三枝成彰「最後の手紙」」初演−六本木男性合唱団

同僚の樋口裕一さんから誘われて、サントリーホールで行われた「六本木男性合唱団倶楽部10周年記念公演」である「最後の手紙」の初演を聴きに行ってきた。この演目は三枝成彰さんの作曲。
三枝さんは1962年(昭和62年)の東京芸大一年生のときに読んだ「人間の声」という本を読んだ。第二次対戦で亡くなった人たちが、家族、妻子、恋人、友人に宛てて遺した手紙を編集した本で、この手紙を主題とした音楽作品をかきたいと思ったという。50年近く暖めた構想である。
その202人の手紙の中から、12ヶ国13人の手紙を取り上げ、それを音楽にし、オーケストラと男声合唱で表現しようという企画である。

六本木男性合唱団には私の友人も入っていたが、今では222人がおり、今回の参加者は171名だそうだ。教師、医者、政治家、弁護士、ビジネスマンなど実に多彩な人たちがリストにあがっている。外国人も10人。羽田、鳩山、菅という首相、首相経験者もこの合唱団のメンバーだ。この公演に際して多い月は二日に一度の練習をしてきたという。譜面を読めない人は9割だそうだからここまでくるには大変だっただろう。
メンバーの中で名前を知っている人をあげてみる。浅葉克己島田雅彦鈴木寛、辰巳拓郎、田崎真也奥田瑛二、昇地三郎、露木茂羽田孜林芳正江田五月ケント・ギルバート・近衛忠輝、高野猛、鳩山由紀夫服部克久、、、。こういう人たちが忙しい時間をやりくりして合唱にエネルギーを割いている姿を想像するのは楽しいことだ。

フランスのレジスタンスの16歳のアンリ・フェルテの手紙、日本のルソン島で戦没した改造社の桔梗五郎の妻への手紙、日本空襲で戦死したアメリカのウィリアム・thディマン・シュンケル、ブルガリア人でパルチザンとして射殺された詩人・ニコラ・ヴァブッツアロフの妻への手紙、ポーランドのユダヤ人女性、イタリアの学徒ロベルト・ナンニ、中国のイエン・ユイ、イギリスのパトリック・ホールースヴェン、朝鮮の同区率運動かで詩人のユン・トン・ジュ、ソビエトの作家・イエフゲニイ・ペトロフ・、ドイツ兵ヘルベルト・ドウックシュタインのまだ見ぬわが子への手紙、トルコのミザーク・マノウキアンの妻への手紙、日本人戦犯としてラバウルで刑死した28歳の片山日出雄。

彼らの手紙をさんまざまな音楽に乗せて重厚で強い迫力で訴えかけてくる。日本語の字幕も用意されている。三枝さんの反戦の思想を余すとこなく表現した作品であり、ひしひしとその想いは伝わってきた。

会場に来る途中で浅田次郎の「終わらざる夏」という小説を読んできた。これも第二次大戦末期の話で、最初は東北と東京が舞台になっている。兵士としてとる赤紙の原案をつくる滝沢村の戸籍係、本土決戦に向けて45歳に近い老兵として徴用される編集者、親不孝を重ねる鬼軍曹、などが描かれているが、さりげない表現が胸を衝く。電車の中でも自然に涙がでてくる。しかし、「最後の手紙」には共感はするが、こういう感じが出ないのはなぜだろうか。小説と音楽の違いだろうか。

音楽という芸術は、個人と人類が一気に結びつく。特殊が普遍につながっている。個人の死と世界の平和が時空を超えて関係を持つ。誰もが賛成だが、それに至る道筋は明らかではない。今回の作品にも、個人と組織、個人と国家の葛藤は描かれてはいない。

会場では、鳩山、羽田、塩川、江田など政界の重鎮や著名な評論家などもみかけた。始まる前には樋口さんと一緒に三枝さんにご挨拶する機会もあった。

帰りながらわたしの音楽ライフの師匠・樋口さんの解説を聞く。感想や質問を投げかけ、腑に落ちる説明をしてもらう。

いずれにしても、三枝成彰さんの思想、執念、そして合唱団を率いるエネルギー、またレベルの高い聴衆を集めるカリスマ性と志の高さには感心した。