図解塾:「わいせつ」「和菓子」「和服」

「図解塾」では、図解「JAPAN」プロジェクトを進行中。

本日のテーマは、「わいせつ」「和菓子」「和服」。

冒頭のイントロでは、先週の「生成オンライン合宿」の報告。「名言との対話」からは野田一夫、内橋克人、小池邦夫、福原義春、加瀬昌男。

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以下、塾生の学びから。

  • 久恒先生、みなさま、本日の図解塾ありがとうございました。今日は『日本を知る105章』の続きで「わいせつ」「和菓子」「和服」の3つを図解で読み解きました。「わいせつ」については、もともと日本ではおおらかに考えられていたものが、明治以降、近代社会の概念が入ってきたことで「新しい概念」として意識されてきた、ということがよくわかりました。何がわいせつなのかは、実は時代によっても地域によっても異なり、今後も変化していくのではないかと思いました。「和菓子」については、小豆を中心にした日本で生まれたお菓子と思っていましたが、実はそうではなくて、そもそも「植物の果実」から始まっているということがわかり、大変意外でした。そして大陸から入ってきた唐菓子や南蛮菓子も混じり合い、明治以降に入ってきた洋菓子と区別する意味で「和菓子」となった、ということで由来が良く分かりました。(正月にいただく はなびらもち が餃子由来であるのには驚きました) また、担当させていただいた「和服」については、洋服が「人の身体に合わせて作られる」のに対し、和服は「着付けで人の身体に合わせる」というところが大きく違い、とても面白いと思いました。また季節によって着るものが微妙に変わり、帯や小物で粋にも野暮にもなり、着る人によって百人百様。着物はさながら「歩く美術館」という例えは、イメージも広がり、印象に残る表現だと思いました。「わいせつ」も「和菓子」も「和服」も海外からの影響を受けることで、日本的な特徴が際立つ、ということも分かり、とても面白い内容でした。次回もまた楽しみです。ありがとうございました。
  • 本日もどうもありがとうございました。今回は「わいせつ」「和菓子」「和服」でした。「わいせつ」について、時代とともにその基準が変化してきたというのは、たしかに納得がいきます。江戸時代は混浴も平気でした。わいせつの概念が強くなったのは日本の近代化に伴う変化だと思いますが、西洋ではどうだったのか。旧約聖書でアダムとイブがはじめは恥ずかしいと思わなかったが知恵がつくにつれて性器を隠すようになったところから出発しているのでしょうか。日本で1990年頃でしょうか、一般週刊誌にもヘアヌードが堂々と載るようになったとか、たしかに時代とともに変化するのだと思いますが,疑問はつきません。「和菓子」はたいへんよく整理されて分かりやすかったです。中国や西洋からのものを導入して日本独自のものにしてしまう、文学をはじめ他のいろいろな分野と共通の特質がよく分かりました。「和服」はたいへん勉強になりました。和服の作り方が1枚の反物から長方形に裁断して縫い合わせていく、説明図入りでたいへんよかったです。和服のところでは、参加者の体験等も併せてとても和やかに話がはずみました。次回以降も楽しみにしております
  • 本日も先生、みなさまお疲れ様でございました。今回は「日本を知る105章」から、「わいせつ」「和菓子」「和服」でした。「わいせつ」は、時代や地域によってことなり定義づけが難しい。昔は、そんな概念がそもそもなく生まれたのは近代で、生まれると創意工夫してみてはいけないものを見ようとしているのが日本で、今後は多様性と相まって概念が大きく変わるのでは?という内容でした。概念がなかったときには存在していなかった言葉。こうやってみなさんと話すことはない内容なので、新鮮でした。「和菓子」は、昔は果物の実のことだったことを知りました。また、中国からきた唐菓子や南蛮菓子が組み合わさって日本化してきた歴史を知り、ケーキのような西洋菓子と比較して「和菓子」と呼ばれ、その「和」は外から来たものを和やかに変容してきたことだということが、今までやってきた文化と通じているなと思いました。 「和服」では、洋服が着る人に合わせて作られるのに対し、「和服」は着付けで身体にフィットさせ、かくすことのに美学をもっている。また歩く美術館と言われるほど素敵と、そうですね。非日常着となってしまっていますが、着付けができない私にとっては着るのが大変なのですが、機会があったら着たいものです。本日のお題は、みなさんとわいわいとお話が弾んで楽しかったです。次回もどうぞよろしくお願いいたします。
  • 久恒先生、みなさま、本日もありがとうございました。今回は規定科目の『日本を知る105章』の「24_わいせつ」、「25_和菓子」、「26_和服」の3つの図解が発表されました。「わいせつ」については、文章による表現が多い図解だったのですが、わいせつの概念というものが「時代や地域によって異なり定義づけが難しい」ということ、しかも世界の流れと違って日本独特のものであるという点について改めて気づくことができました。「和菓子」については私が担当しました。図解を作成するときには、まずキーワードを抜き出して並べてみるのですが、旧漢字による言葉が多く、読んでも内容がわかりにくかったため、現物(写真や絵)を使うとか、説明表記を丸ごと省略することで文字数を減らし、情報の深さより全体を俯瞰しやすくすることを目標にして作成しました。 「和服」については、学校の家庭科で基本的なことを学んだり、20歳前に呉服店に何度か行ったりしていたため、知識として下地がありました。それで、発表された図解をパッと見てとても驚きました。文字は少ないのに情報量が多くて、しかも、矢印をたどっていくと着物が完成する。矢印で区切られている各パーツの絵図を見れば、著者が説明したかった内容が瞬時に伝わったと感じるくらいわかりやすかったです。学生時代にこの図解があれば、説明時間を短縮してもらえたし、生徒としても和服の良さを理解しやすかっただろうなと思いました。次回も日本文化の素晴らしい点を再確認したいと思いますので、引き続きよろしくお願いいたします。
  • 9月の図解塾に参加させていただきました。久恒先生、皆様、本当にありがとうございました。今回の講義では、①「わいせつ」②「和菓子」③「和服」の3つのテーマについて深く学び、非常に充実した時間を過ごすことができました。まず、①「わいせつ」についての学びでは、わいせつの概念が時代や地域によって大きく異なることに驚かされました。現代では普遍的だと思われがちな価値観も、実際には歴史的・文化的背景に依存していることが分かり、このテーマに対する視点が広がりました。次に、②「和菓子」の歴史に触れた際には、和菓子が日本固有のものではなく、外来の影響を受けながら発展してきたことを学びました。特に、和菓子が中国からの影響を受けて発展したことや、時代を経て日本独自のものとして洗練されてきた経緯を知ることで、日本文化の多様性や柔軟性を再認識しました。 最後に、③「和服」についての学びでは、和服が200年から300年という長い間、ほとんど形を変えずに継承されてきたことに感銘を受けました。この不変性が、日本の伝統文化における美意識の高さと深さを物語っていると感じました。どのテーマも非常に興味深く、理解を深める機会となりました。次回の図解塾も楽しみにしております。今回の学びを今後の生活や仕事に活かしていきたいと思います。ありがとうございました。
     

