「図解塾」第6期⑩:「蜃気楼大学」「鳥瞰・俯瞰」「専門知・総合知・全体知」

「図解塾」第6期⑩を行いました。少し趣向を変えて久しぶりの実習を取り入れました。

1:「蜃気楼大学」の報告。

2:「鳥瞰・俯瞰」を標榜する著名人たち20人を紹介。出版・政治・経済・芸能・絵画・写真・学問・作詞。

3:「専門知・総合知・全体知」(寺島実郎)を図解するという実習。発表。

4:本日の感想の述べ合いによる学び。

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以下、塾生の学びから。

  • 久恒先生、皆様、本日もおつかれさまです。図解塾、先ずは「蜃気楼大学」が先週末成功裏に無事実行されたことについて久恒先生よりお話を伺いました。授業や催しをリモートで参加する事が当たり前となった今、『リアルに集う』事の価値に改めて気付きが有った。自主的な「持ち寄り」により事を成し遂げるパワーを感じた。「何かやりたい」という主催者の思いに賛同し集結した人々の志がシンクロし現場を支えてくれた。「リモート」で知り合った仲間が全国から集結、グループに『現場で何とかする』マインドが自然醸成された。『リアル』が楽しく、だれも帰ろうとしなかった。『成功時の達成感』 『PJT推進の醍醐味  』が味わえた。蜃気楼に未来が有る事を確信した。等と、当日参加できなかった当方もお話を伺い大変ワクワク致しました。早くも来年は2月4日に実施し、セミナーハウス全体を借り切るくらいに規模を拡大する計画が進行中との事、ぜひ次回は参加したいと思いました。続いてブログ記事に基づき、「鳥瞰」「俯瞰」についての深掘りについて久恒先生より引き続きレクチュア頂きました。下中弥三郎氏(平凡社創業者)元教育者、「出版は教育」との思いで百科事典を編纂、国民が知りたい知識をおおつかみに「鳥瞰」できるものを目指した。他にも、出版、経営、芸術、芸能、あらゆる業界で「俯瞰」「関係性」「全体の流れを見る」「自分の領域を外の世界より眺める」「知の構造と関係」など、久しぶりに言葉のシャワーを堪能しました。どの様な世界でも成功者は「今の自分」「将来ありたい姿」そして「周辺の環境」夫々の関係性を俯瞰~理解し、「次どうする?」と冷静な判断を積み重ねて来たのだという事を改めて認識致しました。とかく重要な岐路に立たされた時こそ一旦立ち止まり、これを行う事によりピンチを未然に防ぐ経験を社業で体験したので大変身に沁みました。一方相変わらず引き出しの多い久恒先生レクチュアの秘訣は「考え方が同調できるヒトの言動を常にウオッチしている」との事、原動力は「ヒト」への好奇心か?また成功する仕事の秘訣は、「見えるところだけ図解する。細かいところを見せるから突っ込まれる 、余計なことはしない、ゴールをイメージして俯瞰、 自ずから課題が選別( 優先付け)する 。デジタル思考を身に付けたアナログ人間が強い!…ぜひ実践したい!。そして本日のメイン課題は、先日放映された寺島先生の「世界を知る力」より「課題解決能力」を分類する3つの「知のすがた」の図解で、久々の実戦形式に脳汗カクひと時を過ごしました。①「専門知」は様々な方向性の異なる分野が混在混沌としており互いに関係がない為、自ずから課題達成への能力に限界がある。②「総合知」はあらゆる構成要素を集約(足し算)するが、要素同士は単に並列に存在するだけなので応用が無くその為限界がある。また足し算だからむしろ「集合知」と称する方が妥当。最後は③「全体知」で、関連要素同士が「繋がり」「構造化」する(=掛け算)。繋がりは「空間」と「歴史」夫々の認識のもと生じ、全体を見る事で「はじめ」「終わり」と「それらを結ぶ優先だて」が出来「体系化」されることにより新たな課題への「応用」が利き解決に導く。というものでした。ブログ文章に基づき5分程度のthinking timeを経て塾生個々が作成した図解を説明し合いました。当方図解は漫画チックな仕上がりで「喝!」。課題解決のはじめ~終わりを夫々の図に配したものの、図解の基本ルールである「〇□△を線と矢印で結び関係を表現する」事がすっかりお留守になっていました。こういった点は定期的に学び直しが必要である事を痛感、大反省の回と相成りました。年度末で社業では様々な「締め切り」に追われ、心身ともに疲労気味ですが、こうして「知の刺激」を注入する場がリフレッシュに大いに役立っております。年度末に向けてハツラツと突っ走りたいと思います。本日もありがとうございました。
  • 久恒先生、みなさま、本日の図解塾ありがとうございました。今日伺ったテーマは3つ。ひとつは先週開催された「蜃気楼大学」の様子と感想。私はあいにく都合つかず参加できなかったのですが、久恒先生のブログやフェイスブックも含め、参加された方の思いやリアルイベントの熱気を感じることができました。すでに来年の開催日も決まっている(2/4)とのことで、次回は是非参加したいと思いました。二つ目は「俯瞰する」「鳥瞰する」「全体をみる」ということについて。出版社の創業者や会社社長、大学総長、画家、イラストレーター、芸能、詩人、カメラマンなど幅広い分野の第一人者の言葉の中から、俯瞰・鳥瞰することについて語っている部分をご紹介いただきました。どの分野でも、全体を見る視点が大切であることと、とかく細かい部分に気がとられ、全体をみることが疎かになっていることに気づかされました。そして最後は、寺島実郎さんの番組「世界を知る力」で言われていた「専門知」「総合知」「全体知」について。三つの「知」の違いを参加者全員で図解で考えるというものでした。久々の図解ワークでもあり「キーワードを丸で囲む」「矢印でつなぐ」という図解の基本を改めて認識するとともに、「俯瞰」「全体知」はいずれも「図解」に繋がっているという点がとても興味深く印象に残りました。次回も楽しみです。ありがとうございました。
