人間学を学ぶ月刊誌と銘打った「致知」という雑誌がある。知る人ぞ知る、熱烈なファンのいる志の高い雑誌である。この1、2年ほどこの雑誌を愛読しているのだが、「遅咲き偉人伝」(PHP)を書いたことで、編集部から声がかかった。
http://www.chichi.co.jp/monthly/201105_index.html
「特集 新たな地平を拓く」という特集も、「遅咲き偉人伝」の前書きに触発されたものだそうだ。
特集。
- 「我ら、常に新たな地平を拓かん」 北尾吉孝・澤田秀雄
- 「この国の行方 日本が新たな地平を拓くために」 櫻井よし子
- 「日本偉人伝 徳富蘇峰の歩いた道」 久恒啓一
- 「稲盛和夫に学んだ人間学 信念こそ地平を拓く」 伊藤幸男
インタビュー・新たな地平を拓く、は3人の方が登場。
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
「徳富蘇峰の歩いた道」は4ページ。次は前振り。
「55歳で発心し、34年の歳月をかけて「近世日本国民史」全100巻という世界一の大著を書き上げた思想家・徳富蘇峰。戦前、戦後の混乱期の中でもその執念を貫き、人生の新たな地平を拓いた蘇峰の歩み、人生観を、多摩大学経営情報学部教授の久恒啓一氏にお話いただいた。」
- 聖人巡礼の旅での蘇峰との出会い
旅を続ける中で、全国のいろいろな記念館で、ある人物の名をよく目にすることに気づきました。徳富蘇峰です。、、、、
そして、もう一つの驚きは熊本の生誕記念館をはじめ全国に5つの記念館があることでした。
- 時代の潮流の中で日本の歩むべき道を構想
私は常に時事に即して最良の歴史的選択を構想し続けた思想家という見方をしています。つまり、変化する時代の潮流の中で日本の進むべき道を構想し続け、脱皮に脱皮を重ねた人だと思うのです。
- 広く尊敬されたその人柄
そこに左、右といった思想の違い、職業の違いはなく、ジャーナリストとして政治家、文人、社会運動家などあらゆるジャンルの人物と親しく付き合っていました。そして彼らもまた蘇峰の高い学識、人柄を尊敬するようになるのです。
- 「近世日本国民史」に注ぎ込んだ執念」
さらに驚くべきは、蘇峰の執念が「近世日本国民史」だけにとどまらなかったことです。国民史を執筆しながら、「支那では四千年の昔から偉大な政治家がたくさんいた。日本は政治の貧困のために国が亡びる」と、国民史の後は支那史を書きたいとその意気込みを示しています。
- 志を持って歩めば新たな地平が拓ける
人生は山登りに譬えられますが、志を抱いて一歩一歩汗を流して前進していけば、いつか新たな地平が見えてきます。蘇峰の生き方もまた、そのことを教えてくれています。
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
本日は多摩大の大学院入学式。大震災にかかわらず本学は4月以降すべての行事を予定通り行う。MBAコース25人、ICTコース4人、八王子サテライト8人、計37人。
寺島学長挨拶から
「戦後日本最大の逆境。本当の力が試される。プロジェクト・エンジニアリング。回答・方向を見つけていく。自己実現。知識、ネットワーク、友人など人生に立ち向かう要素を充実させる機会。九段のインターゼミも参画。貪欲に。人生はプロジェクト。」
- 田村常務「人的ネットワーク」。
- 橋本研究科長「経営実学。実践的学問。経験を理論化」。
- 桧山社長「グローバルな視点でノウハウと気づきで仕事を進めていく。実学、プロジェクトエンジニアリングでこの国を立て直す。八王子サテライトをオープン。産学連携の新モデルに。学び直しの時代。新しいシナジー。時間と空間意識。大胆さ、強さ、優しさ、志」
- 福重同窓会副会長「経営学は人間学。問い続けることが重要。経営の中心は哲学。
- 土屋院生会長「同志。前絵へ、上へ」
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
- -
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
終了後、学長とインターゼミの打ち合わせ。