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気温が下がり、さわやかな秋の風情。気持ちがいいので、久しぶりに7000歩を越えるウオーキング。実に気持ちがいい。こういう天気が少なくなってしまうのは困る。

岡山の伊藤さんから、「新・孔子の人生訓」の図が欲しいとの連絡があり送付。広めたいとのこと。

NJ出版の編集者から、「大全」のデータ送付の依頼があり、送付。

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小室直樹氏が死去…異色の評論家、ソ連崩壊予言 - All Things Must Pass
「名言との対話」。小室直樹「学問とは驚く能力です。はじめに楽しむことを覚えるべきです」

 小室 直樹(こむろ なおき、1932年9月9日 - 2010年9月4日)は、日本の社会学者、評論家。

福島県出身。会津中学で政治家を志す渡部恒三と親友になる。ノーベル賞を目指して京大理学部物理学科に入学。その後、大阪大学経済学部を経て、アメリカ留学では、各分野の第一人者から直接の教えを受ける。帰国後も、東大の法政治学研究科で学ぶ。この学究は、物理学、数学、経済学、心理学、社会学統計学、経済史学、法社会学政治学などあらゆる学問を身につけたことが特筆される。

自然科学はscienceと単数なのに対し、社会科学はsocial sciencesと複数形である。本来、社会科学は諸科学の総合であるはずだった。分断された諸科学の総合、つまり「社会科学の復興」が小室直樹の生涯のテーマだった。世界そのものを総合的に丸ごと説明しようとした。そのため、様々な社会科学を有機的に編成し、構造的に分析し、そして処方箋を編み出した。

1980年に『ソビエト帝国の崩壊ーー瀕死のクマが世界であがく』(光文社カッパ・ビジネス)がベストセラーになったが、当時は誰もが本気にしなかった。ソ連崩壊の原因、必然性、プロセスが詳細、具体的に書かれていた。世間が驚いたのは、その9年後に予言が的中し、小室直樹の慧眼に感心してしまった。