  • 本日も図解塾、どうもありがとうございました。はじめに先週の土曜日に開催された「蜃気楼大学」が大成功であったことが話題になりました。参加した鈴木さんと私が感想を述べ、久恒先生からその意義についてお話がありました。既成の組織的な発想でない「参加型社会」がこれから広がって行くことを実感したイベントでした。本題に入る前に平凡社下中弥三郎から始まって出版社の創始者の思いというものが何人か紹介されました。一つの出版社の成したことは大学を一つ作ったようなもの、とありましたが確かにその通りだと思います。そして、そこから発展して、「鳥瞰する」という姿勢を持ち続けた各界の人々・・・・政界、経済界、学者、芸能界、芸術家、文学などあらゆるジャンルに非常に多くいたことに驚きました。データベースを検索したのでなく、久恒先生ご自身の中で人物記念館などのフィールドワークと考え方が結びついているからこそ、このように次々と出てくることをすばらしいと思いました。今日は後半で、久しぶりに図解の演習を行いました。「専門知・総合知・全体知」を図解で表すというものでした。私は植物の例を考えましたが、なまじ絵を使うことはごまかすことにつながると指摘され、気を付けないといけないと思いました。時間軸(歴史)と空間の広がりの中でトータルとして捉えることは大切です。森林でいえば、個々の木についてとか、木に集まる鳥や昆虫との関係だけでなく、森林の土壌や空気、水、そして森林ができてきた過程(歴史)なども含めて森林を見るということが全体知かな、と思います。
  • 本日もありがとうございました。最初にお話しされていた蜃気楼大学は、とても充実して達成感があった会だったことがよくわかりました。また、下中弥三郎さんからの”俯瞰”について、こんなにもたくさんの言葉を一度に聞かされると、切羽詰まっているときこそ、俯瞰して遠くから眺めることが大切だということ忘れないようにしようと改めて思いました。樹木希林さんの「俯瞰でみるクセがついているのでわりと思い違いはないです」こんなに自分に自信が持てるようになりたいなぁと思いました。専門知・総合知・全体知について、久しぶりに講義内で図解しましたが、焦りましたし、身体が暖かくなりました。図を短時間で手書きするのは、頭もそうですが体力も使う気がします。みなさんそれぞれの図を見てから、先生の図を見て、集合知という言葉の方が腑に落ちると思いました。さらに5識6識・・のお話が加わっていくとのこと、難しそうですがイメージできるといいなぁと思います。次回もよろしくお願いいたします。
  • 久恒先生、みなさま、今回もどうもありがとうございました。
    今回は内容が大きく3つに分かれていて、1つ目は、2月18日(土)に開催された蜃気楼大学について、参加者(久恒先生、都築さん、鈴木)から簡単な報告と感想、今後の予定などを発表。私は、短期間の呼びかけにもかかわらず、「時代の最先端で活躍する講師陣」と「何が始まるかわからないままだけどワクワク感にあふれた多様な老若男女」が集い、自主的にフォローしながらプロジェクトが進められていくのを現場で体験したことで、主催者がめざす「参加型社会」や人のつながりの大切さ、誰とつながるかの重要性に改めて気づきました。 次に、平凡社を創設した下中弥三郎氏をはじめ、いくつかの出版社の創始者の思いについて紹介があり、そこから「鳥瞰・俯瞰の視点(思考すること)」というテーマで、十数人の著名人の名言を紹介していただきました。各名言を聞きながら、図解塾の講義の中で久恒先生がいつも「図解を見ると、物事を全体から、俯瞰して見ることができる」とおっしゃっていたのを思い出しました。やはり、大きなことを成し遂げるこ方は、足元を気にしながらではなく、全体を捉えながら前に進んでいくんだと思いました。3つ目は実習として、「専門知、総合知、全体知」を図解で表し、発表しました。私は、積み木の形で表現することしか思い浮かばず、図解の基本である「〇(丸)」と「→(矢印)」を使った図にすることができませんでした。でも久しぶりに短時間作成にチャレンジしたので、緊張感が心地よく、また、他の参加者の図解を見せてもらうことで図解の描き方のポイントなどを具体的に学べたので楽しかったです。
    今後も、突然に短時間実習があるかもしれませんので、普段から短時間で書き上げる練習をしてみます。引き続きよろしくお願いいたします。
  • 本日もありがとうございました。本日は、久恒先生から、蜃気楼大学や俯瞰や鳥瞰について演習を交えてのお話しや皆さまと感想を共有しました。 私は、細かいところにこだわるところがあり、そこから抜け出せず、迷ったり、前に進まなくなることが、よくあるので、俯瞰したり、鳥瞰することの大切さを知り、これからは、意識していきたいと思いました。また、専門知、総合知、全体知などについて実際に、図解する演習があり、図解する事で、理解しやすくなることを実感しました。他の方の図解も、大変参考になり、同じ課題でも、さまざまな答えがあることがわかりました。 今回学んだことは、いろんな場面で応用できるので、日々の生活の中で活かしていきたいと思います。次回も楽しみにしています。よろしくお願いいたします。
     
