


「町田市の「薬師池公園」の大賀ハスを撮影する後姿を撮ってきた。
大賀ハス自体は、今月の後半が見どころなので、再度見に行く予定。



夕刻、立川のオステで体調を整える。その後、高島屋のレストラン街で妻と食事。
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「名言との対話」7月11日。 砂川啓介「カミさんより先に死ねないこと」
砂川 啓介(さがわ けいすけ、1937年2月12日 – 2017年7月11日)は、日本の俳優、タレント、司会者であり、初代「たいそうのおにいさん」として親しまれた。享80。
砂川啓介は、NHK朝の幼児番組『うたのえほん』における体操のお兄さんとして有名だ。一方、後に妻となった大山のぶ代は、MHKの『おかあさんといっしょ』に登場する人形劇『ブーフーウー』のブー役で親しまれた。二人はミュージカル『孫悟空』で主役とヒロインとして共演し、その後結婚。かつてはおしどり夫婦と呼ばれていた。
1979年から、大山のぶ代はテレビアニメ『どらえもん』の声優として大ヒットを記録し、どらえもんブームの中心的存在となった。啓介もまた、1980年から6年間にわたり『お昼のワイドショー』の司会を務めるなど、多方面で活躍した。1985年には劇団フジの舞台に出演し、以降は俳優、タレント、舞台演出、ラジオパーソナリティー、講演活動など、幅広い分野で活躍を続けた。その活躍ぶりは、私もよく知っている。
1988年、料理の名人として知られるのぶ代との共著による料理本『啓介・のぶ代のおもしろ惣菜170』が主婦の友社から上梓され、100万部を超えるベストセラーとなった。
しかし、この夫婦に試練が訪れる。2012年、のぶ代がアルツハイマー型認知症を発症する。日によって症状が変化し、最終的には5分前のことさえも覚えていない状態になってしまった。それでも啓介は自宅で真摯に介護にあたった。悩み抜いた末、2015年、ラジオ『大沢悠里のゆうゆうワイド』でその事実を公表する。真実を明かすことで、偽りを重ねる苦しみから解放されたという。その結果、二人の世界はより広がりを見せた。
『娘になった妻、のぶ代へ』において、80歳近くなった砂川啓介は、何よりも守り抜きたいと肝に銘じていた信念、「カミさんより先に死ねないこと」を語っている。しかし、帯状疱疹、肺気腫、そして胃がんという、啓介自身もストレスが原因とされる病に苦しむこととなった。2017年7月、啓介はこの世を去った。砂川啓介の願いはかなわなかったものの、その心情と努力には頭が下がる。読む者に、夫婦のあり方について改めて考えさせる一冊である。
