ウォーキングの実績をチェックした。
2025年1月から現在までの平均歩数は7229歩。昨年より500歩多いペースだ。2024年の年間平均は6736歩。2023年は7263歩。2022年は6732歩。今年は7500歩を目標にしよう。
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今日の収穫
遠藤周作『人生には 何ひとつ 無駄なものはない』(朝日文庫)という珠玉のアンソロジーから。監修は30数年に及ぶ交流があった鈴木秀子。遠藤の多数の作品の中から選び取った言葉集。
「60歳になる少し前ごろから私も人生をふりかえって、やっと少しだけ「今のぼくにとって何ひとつ無駄なものもは人生になかったような気がする」とそっと一人で呟くことができる気持ちになった」。
- 教育というのは結局ーー他人からしてもらうことではない。自分が自分にすることであるということを、戦後の我々は随分、忘れてきたのではないか。、、、戦後の我々が、このことを根本的に頭に叩きこまねばいけないなあ、とも考える。
- プロの一生とは不断の勉強の集積だ。一日も休めない。、、、夜の夢のなかでもそれを考えていることさえある。プロとはそういうものだ。そしてその時のほうが勉強の時間よりも大事なのだ。
- 世間の人から「出世した」と考えられている男が、なお様々な仕事に手をだすのをぼくたちはよくみる、、、、抵抗力のあるものと闘う時のイキイキとした充実感、生命感が男性にとって非常に大切なのであります。
- 人生、何が、どう旋回するか、わからない。そこに人間をこえた大きな力を私は感じてならぬ。
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20時:デメケンミーティング
21時:「革命」編集ミーティング。配布状況の確認、次の号のアイデア出し。
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「名言との対話」2月24日。高木聖鶴「私の人生は、独学による、「雑学の集積」とも言えます」
高木 聖鶴(たかぎ せいかく、1923年(大正12年)7月12日 - 2017年(平成29年)2月24日)は、日本の書家。文化功労者。文化勲章受章者。享年93。
岡山県総社市出身。24歳、岡山を拠点に朝陽書道会を創設した内田鶴雲に師事する。鶴雲の師の安東聖空譲りの「元永本古今集」の書風を身につけた後、「一条摂政集」「高野切」「針切」「香紙切」など古筆の森に分け入り、王朝の雅を手中に収めた。書名の鶴聖は師とその師の名前からとったものだ。27歳、日本美術展覧会(日展)に初入選する。その後は書の世界で大活躍をする。1975年からは日本書芸院理事、1984年からは読売書法会理事に就くなど、日本の書の発展に大いに貢献した。
書家として日本や中国の古筆、名筆を研究し、美しく気品ある仮名を追求、独自の書風を打ち立てる。また戦後の仮名書家たちが追い求めた大字仮名にも新境地を開いた。
2006年に文化功労者に選ばれた際には「かな書は文字としての意味を伝えるだけでなく絵画のような造形美を探求するもの。墨と筆の日本の文化です。書は私のすべて。後世にいい作品をのこすため全力投球する」と述べている。
2013年の高倉健、本庶佑らと同時の文化勲章受章時の記者会見では、実際に書を書く姿を見せている。
「ほのぼのと春こそ空に来にけらし天の香具山霞たなびく」(新古今和歌集)や、斎藤茂吉の「あかあかと一本の道とほりけりたまきはる我が命なりけり」を墨で書いている。特に茂吉のこの歌が好きだと語っている。自分の心境に近いのだろう。
以下、日経ビジネスのインタビュー記事から。
・私の人生は、独学による、「雑学の集積」とも言えます。
・その時に解けんかった疑問も、二年、三年と経つと、ふとした瞬間に解けることがあります。難問も自力で突破出来る。“学び”というのは、そういうことではないかと思います。
・他の芸術も、例えば文学、絵、彫刻、工芸にしても、全てが「同根」です。だからそういうことも吸収すれば、肥やしになります。専門以外のことでも理解を深めれば、「幅」が広がります。
・あらゆる能書から、古筆の形、筆跡、書いた人の息遣いまでを学ぶようにしています。
・自然からもヒントをもらいます。
・日本の文字(仮名)の根元は漢字ですから、漢字のことを知らんと、中国の古典を勉強せんと、良い仮名にはなりません。
「平安の古筆の域に達するにはあと100年必要だな。200歳まで一生懸命練習しないと、平安時代の古筆には迫れない」というその姿勢に感銘を受ける。
高木聖鶴は歴史上に輝く古筆と、現代仮名書きを踏破し、その上で独自の書風を確立した人である。独学による「雑学の集積」と本人は謙遜しているが、大自然や他分野、中国古典などあらゆるものに学んだ「博学」の人となったのだ。