     

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「名言との対話」2月22日。柳原白蓮「踏絵もてためさるる日の来しごとも歌反故(ほご)いだき立てる火の前」

柳原 白蓮(やなぎわら びゃくれん、1885年(明治18年)10月15日 - 1967年(昭和42年)2月22日)は、大正から昭和時代にかけての歌人

柳原前光伯爵の次女。15歳で結婚し、一子をもうけるも破婚。その後に東洋英和女学校編入学し、村岡花子らと交流。佐々木信綱に師事し、短歌の道を志す。25歳年上の福岡の炭鉱王と再婚。帝大生・宮崎龍介と恋に落ち、夫への絶縁状を新聞に発表し、出奔するという「白蓮事件」を起こす。龍介との結婚後は、文筆活動、平和運動にかかわる。また、龍介の政治活動、アジア諸国との交流も支える。

『白蓮自叙伝 荊棘の実 柳原白蓮』は、龍介に出合うまでの日々を小説にした著書だ。43歳の時の作品。事実をそのままに写しだすのは困難な面があり、「それゆえにこれを小説体に綴ることにしました」。どこからどこまでが本当だか、作り話だかわからないようにしている。

この445ぺーじに及ぶ大著には、貴族社会のしきたりなどが詳しく書かれており興味深い。関係した人たちとのやりとり、感情の起伏などが細かに記されている。最後の「天国か地獄か?」の章では、「一人の青年宮川を知った。彼は口に貴族を蔑んだ。富豪を罵った。そして今日に飢えている多くの貧しき人々のために、この身を捧げるのだともいった。澄子の胸にはいつしか宮川の俤がしきりに動いていた」とある。宮川、本名・宮崎龍介は白蓮より7つ年下である。2011年に訪問した熊本県荒尾市宮崎滔天ら兄弟の資料館では、近代日中交流史の原点ともいえる宮崎兄弟の生家を復元しており、宮崎兄弟資料館がその一角にある。八郎、民蔵、弥蔵、寅蔵。末子の寅蔵が、宮崎滔天で、孫文を助けた。滔天がいなければ辛亥革命はならなかった。この龍介は中国革命を実現した孫文を助けた宮崎滔天の長男である。白蓮36歳、龍介29歳。この当時、この不倫騒動は大いに世間を騒がせた。その後、白蓮は81歳で天寿を全うするまで龍介と仲むつまじく暮らしている。

「ゆくにあらず帰るにあらず居るにあらで生けるかこの身死せるかこの身」

2014年のNHK連続テレビ小説花子とアン』は、『赤毛のアン』の翻訳者の村岡花子の半生を描いた作品で私もよくみた。平均視聴率22.6%は、大ヒットした『あまちゃん』『梅ちゃん先生』を超える人気となった。この中で仲間由紀恵が演じたのが柳原白蓮だった。第82回「ザテレビジョンドラマアカデミー賞」で村岡花子を演じた吉高百合子は主演女優賞、仲間由紀恵助演女優賞を受賞している。この番組をみていたおかげで、白蓮のことを多少知っていたので、自叙伝も興味深く読んだ。

以下、白蓮の歌から。

我歌のよきもあしきものたまはぬ歌知らぬ君に何を語らむ

 天地(あめつち)の一大事なりわが胸の秘密の扉誰か開きぬ

思ひきや月も流転のかげぞかしわがこし方に何をなげかむ

ああけふも嬉しやかくて生(いき)の身のわがふみたつ大地はめぐる

子をもてば恋もなみだも忘れたれああ窓にさす小さなる月

女とて一度得たる憤り媚に黄金に代へらるべきか

そこひなき闇にかがやく星のごとわれの命をわがうちに見つ

「ゆくにあらず帰るにあらず居るにあらで生けるかこの身死せるかこの身」と境遇を語り、そして「踏絵もてためさるる日の来しごとも歌反故(ほご)いだき立てる火の前」と火のに飛び込まんとする心境。自叙伝を手伝った村岡花子の「数奇をきわめた一女性の半生の物語」、ひいては生涯のドラマは、歌を並べることで輝いていく。歌の力は大きいと改めて感じた。