授業「立志人物伝」の久米信行さんによる実況中継。戦略会議・大学運営会議。知研東京セミナー。

多摩。

・10時:久米先生と懇談

・10時40分:「立志人物伝」の6回目の授業。以下、毎秋受講してくれている久米先生の実況中継。

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【多摩大 久恒啓一副学長「立志人物伝」持続する志。ベンチャー企業という言葉は中村秀一郎先生が創った】。みなさんご存知でしたか?今、私たちが当たり前に使っている「ベンチャー企業」という言葉は、多摩大学二代目学長である中村秀一郎先生が発明した言葉なのです。惜しむらくは、これからという時に、中村先生は天に召されました。久恒先生曰く、もし中村先生が生きていたら、多摩大学はまったく別の大学になっていただろうとのこと。詳しくは、久恒先生のノートと、初代学長、野田一夫先生の弔辞をご高覧ください。

▼中村秀一郎「ベンチャー企業
https://note.mu/hisatune/n/n32c54db37d33

▼弔辞 多摩大学第二代学長 中村秀一郎氏を偲んで
https://www.tama.ac.jp/topics/news/2007/10/post-776.html

前回シェアした講義メモで「久恒先生の講義はブログなどを活用して効率的」と書いたら、そのココロは、自分が得た「最新情報」を学生にシェアしたい思いから...とのことでした。今週は、久恒先生が聞いた、東京財団 柯 隆(かりゅう)先生の「中国の構造問題」についての講演の話。私が共感したのは、昨日の十六銀行の講演でもお話した「中国は文化大革命で文化を失った」というポイントです。そこに日本のチャンスがある。多くの人が語らない中国の話ですので、詳細は久恒先生のブログをご高覧ください。

▼リレー講座の講師は、柯 隆(東京財団政策研究所主席研究員)先生--中国の構造問題http://k-hisatune.hatenablog.com/entry/2018/10/25/000000

さて、今日の講義のテーマは「持続する志」。久恒先生が選ばれた偉人は、牧野富太郎大山康晴原敬池波正太郎市川房枝羽仁もと子という驚くべき組み合わせ。例によって、名言とYoutubeで、その生き様を紹介します。

私が、特に驚いたのは、将棋の大山康晴名人の言葉です。「人が真似できない芸を持つことが一流の条件である」。将棋という抽象的な勝負事の中にさえ「芸」があること、昔から伝わる定石が数ある中で真似ができない「独創性」を発揮することが大切であること...。私も、経営者向けの講演をする時はもちろん、学生向けの文章を書く時でさえ、常に「自分を芸人」だと思っています。まだうまくできませんが、なんとか他の人ができないこと、それでいてお客様が喜ぶことをできるようにと、自分に言い聞かせております。

大山康晴「賞はごほうびではなく、激励のしるしである」
https://note.mu/hisatune/n/na9ce8e66dea2

それ以外にも「将棋棋士の名言」というYoutubeを見て宝石のような言葉の数々に感激しました。例えば、谷川浩司永世名人の言葉は重いです。

谷川浩司の名言。 落とし穴がある。 経験はプラスにもなるが、 マイナスになることもあるのだ。どの言葉も、将棋棋士の「Keep On Learning, and Win」という強い志の数々が感じられます。ぜひみなさんも見てください。▼将棋棋士の名言
https://www.youtube.com/watch?v=gfXivWJmTHA

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九段。

・14時:大学戦略会議。テーマは「国際交流」。

・15時半:大学戦略会議。学長から:時代を学ぶ。死生観。哲学。肝。常温社会。人事方針(特任、研究、一定。)、、、、。

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17時45分:代々木で知研幹事会

18時半:ゲスト講師は佐谷恭さん。テーマは「時代の変化とコミュニティの再構築」。

佐谷さんは、旅に明け暮れた京大生活を経て、卒業後に富士通勤務。(株)リサイクルワンの立ち上げ、イギリス大学院で「平和学」を学ぶ。帰国後、ライブドアを経て、(株)旅と平和を創業。

2年半のサイクル。旅の経験を社会に還元。パクチー料理専門店。やめてみる、終わってみる。才能と意志のある人とやる。シャルソン(ランニングイベント)。コワーキングスペースクラウドファンディング。オンラインコミュニティ。地球のことを考える。kindleでの出版、70%。、、、、。

