1121点(うち202点が同館の収蔵品)は2002年2月に国の重要有形民俗文化財に指定されている。そして1975年古老からの聞き取りによるアイヌ民族の生活教典『ウェペケレ集大成』は、文化分野で高い業績をあげた個人・団体を対象とした菊池寛賞を受賞。私塾アイヌ語塾をひらき,小・中学生を指導する。1989年には日本の文化活動に著しい貢献を果たしたとして吉川英治文化賞を受賞している。

1994年アイヌ初の国会議員(参議院)(社会党社民党民主党。1998年まで)となり、「日本にも大和民族以外の民族がいることを知って欲しい」という理由で、委員会において史上初のアイヌ語による質問を行った。 アイヌ文化振興法を成立させ、国会議員としての目的を果たした萱野は一期限りで引退。1998年「萱野茂アイヌ神話集成」で毎日出版文化賞を受賞。

自らの生い立ちを通じて、言葉や文化を奪われた民族の悲しみを綴った『アイヌの碑』をはじめ、生涯に凡そ80冊の著作物を刊行した。

中国人が中国語で口論しているのを見て、アイヌ民族出身の萱野茂氏は嘆息しながら「おれたちもあんなふうにアイヌ語でケンカできたらどんなに幸せだべなあ。うらやましいなあ」と語っている。すでにアイヌの言葉は失われつつあったのである。茅野はアイヌ語の記録にも執念を燃やし、1万4000語を収録したアイヌ語辞典も刊行している。またアイヌ叙事詩ユーカラ」や昔話の録音は700時間にも及んでいる。

言葉は民族にとってかけがえのないもの 言葉こそ民族の証し そう思っています」と萱野がNHK「あの人に会いたい」で語っている映像を見た。アイヌという言葉は、「人間」を意味している。和人はそのアイヌを人間として扱ったかと訴えた人生だった。今年、北海道に行く予定があるので、「二風谷(にぶだに)アイヌ資料館」を訪問し、萱野茂の事績を追いたい。