13日の日曜日の寺島実郎の「世界を知る力」(2025年7月)
今回は、資料のみでまとめてみた。










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日本民藝館を訪問。
ルヴェソンヴェールで昼食
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「デメケン」ミーティング
「革命」編集会議
「知研」ミーティング
「開発」三―ティング
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「名言との対話」7月21日。渥美俊一「成功体験など、現状を永久に否定して再構築せよ。守ろうと思ったら衰退が始まる」
渥美俊一(あつみ しゅんいち、1926年8月21日―2010年7月21日)は、日本の経営コンサルタント。享年83。
読売新聞社の経営技術担当記者を経て、チェーンストア経営研究団体「ペガサスクラブ」を設立。スーパーマーケットの創成期にアメリカのチェーンストア理論を導入し、多くの経営者を牽引した。以下、渥美が指導した企業を挙げてみる。
ダイエー、イトーヨーカ堂、ジャスコ(現・イオン)、西友、西武百貨店、イズミヤ、ライフコーポレーション、コープこうべ、マルエツ、寿屋、長崎屋、ベイシア、平和堂、上新電機、ベスト電器、チヨダ、ビックカメラ、イズミ、カスミ、いなげや、マツモトキヨシ、オートバックスセブン、しまむら、フジ、オークワ、マルナカ、ケーヨー、エイデン、ナフコ、ケーズホールディングス、万代、大創産業、コープさっぽろ、ホーマック、アルペン、生活協同組合コープとうきょう、コーナン、コープかながわ、CFSコーポレーション、サイゼリヤ、ラルズ、カーマ、カワチ薬品、ヤマナカ、関西スーパーマーケット、コメリ、相鉄ローゼン、三和、島忠、さいたまコープ、キタムラ、みやぎ生協、ジョイフル本田、すかいらーく、吉野家、西洋フードシステムズ、ジョナサン、木曽路、サトレストランシステムズ、ダスキン、ニトリ。
ダイエーの中内功、イトーヨーカ堂の伊藤雅俊、イオンの岡田卓也、マイカルの西端行雄・岡本常男、ヨークベニマルの大高善兵衛、ユニーの西川俊男、イズミヤの和田満治が教え子である。こうして並べてみると、日常生活を豊かにする企業が多く、渥美の弟子たちが私たちの人生を彩ってくれたという実感を持つ。私は渥美にずいぶんと世話になっているわけだ。
株式会社寿屋を創業した壽崎肇は、「商業界」の倉本長治から商売の基礎を学び、ペガサスクラブの同い年の渥美俊一から成長の手法を学び、九州で一番大きなチェーンストアに育て上げた。
小泉清子は商工会議所の経営専門学院で学び、慶應ハーバードビジネススクールで学び、さらに渥美俊一のペガサスクラブで最新のマネジメントを身につけた。そしてセイコきもの文化財団を創設し、きもの美術館の夢を追った。
「お値段以上」のニトリの似鳥昭雄社長は、34歳でペガサスクラブに入り、渥美に学んでいる。「3年100店舗、1000億円」と苦し紛れに目標を掲げたら、「目標は額に入れて皆の前に飾れ」と言われた。そのとおりにしたら自分も本気になり、達成してしまった。渋谷にある渥美俊一記念館は、似鳥が「日本経済に貢献した渥美先生はもっと評価されるべきだ」と、2015年に渥美の死後に代官山の自宅を購入し、記念館にしたものだ。渥美の恩師・川崎進一の「恐竜になるな。しっぽをネズミに喰われているのに気づくのに一週間かかる。だから絶滅した」という言葉も掲げられている。師にも師がいる。その連続が歴史の進歩なのだろう。
「経営は科学。数字を入れて話しなさい」と指導した渥美俊一がつくったペガサスクラブは、1969年には会員企業が1,000社を超えた。2018年には430社が所属し、小売業では23兆円以上(国内シェア22%)、フードサービス業では2兆円以上(同7%)の売上高を誇る。この数字を見るだけでも渥美の影響力が途方もなく大きいことがわかる。どんな組織であれ、マネジメントの任にあたる者は、数字を入れた裏付けのある話を心がけたい。
渥美俊一には「成功体験など、現状を永久に否定して再構築せよ。守ろうと思ったら衰退が始まる」「上座に座るような宴席には行くな。常に下座で自ら注いで回り、先人から学べ」などの言葉がある。企業は永遠に自己刷新を続ける組織体だという信念だ。個人も同じだろう。