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 ・幹事の根岸さんと話ながら帰る。

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「名言との対話」10月26日。赤瀬川源平「アバウトは健康にいい」

赤瀬川 原平(あかせがわ げんぺい、1937年3月27日 - 2014年10月26日)は、日本前衛美術家随筆家作家。。純文学作家としては尾辻 克彦(おつじ かつひこ)というペンネームがある。

前衛芸術家。1962年、25歳、ポスターカラーで描いた絵画「破壊の曲率」でシェル美術賞に入選。 千円札の表だけを一色で印刷」したものに手を加えたものを作品とし発表する。1965年、28歳、通貨及証券模造取締法違反に問われ、起訴される。一審で「懲役3年、執行猶予1年、原銅版没収」の判決。上告ののち1970年、33歳、執行猶予つきの有罪確定。

朝日ジャーナル』に連載した『櫻画報』では「櫻画報こそ新聞であり、この周りにある『雑誌状の物』は櫻画報の包み紙である」と主張。『朝日ジャーナル』に連載した『櫻画報』では「櫻画報こそ新聞であり、この周りにある『雑誌状の物』は櫻画報の包み紙である」と主張。34歳、最終回(1971年3月19日号)が問題になり、自主回収された。この事件で編集長が更迭された他、朝日新聞出版局では61名の人事異動が行われ、『朝日ジャーナル』自体も2週間にわたって休刊する。

編集者に勧められて純文学にの取り組む。尾辻克彦の名で身辺小説「肌ざわり」を執筆し、1979年、42歳、中央公論新人賞を受賞。短編「父が消えた」で、1981年、44歳で第84回芥川賞を受賞。1983年、46歳、「雪野」で野間文芸新人賞を受賞。

マンホールの蓋、看板などを発見し考察する「路上観察学会」を49歳で創設。1987年、50歳、『東京路上探険記』は講談社エッセイ賞を受賞。1989年には、勅使河原宏と共同脚本を担当した映画『利休』で、日本アカデミー賞脚本賞を受賞。1993年、56歳、『仙人の桜、俗人の桜』で、JTB旅行文学大賞を受賞。1998年、61歳、『老人力』は筑摩書房はじまって以来最高のベストセラーとなり、「老人力」は同年の流行語大賞を受賞。翌年毎日新聞出版文化賞特別賞。

また、赤瀬川源平は、多くの「ナンセンス」で「ユーモラス」な組織の結成に関わっている。そのリストをみると目がくらみそうだ。

 以下、赤瀬川源平を巡る言葉。--公序良俗をからかう危険な前衛主義者。あらゆる思想信条を笑いのめす得体の知れない不謹慎、反体制ではなく無体制。諧謔に満ちた言語ゲームの遊戯者。永山則夫無知の涙』の装幀者。宮武外骨の「頓知」の復権の主張。

74歳で出した『個人美術館の楽しみ』を読んだ。「個人美術館というのは、一人の作家だけの美術館と、一人のコレクターによる美術館と、二通りの意味がある」。必要だから買うのではない、散在するのである。コレクターの愉しみとは、散在の爽快感にある。この本では46の個人美術館を紹介している。私はこのうちまだ15しか訪れていない。人物記念館の一つのジャンルとして全部訪問してみるか。「個人美術館の面白さはコレクターの熱情を見ることにもある」。確かにそうだ。しみじみと作家や蒐集家の人生を思うことにしよう。

物忘れを「老人力がついてきた」と赤瀬川源平はとポジティブにとらえていく。逆説の名人だ。 先輩画家の説明も「実は、内気なアバンギャルド」の安井曾太郎。「ロマンを吹き飛ばす乱暴力」の青木繁など独特である。「アバウトは健康にいい」も、常識を破る爽快なメッセージだ。あくまで「思想的変質者」であろうとした、その暴力的なエネルギーは生き続けている。 

 

個人美術館の愉しみ (光文社新書)

個人美術館の愉しみ (光文社新書)

 

 

 

 

 

「なるほどそうだったのかと思えるのが死の瞬間」と生前語っていた。