小室直樹は中国、韓国、イスラムなどについての著作、そして日本については日本教、受験体制、田中角栄、、、など実社会に向けても本質的な論陣を張った。

山本七平『勤勉の哲学』(PHP文庫)を読むと、小室直樹の80頁の本格的な解説がついていた。この本のテーマは「日本人はなぜ勤勉なのか」だ。
日本人にとって仕事は修行である。禅の修行と同じ。一心不乱に行えば救済される。これが勤勉の哲学だ。勤勉の哲学は「資本主義の精神」であったから日本は発展した。技術でもなく、商業の発達でもなく、営利経済でもない。資本主義の精神を育てうるかどうかが重要だ。資本主義の精神とは何か。カトリックエートスである現世内禁欲、計画性と合理性を、プロテスタントが俗人にもその規範を要求した。禁欲によって人格が作りかえられた。生活態度に一貫した方法が形づくられた。日本資本主義の精神とは何か。世俗内における職業的労働は宗教的行為とみなす。一心不乱に行えば成仏(救済)できる。それは精神的安定と充足感だ。先世の因果でその位置に生まれた責任があるから、その位置が要求する労働をただひたすら行うことが義務である。キリスト教の世俗内禁欲とは、勤勉のことである。私欲から離れて、世の人につくすため一所懸命に職業に励めば結果的に利潤が発生する。その利潤だけが是認される。倹約、貯蓄、投資、成長のサイクルが資本主義。ピューリタンは働き利得をあげよ、ただし使わずにただ貯めよとの思想であった。天職につとめ隣人を愛すなら神の恩恵を受ける。梅岩は衣食住は生活に必要なだけでよいとする乱費を戒めて倹約の思想を生んだ。正三・梅岩の思想は革命の思想ではない。神という絶対者があれば、悪い社会を捨てて、よい社会を選べる。それが革命の論理だ。正三・梅岩の思想には絶対者はいない。

「大事なことは何一つ省かず、正しくない単純化は避けて、基本原理を展開する」というサミュエルソンの野望は、難行といって過言でないと、『経済学をめぐる巨匠たち』(ダイヤモンド社)の中で、著者の小室直樹はいう。この本では経済学を生んだ思想家のホッブスとロック、経済学の父・スミス、国際経済学リカード、快楽の最大化を論じたベンサムマクロ経済学創始者ケインズ、資本主義を批判したマルクス、資本主義発生のダイナムズムを解き明かしたシュンペーター、経済学を科学にしたワルラス、そして馬にも分かる経済学のサミュエルソンを順番に論じている。日本人経済学者として、高田保馬森嶋通夫大塚久雄、川島武宜を挙げている。ロンドン大学経済学部教授の森嶋の項ではノーベル経済学賞に最も近い日本人として説明している。ノーベル経済学賞受賞者が日本人から出ないのは、数学が入試から外されたこともあるが、超一流の秀才か、森嶋のような劣等生のみが世界トップになれる世界では、2流の秀才は歯が立たないという。

小室直樹はあらゆる学問を修め、その上で「先進科学を後進科学に応用する」という方法論で、切り込んでいった。アイデアの発想とその理論化、両方ができた天才だった。

日本の私塾の伝統をひく「小室ゼミ」は、1960年代半ばから無報酬で私的に続けた。橋爪大三郎副島隆彦山田昌弘宮台真司、など多くの俊秀が影響を受けている。知研で殺気の漂う副島健彦を呼んだ時、「本当の天才は小室直樹一人」と語っていたことを記憶している。

私が30歳で「知的生産の技術」研究会に入会した直後に、『激論!ニッポンの教育』(講談社)という本の編集の手伝いで旧・吉川英治邸を訪れたことがある。私がその場所に入ると、誰かがソファに寝そべっていた。起き上がるそぶりもないその人に挨拶をするとそれは著名な学者の小室直樹だった。その後、朝日新聞の原田先生と毎日新聞の黒羽先生がみえ、文部次官経験者、そして小田実が現れた。いったいどんな座談会になるのかと思っていたのだが、始まってみると当時の教育の主流である次官経験者と舌鋒鋭くそれを批判する小田実の一騎打ちの様相を帯びてきた。小田実は体が大きく骨太な骨格を持った偉丈夫だが、相手の理論を真上から粉砕しようとする迫力があった。後で講談社の編集者に感想を伝えると、「小室直樹も毒気が強いが、小田実は毒の強さが上だからね」という返事だった。

1983年に『私の書斎活用術』(講談社オレンジバックス)という本を仲間と出したことがある。当時のトップランナー16人の書斎を訪ねるという企画で、小室直樹の項は、「私の書斎は病院である」とうそぶく独身の天才学者」と紹介した。テレビは見るより出る方が多い、今日は何月何日か知らない、、、と続く。栄養失調でしょっちゅうぶっ倒れて入院している。最後に科学は方法だと喝破していた。

「国家の指導者を志すものは、常住坐臥(じょうじゅうざが)、常在戦場、常在国難の気持ちでいるとき、危機管理能力は驚異的に伸展する。これは、世界史の鉄則である」。

本を読んだり、難しい理論を理解しようとして、「そういうことか! わかった!」と心踊ることがある。学問するとは、その驚きの連続の過程を楽しむことなのだ。小室直樹は、あらゆる学問領域の山々を登り、高みに立って、自分が見えるパノラマの風景を見せてくれた人だ。

新しい知見を見聞きし、驚き、感動する。そのプロセスを自分なりに楽しんでいこう。

 

経済学をめぐる巨匠たち (Kei BOOKS)