ユーチューブで、昨日会った早川洋平さんの「INTEREVIEW」を見る。
- 「INTERVIEW」(早川洋平)ー東浩紀(批評家・作家)「誰もが自らを「訂正」し続けている」【INTERVIEW#235】誰もが自らを「訂正」し続けている│東浩紀さん(批評家/作家)
- 「INTEREVIEW」(早川洋平)ケヴィン・ケリー(WIRED創刊編集長)「想像なくして創造なし」【INTERVIEW#255】「想像なくして、創造なし- WIRED創刊編集長ケヴィン・ケリーが語る”テクノロジーと人間の共生”」
- 「3ジジ放談:佐高信・平野貞夫・前川喜平」ー兵庫・高校無償化・予算・核禁条約・ロッキード
2025年の訃報を調べる。訃報が多いようだが、毎日著名人が亡くなっているわけではない。
- 1月:1日・俵孝太郎。2日・鍵山秀三郎。3日・原広司。5日・李 恢成 〈イ=フェソン〉。12日・森政弘。18日・アイー・ジョージ。25日・野中郁次郎。28日・森永卓郎。2月:3日・吉田義男。10日・袖井林次郎。28日・曽野綾子。3月:1日・みのもんた。
朝:橘川・田原・久恒の「イコール」編集長ミーティング:田原さんはマレーシアから参加。
昼:昼食は橋本「ミウイ」の「鎌倉パスタ」。最寄り駅まで往復ウオーキングを含め7000歩。
夜:タモリ・ステーション(テレビ朝日)「正しく備えよ! 南海トラフ巨大地震」
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「名言との対話」3月7日。黒岩重吾「私は、人間の生につながるセックス、金銭欲、権力欲、等の飽くなき欲望を、えぐりにえぐり、人生とは何?を酷烈に自問自答させたい」
黒岩 重吾(くろいわ じゅうご、1924年2月25日 - 2003年3月7日)は小説家。社会派推理小説、風俗小説、古代史を題材にした歴史小説で活躍した。享年79。
大阪出身。同志社在学中に学徒出陣で北満州に出征する。敗戦の逃避行で朝鮮経由で内地に帰還。復学後、株で儲けて酒色に溺れるが、ある日全身麻痺に襲われて3年間の入院生活を送る。「書く以外に生きる方法はない」と決心する。1961年に釜ヶ崎(あいりん地区)でのドヤ街を舞台にした『背徳のメス』で直木賞を受賞。
その後、あらゆる注文を引き受け、月間700ー800枚を書いた。1970年代後半からは、古代を舞台に歴史小説を書く。1980年に『天の川の太陽』で吉川英治文学賞を受賞。1992年には一連の作品により菊池寛賞を受賞。「中大兄王子伝」「日の影の王子 聖徳太子」「白鳥の王子 ヤマトタケル」「紅蓮の女王」「茜に燃ゆ」などの作品がある。
文壇での地位が固まってからは、文学賞の選考委員をつとめている。直木賞選考委員として、1984年上半期から2002年下半期まで。吉川英治文学賞選考委員として、1990年から2003年まで。柴田錬三郎賞選考委員として、1988年から2002年まで。12冊。1990年代以降は11冊。
1960年代は80冊近く、1970年代は70冊近く書くという多作だった。テレビドラマは毎日放送「黒岩重吾シリーズ」など、「背徳のメス」など映画化作品も多い人気作家だった。
「阿騎野の朝に志を立つ」は、柿本人麻呂が「東(ひむがし)の野に炎(かぎろひ)の 立つ見えてかへり見すれば月傾(かたぶ)きぬ」と詠んだ阿騎野で古代を舞台に歴史小説を書くことを決心した立志の言葉である。古代史の舞台となった場所で生まれ育ち、百舌鳥古墳群の近くで遊んでおり、中学では飛鳥を中心にして古墳を利用した軍事練習をしており、古代史の舞台には馴染みがあった。その地で黒岩重吾の志が立った。
2014年に神奈川近代文学館で開催された「黒岩重吾展」をみた。古代の歴史については、なかなかリアリティを感じることができないので、この人の書いた小説を読んでみるかと考え、飛鳥時代をテーマとした以下の小説を読んでみた。「聖徳太子--日と影の王子」。壬申の乱を描いた「天の川の太陽」。天武天皇を描いた「天翔ける白日--大津王子」。
「生きることを苦しく思う時、思い切り生きたい」とも言っている。苦しいからこそ生きぬこうというのだ。また「私は、人間の生につながるセックス、金銭欲、権力欲、等の飽くなき欲望を、えぐりにえぐり、人生とは何?を酷烈に自問自答させたい」と小説を書く動機を語っている。若い時代に、戦争、酒食、闘病、被災など、あらゆる地獄をみたことで、「人間とは何か」、「人生とは何か」を自問自答し続けた人だったのであろう。
阪神淡路震災に兵庫県西宮市の自宅で遭った70歳の時には、「古代ローマの昔から、人間は自分とは無関係な人間が血を流すことに昂奮して来た。これは、人間の内部にゴッドと共に棲むデーモンの欲求があるからである。必要なのは、何処までデーモンを抑え込むかであろう。それが不可能でも、最低限、デーモンを憎む気持ちだけは持たねばならない。現代人に必要な人間の証はそこにある」と述べている。「一つの不幸にとらわれて、すべてのものを、不幸な眼で見ようとするのはいけない」と言う黒岩は、現代を生きる人々に「人間の証」を携えて生きることを促す励ましの作品を送り続けたのだ。
「天翔ける白日--大津王子」