垣根涼介『極楽征夷大将軍』(文芸春秋)をオーディブルで読了ーー足利尊氏とはこのような人であったか。

垣根涼介『極楽征夷大将軍』(文芸春秋)をオーディブルで読了。25時間の語りを1.2倍速で聴き終わった。ここしばらく、散歩の途中で聴いた。

室町幕府の初代征夷大将軍足利尊氏を中心に、その実弟・足利直善、そして足利家の家裁である重臣高師直を中心に、鎌倉幕府の執権・北条家を打倒し、幕府を立ち上げていく物語。

「極楽殿」呼ばれる怠け者で意欲の無い凡庸な尊氏、その弟で頭の切れる直義、その二人に仕える師直。後醍醐天皇をかつぎ、足利政権をつくるが、その後には、情勢の変化のなかで、兄弟の行き違い、足利直義高師直との確執など、本人たちの意思とは違って、幕府の樹立と維持を巡って関係が大きく何度も変化していく。尊氏は私心がまったくないことが、逆に尊敬を集めていくという不思議な人物だった。戦時にあっては常になんとなくごく自然に勝ち進んでいく。弟は出来の悪い兄にかわり、幕府を仕切るが、恨まれることも多い。弟思いの極楽殿・尊氏は何度も窮地を救う。そんな尊氏は50歳を越えたあたりから、直義や師直が身近にいなくなってようやく将軍らしくなっていく。

直木賞選考委員たちの言葉は、以下のとおり、浅田次郎「過去の歴史観に一石を投じた」。伊集院静「尊氏、直義兄弟の姿は、現代の我々に何かを教えてくれる。京極夏彦「まるでAI活用の適否を見せつけられるような、ネオ太平記です」。

鎌倉時代末期から、室町幕府初期までの武士政権樹立に向けての激動期の様子がよくわかるスペクトルだった。直木賞にふさわしい歴史小説で大いに楽しめた。直木賞を取るべくして取った傑作だ。

NHK大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」を見て、この『極楽征夷大将軍』を聴いたが、この時代は骨肉相食む、権謀と闘いの連続の、血なまぐさい時代であったことがよくわかった。

極楽征夷大将軍

 

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直木賞作家の藤田宜永さんが死去 妻は小池真理子さん:朝日新聞デジタル

「名言との対話」1月30日。藤田宣永「本を出し続けるのは難しいよ。今だって、一年契約のプロ野球選手のような気持ちでやってるもん」

藤田 宜永(ふじた よしなが、1950年4月12日 - 2020年1月30日)は、日本の小説家。享年69。

福井市生まれ。早稲田大第一文学部中退。パリにわたり、ミステリー小説の翻訳をする。エールフランスに数年間勤務し帰国。

90年代初頭から再婚した妻の小池真理子と軽井沢在住。推理小説、冒険小説を書いていたが、1997年頃から恋愛小説に進む。2001年、熟年の愛を描いた『愛の領分』にて第125回直木賞を受賞した。

文学賞選考委員も多い。日本推理作家協会賞オール読物推理小説新人賞島清恋愛文学賞大藪春彦賞、さばえ近松文学賞アガサ・クリスティ賞。

『作家の履歴書ーー21人の人気作家が語るプロになるための方法』(角川e文庫)の中の藤田宣永の部分を読んだ。フランスに7年いて30歳で日本に帰った。「男と女の話を書きたかった」。「影響を受けた作家は吉行淳之介」。「吉行の本を読んで小説家になりたいと思った」。毎月140-300枚を書く。きりのいいところでやめず、次の5行、10行を書いておく。次の日に続けて書きやすいと語っている。この部分には共感した。

妻の小池真理子も同じ本に出ており、「自分と同じように年を重ねて成長してきたコアな読者がいるって作家にとって一番幸せなことだと感じます」と語っている。夫の藤田宣永より3つ年下。10代のころから小説家志望。デビュー作は『知的悪女のすすめ』。自分が本当に書きたいことを心ゆくまでと書いたのが『恋』で、夫婦同時に直木賞候補となり、43歳で自身が直木賞を受賞した。

夫が「愛」を描き、妻が「恋」を描いた。それがそれぞれ直木賞を受賞したのも興味深い。

藤田宣永の本は読んだことは無かったので、『燃ゆる樹影』(角川文庫。2009年刊行)を読んでみた。  

55歳の主人公は八王子在住の樹医。自身のホームページを通じて知り合った若い女性を八ヶ岳山麓の木の診察後に諏訪湖畔の病院に見舞う。娘の母と会う。20数年前の46歳の恋人だった。彼女は画廊喫茶を経営していた。そこから恋愛の運命が回転していく。陽子が妻に会って離婚を要請するという行動、最後は雷が樹木に落ちて燃え上がるシーンで終わる。

おしどり夫婦でかつ小説家としてはライバル。そして妻が先に直木賞を取り、その5年後に夫が直木賞を受賞する。小池真理子が「一つ屋根の下に作家が二人いる。これは尋常なことではない(笑い)」というように、この夫婦のことはマスコミの話題になり、雑誌などでよく見かけている。

藤田宣永は「本を出し続けるのは難しいよ。今だって、一年契約のプロ野球選手のような気持ちでやってるもん」と本を出し続ける難かしさを語っている。小説家は注文が無ければ本にはならない。「待ち」の仕事なのだ。藤田は2000年代に26冊、2010年代に20冊ほどの小説、そしてアンソロジー、翻訳なども刊行している。常に読者がいたという証拠だ。

それは出版のどんな分野でも同じだ。この藤田と同い年の私もこのことはよく知っている。売れなくなったら本は出せなくなる。極端にいえば、一作一作が勝負になる。売れれば次に注文がくる。売ればければ来なくなる。そういう厳しい業界なのだ。藤田宣永という同い年の作家に敬意を表したい。